23日日曜日は、大阪市天王寺区で第43回全国保育のうたごえ交流会に参加しました。
初めて保育のうたごえ交流会(当時は保母のうたごえ祭典と呼んでいた)に参加というか、知ったのは第12回神戸祭典(1983年9月)。
レクリエーション活動で神戸に呼ばれていて、呼んでくれた神戸市役所センター合唱団の仲間に、夜の喫茶店での保母うたの交流会だったか、打ち合わせ会だったかわかりませんが連れて行ってもらったのがきっかけです。
翌年の東京祭典ではゲストとして『ドレミのうた音階アップダウンバージョン』や『手と手と手と』などを歌い遊んで、それ以来、ずっと私が保育応援団、保母うた応援団として保育士さんたちを応援するだけでなく、私自身が応援されて、育てらてきた保母うた交流会(祭典)です。
保育のうたごえ応援団というのは、長野県山ノ内町で開かれていた全国合研(全国保育団体合同研究集会)の二日目には、保育のうたごえ交流会が開かれていて、その時に舞台の裏方やら伴奏者として活動していた仲間たちを保育応援団(当時は保母うた応援団)と呼んでいたのです。三多摩青年合唱団の塚野さんや中央合唱団の服部さんらとの活動は懐かしい思い出です。
さて、今年の保育のうたごえ交流会の感想は「復活?」です。
毎回、全国的な規模の行事を準備していくには大変な苦労があったと思いますが、大阪のメンバー・実行委員会の仲間たちが前日、当日までじつによく奮闘してくれました。
前日の夕方に「二本松さん、マイクスタンド持っていない。車の中にない?」なんていう電話が入ってくるのですから、きっとドタバタしているのだろうなと思っていました。
それでも、今年の全国合研in大阪のうたごえ交流会をやり切ったという思いがあふれ、その奮闘ぶりがよく見えていたような気がします。
それは大阪の各サークルのうたごえにも見え、聞こえたのです。
また、東京の各サークル、仲間たちも、70周年記念日本のうたごえ祭典を成功させたいという思いにあふれ、演奏も力強かったように聞こえました。
そういう意味でも保育のうたごえとして、ちょっぴり前を向けているのかなと思いました。
自分の要求として、やることがある、やりたいことがある、やらなければならないことがある。
それを楽しんでいる仲間たち、がいたように思いました。
それを「復活」と呼べるかどうかは、これからの日常的な保育のうたごえにかかってくると思います。
ゲストの二人の演奏も素敵でした。
シンガー・ソングライターの川口真由美さんは思っていた通りで、様々な運動の中で育てられた、鍛えられた演奏は素敵でした。
変な言い方かもしれませんが、この日はワイヤレスマイクで自由に動きまわってギターを鳴らし、歌い、語っていましたが、きっと、この人はノーマイクの時代があったかこそ(仲間たちと、ある時は一人でも運動をつくっていったからこそ)、また、たたかう現場があったからこそ、そして、今も続けているからこそ、人間らしい、熱い、素敵なスタイルで表現できるのではと思いました。
保育のうたごえの仲間たちには、「子どもの幸せを願って 手をつなごう」のタイトルどおり、これからも子どもたちのうた、保育の現場で働く仲間の歌、保育の歌、平和の歌、人間の歌を響かせてほしいと思います。
私には夜の交流会に出番をつくってくれました。
天王寺界隈でも有名な料亭が交流会会場。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、地域ごとの紹介やら手あそびやら手品やらうたごえの居心地のいい時間があっという間に過ぎてしまい、最後の最後が私の出番。
雰囲気が雰囲気だったので絵本あそび『おいらカエルやめる』(絵本「オレ カエルやめるや」)をみやちゃんと二人で演じました。
部屋が細長かったので、後ろの人にも見えるように、部屋の真ん中には和泉市職労うたごえサークルひこうき雲の大谷さんに絵本を持ってもらいました。
彼女とは26年前の市職労の新人歓迎会以来、気になる存在としての少なからずのつながりもあり、今はフェイスブック友だち。
前日の絵本の中に飛び込んじゃおうにも参加してくれていましたので、急遽、ぶっつけ本番で応援を頼みました。
交流会ということで少しアルコールも入っていたのでかもしれませんが、みやちゃんのノリというか、テンションが高くて,少々押され気味のピカリンでした。
でも、自分で言うのもなんですが、まだ3回目だとは思えないくらい息の合った楽しい絵本あそびができました。
もちろん、参加している仲間が保育のうたごえの仲間たちですから、♬おいらカエルやめる♬の大合唱はとても明るくて元気で、演じ手のテンションを上げてくれたことはもちろんで嬉しかったです。
なにかしゃべろうと思ったのですが、時間がなかったので来年の日本のうたごえ祭典で取り上げられた『レッツ・ゴー!』を、これまた急遽、愛知のうたごえのウメちゃんに伴奏を頼んでシングアウトしました。
全員総立ちで踊りながらのうたごえは鳥肌ものでしたよ。
終了後、保育のうたごえのみなさんから71歳のお祝いをしてもらいました。ありがとうです。
来年の日本のうたごえ祭典、全国合研(愛知)での保育のうたごえ、保育のうたごえ交流会が楽しみです。
直帰
今日、帰京しました。
先週の九州帰りは、朝、神戸港についてからの直帰でした。
九州での仕事の疲れ、フェリーでの疲れ、500キロ以上車の運転と夜の運転での疲れ、連休での渋滞の疲れなどなどで、
2日間、心身ともにだるくて、帰京してからの仕事がはかどらず、その反省から今回は500キロ以上は走らないを守りました。
大阪の活動のためには前後1泊ずつしています。これでちょうどよいのです。
明日は病院、明後日はボイトレ、明々後日はリハーサル・・・と続きますが、
夢わかばプロジェクト岩手ツアーから始まる秋ツアーまで10日間、在京します。
やらなければならないことたくさんで嬉しい悲鳴です。
初めて保育のうたごえ交流会(当時は保母のうたごえ祭典と呼んでいた)に参加というか、知ったのは第12回神戸祭典(1983年9月)。
レクリエーション活動で神戸に呼ばれていて、呼んでくれた神戸市役所センター合唱団の仲間に、夜の喫茶店での保母うたの交流会だったか、打ち合わせ会だったかわかりませんが連れて行ってもらったのがきっかけです。
翌年の東京祭典ではゲストとして『ドレミのうた音階アップダウンバージョン』や『手と手と手と』などを歌い遊んで、それ以来、ずっと私が保育応援団、保母うた応援団として保育士さんたちを応援するだけでなく、私自身が応援されて、育てらてきた保母うた交流会(祭典)です。
保育のうたごえ応援団というのは、長野県山ノ内町で開かれていた全国合研(全国保育団体合同研究集会)の二日目には、保育のうたごえ交流会が開かれていて、その時に舞台の裏方やら伴奏者として活動していた仲間たちを保育応援団(当時は保母うた応援団)と呼んでいたのです。三多摩青年合唱団の塚野さんや中央合唱団の服部さんらとの活動は懐かしい思い出です。
さて、今年の保育のうたごえ交流会の感想は「復活?」です。
毎回、全国的な規模の行事を準備していくには大変な苦労があったと思いますが、大阪のメンバー・実行委員会の仲間たちが前日、当日までじつによく奮闘してくれました。
前日の夕方に「二本松さん、マイクスタンド持っていない。車の中にない?」なんていう電話が入ってくるのですから、きっとドタバタしているのだろうなと思っていました。
それでも、今年の全国合研in大阪のうたごえ交流会をやり切ったという思いがあふれ、その奮闘ぶりがよく見えていたような気がします。
それは大阪の各サークルのうたごえにも見え、聞こえたのです。
また、東京の各サークル、仲間たちも、70周年記念日本のうたごえ祭典を成功させたいという思いにあふれ、演奏も力強かったように聞こえました。
そういう意味でも保育のうたごえとして、ちょっぴり前を向けているのかなと思いました。
自分の要求として、やることがある、やりたいことがある、やらなければならないことがある。
それを楽しんでいる仲間たち、がいたように思いました。
それを「復活」と呼べるかどうかは、これからの日常的な保育のうたごえにかかってくると思います。
ゲストの二人の演奏も素敵でした。
シンガー・ソングライターの川口真由美さんは思っていた通りで、様々な運動の中で育てられた、鍛えられた演奏は素敵でした。
変な言い方かもしれませんが、この日はワイヤレスマイクで自由に動きまわってギターを鳴らし、歌い、語っていましたが、きっと、この人はノーマイクの時代があったかこそ(仲間たちと、ある時は一人でも運動をつくっていったからこそ)、また、たたかう現場があったからこそ、そして、今も続けているからこそ、人間らしい、熱い、素敵なスタイルで表現できるのではと思いました。
保育のうたごえの仲間たちには、「子どもの幸せを願って 手をつなごう」のタイトルどおり、これからも子どもたちのうた、保育の現場で働く仲間の歌、保育の歌、平和の歌、人間の歌を響かせてほしいと思います。
私には夜の交流会に出番をつくってくれました。
天王寺界隈でも有名な料亭が交流会会場。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、地域ごとの紹介やら手あそびやら手品やらうたごえの居心地のいい時間があっという間に過ぎてしまい、最後の最後が私の出番。
雰囲気が雰囲気だったので絵本あそび『おいらカエルやめる』(絵本「オレ カエルやめるや」)をみやちゃんと二人で演じました。
部屋が細長かったので、後ろの人にも見えるように、部屋の真ん中には和泉市職労うたごえサークルひこうき雲の大谷さんに絵本を持ってもらいました。
彼女とは26年前の市職労の新人歓迎会以来、気になる存在としての少なからずのつながりもあり、今はフェイスブック友だち。
前日の絵本の中に飛び込んじゃおうにも参加してくれていましたので、急遽、ぶっつけ本番で応援を頼みました。
交流会ということで少しアルコールも入っていたのでかもしれませんが、みやちゃんのノリというか、テンションが高くて,少々押され気味のピカリンでした。
でも、自分で言うのもなんですが、まだ3回目だとは思えないくらい息の合った楽しい絵本あそびができました。
もちろん、参加している仲間が保育のうたごえの仲間たちですから、♬おいらカエルやめる♬の大合唱はとても明るくて元気で、演じ手のテンションを上げてくれたことはもちろんで嬉しかったです。
なにかしゃべろうと思ったのですが、時間がなかったので来年の日本のうたごえ祭典で取り上げられた『レッツ・ゴー!』を、これまた急遽、愛知のうたごえのウメちゃんに伴奏を頼んでシングアウトしました。
全員総立ちで踊りながらのうたごえは鳥肌ものでしたよ。
終了後、保育のうたごえのみなさんから71歳のお祝いをしてもらいました。ありがとうです。
来年の日本のうたごえ祭典、全国合研(愛知)での保育のうたごえ、保育のうたごえ交流会が楽しみです。
直帰
今日、帰京しました。
先週の九州帰りは、朝、神戸港についてからの直帰でした。
九州での仕事の疲れ、フェリーでの疲れ、500キロ以上車の運転と夜の運転での疲れ、連休での渋滞の疲れなどなどで、
2日間、心身ともにだるくて、帰京してからの仕事がはかどらず、その反省から今回は500キロ以上は走らないを守りました。
大阪の活動のためには前後1泊ずつしています。これでちょうどよいのです。
明日は病院、明後日はボイトレ、明々後日はリハーサル・・・と続きますが、
夢わかばプロジェクト岩手ツアーから始まる秋ツアーまで10日間、在京します。
やらなければならないことたくさんで嬉しい悲鳴です。
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