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つながりあそび・うた研究所二本松はじめ

二本松はじめ(ピカリン)の活動予定や活動報告、日頃、考えていることなどを書きます。研究所のお知らせも掲載します。

抱っこ通信641号 「原爆写真展」で思い出すこと

2015年07月24日 | 抱っこ通信
今日はギター絃を購入がてら、文京区にあるシビックホールで開かれている広島と長崎の原爆写真集刊行記念写真展に行ってきました。

写真を見ながら、地元東久留米市で1980年代に開いていた「原爆写真展」などを思い出していました。

1978年3月から月一回、喫茶店を借りて開いていた全レク東久留米レクリエーション・リーダー会議の「のんびりコンサート」。
1年目から、「8月、戦争と平和、人間のいのちを考える節としたい」と願って「愛と平和と自由とコンサート」を開きました。

1年目は、当時、私が指導していた桑の実コーラス有志のお母さんたちに♪戦争をのぞんだか♪を歌ってもらったり、水村さんというお母さんのわが子への手記を朗読してもらいました。
もちろん、戦争反対の歌や平和を願う歌などを中心に、みんなで歌ったり、聞いたりしていましたが、3回目からはゲスト(初回は沖縄からシンガーソングライターまよなかしんやさん)出演もありました。

1981年の「愛と平和と自由とコンサート」4回目と同時に「原爆写真展“ピカドン”」を初めて開きました。
当時、掲示用の写真を貸し出してくれる団体があったのです。
会場も喫茶店ではなく、福祉会館ホールで開きました。

その時に私は、いわさきちひろさんの若い人に贈る絵本「わたしがちいさかったときに」(「原爆の子」より)から、うたと朗読による音楽構成「わたしがちいさかったときに」を初演したしました。
朗読を高校生のすずきなるみちゃん(小学生の時から知人)にお願いしましたが、朗読の評判が良かったですよ。

翌年の1982年は、私たちが呼びかけて、市内の団体・個人とで実行委員会を組織し、「東久留米平和のつどい」を2日間開きました。
1日目は初めての原爆写真展や戦争体験を語り継ぐ会、映画「にんげんを返せ」「ピカドン」「予言」など上映。15日は平和コンサートでした。
この年は、毎月平和コンサートを開きましたよ。それだけなく、沖縄10フィート運動から生まれた「にんげんを返せ」上映と全レク一座の出前コンサートも呼びかけていました。
「平和」がこれほど街中にあふれた年はなかったです。

「東久留米平和のつどい」は、翌年の1983年から参加する団体や個人が増えて、規模も大きくなり、「東久留米反核平和週間」へとつながっていくことになります。
もちろん、母体となる東久留米反核平和市民実行委員会は、現在も活動を続けています。

この年から原爆写真展は、私たち(全レク一座)の手から離れていきましたが、平和コンサート活動は私たち中心にさらに旺盛になっていきます。

大阪からすずききよしさんを7回お招きしての平和コンサートをはじめ、関西からは中島光一、秋田克英、甲斐あきら、北海道からは森田まさはる、沖縄からはまよなかしんや、新潟からはたっつぁん、倉敷からは八木たかし、東京からきたがわてつ、川津恒一、三輪車一座、寺井一道、三多摩から三多摩青年合唱団、横井久美子、宮沢勝之、山田進、風見鶏、桑の実コーラス、外国からはイザベル・パラなどなど、プロ、アマ問わず平和をテーマにコンサートを開きました。

自分が暮らし、働く地域にこだわっていろいろ仕掛けていた時代でした。


今はどうだろうか。
あまり地元・地域で活動していないなと寂しい思いをしています。
仕方ないです、市役所の辞めて自分が始めたつながりあそび・うた研究所、保育応援団、つながり、という仕事、活動、運動が全国区だからね。そして、先着順だしね。

この時期、毎年6~8月の土・日は全国のつながり仲間たちとサマー・カレッジだしね。


わかりきっていても、やはり寂しいですよ。地域の活動、運動に参加できないことがね。

地元でも戦争法案反対、安倍政治を許さないという声が大きくなっています。
またこの時期は、平和を願う多様のつどいが開かれています。

私が音響で参加した時の6月集会の参加者数よりも、7月集会では倍以上の参加者になったと聞いています。
数だけではないです。要求や意見表明も多彩・多様になっていると聞いています。
今までは参加していない人々も参加しているそうです。残念ながらそういう場には参加できないのです。

いま、いろいろ考えています。地域でも参加できるように、また、30数年前のようにいろいろ働きかけていこうかなとも思っています。


お知らせです。
7月31日(金)午後7時より、東京労音当センターホールで「二本松はじめ平和ココンサート7070“あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)”」を開きます。若干の席が空いています。

一緒に考えましょう。
「戦後70年、戦争と平和、人間のいのちを考える節としたい」
「戦後70年、平和を守るためには笑顔 笑顔を守るためにも平和」
お待ちしています。






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抱っこ通信640号 あなた(父母から聞いていた時代にも戻さないために)

2015年07月18日 | 抱っこ通信
あなた(父母から聞いていた時代にも戻さないために)


7月10日 小牧市保育士会研修会

何年ぶりになるのかな?小牧市保育士会の研修会は。
若い保育士さんの参加が多く、この仲間たちは、前回は参加していないだろうと思いました。
つながりあそびを初めての経験する仲間が多ければ、つながりあそびの基礎編というか、保育現場で実践されているあそびを中心に進めていけたらよかったのですが、準備したレジュメが最近のあそびばかりで・・・。これから広げようとするものばかりだったのです。
それでも始まってしまえば笑顔の広がりも早かったですよ。
初めてつながりあそびというか、こういう楽しい経験をするといことが新鮮なんでしょうね。
ぎこちなかった動きや笑顔もだんだんに自然になっていったように思えます。



平和コンサートを開きたいという声も

7月11~12日 愛知サマー・カレッジ

愛知サマー・カレッジといえば、数年前までは名古屋市に働く保育士が少なかったのですが、最近は名古屋市に働く青年たちの参加も増えてきました。

全国どこの会場も同じですが、サマカレ参加者の若返りが見られます。
団塊世代が退職し、その後に就職した保育士さんたちが多く参加してくれます。
でも、正規なのか、非正規なのかは不明です。愛知会場は名古屋市に働く青年をはじめ正規が多いのかなと思いますが。

愛知会場の特徴といえば職場ぐるみの参加が多いということです。
二桁の参加者を数える職場もあります。もう一つは仲間を誘い合って参加していることです。

この二つが見られるということは、現場でもつながりあそび・うたが実践されている可能性が高いということです。
それ以上に、職場の人間関係が良好?そこまではわからないけど、そうあってほしいです。

 愛知サマカレは30人を超える実行委員で、青年たちが表方で楽しんでいる姿に好感を覚えます。
でも、裏では、退職組の先輩先生たちや50歳前後のベテラン組が、しっかりと実行委員会を引き締め支えているのです。
「やってごらん」とか「「いいね」「大丈夫」なんて言葉が飛び交っていそうです。
いろいろな年齢、層が混じりあっていることが大事なんです。

つながりあそび・うた研究所も60代、50代、40代、30代と年齢的には理想的?いいことになっていますが、研究所として、今後のサマー・カレッジを実行委員会と一緒になってどのようにつくっていくか課題です。宿題です。サ
マー・カレッジそのものもどうするかということや「つながり」をどうつくっていくかということですが・・・。


今年のサマー・カレッジでは、二日目の午前中が私の担当で、一日目のまっちゃんやユズリンのあそび・歌・踊り・語りを聞きながら見ながら、また、参加者のサマー・カレッジへの参加度合を感じながら何をやるか(プログラミング)を考えて進めています。

愛知会場では少し焦っていたのかな、あそびの時間が「あそびきる」ことに集中しすぎて、熱中症の危険もある中で少々時間をオーバーしてしまいました。申し訳なかったです。


愛知会場でも、あそび・踊りの終わった後の最後の15分間で『ヒロシマの空』を歌いました。

歌う前に

「戦争法案(安保法制)が国会で審議されているけど、法案の中身がなかなかわからないということです。
審議が進むめば進むほどわからないことが増えてきています。
でも、わかったことが二つあります。

一つは、日本がアメリカの戦争に巻き込まれるのではなく、アメリカの戦争に加担し、参加する法案であることです。

二つ目は、多くの学者が指摘するように憲法違反の法案であり、また、いろいろな調査の結果、国民の8割が慎重審議を、6割が反対、との声に耳を傾けず、強引に採決しようとすることです」と話しました。


『ヒロシマの空』をサマー・カレッジでなぜ歌うか。

それは「・・・あの戦争を知らない私が、次の世代に戦争の悲惨さと、戦争を通して平和をどう伝えるかが課題です。
私の場合は、戦争を体験した子どもや人の詩や文章に曲をつけて、うたい、語ることを選んでいます。
いわさきちひろさんの『わたしがちいさかったときに』(原爆の子より)、と『炎の海・・・1945年3月10日』に続く作品」(CDアルバム『笑う門には福来る』作品紹介より)だからです。


サマー・カレッジの参加者の多くが私より若く、もちろん戦争体験もなく、実行委員の坂本君よれば「平和にどっぷり浸かっていた自分たち」がほとんどです。
いつの間にか私がサマー・カレッジ最高齢者?なのです。
ですから、サマー・カレッジの楽しさの中で自分を見つめ直し、自分を、仲間を好きになれる自分を発見し、人を、明日を信じられるようになれるからこそ、その対極にある非人道的な戦争の実態を、被爆体験者の詩・言葉を聴いてほしいのです。
平和について、自分の生き方について考えてほしいからです。


この日の最後に急きょ『あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)』を歌いました。
他の会場では『私が先生になったとき』を歌っていました。
私がなぜ『ヒロシマの空』を歌うのか、そして、どんな生き方をしたいのかを知ってもらいたかったからです。

ですが、急きょ歌いました。それは15日に政府・自公政権が戦争法を強行採決するというニュースが飛び込んできて、立憲主義、主権在民、平和主義、民主主義を踏み躙る強行採決に対する、私なりの抗議の意味も込めて『あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)』を歌いました。



あなた

   (父母から聞いていた時代に戻さないために)

         作詞・作曲 二本松はじめ

1.瞼をギュッと閉じると 花火の雨が見えてきた
  母から何度も聞いていた 焼夷弾の嵐
    たちまち町は火の海 川が燃え 橋が燃え
    家が燃え 人が燃え 地獄を見ていた
  火の海から生まれたあなた 焼け跡から生まれたあなた
  安心して眠りないさいと 母のように語りかける

2.瞼をギュッと閉じると 無言の列が見えてきた 
  父から何度も聞いていた 兵隊という人形
    土足のまま踏み躙り 理由(わけ)も知らず人を殺し
    軍隊という名の狂気 地獄を見ていた
  人形から生まれたあなた 人に返って生まれたあなた
  人間らしく歩きなさいと 父のように語りかける

3.瞼をギュッと閉じると 再び軍靴が聞こえてきた
  父母から何度も聞いていた 耳を澄ませなさいと
    戦争は誰も知らぬまに 静かに始まっていると
    秘密の秘密ごく秘密 目を口を開けなさい
  自由願って生まれたあなた 平和願って生まれたあなた
  再び戦争をしないと誓った あなたは語りかける

  父と母が聞かせてくれた 遠い日に目をやり
  戦争だけはいけないと 戦争だけはいけないと
  人は幸せになるため 他人を幸せにするため
  生まれてきたのだから 憲法を生かそう
  人は幸せになるため 他人を幸せにするため
  生まれてきたのだから 憲法を生かそう
  憲法を生かそう





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抱っこ通信639号 70歳までに平和コンサート70ステージ

2015年07月09日 | 抱っこ通信
私自身の命の大切さを

「5月29日の平和コンサート、ありがとうございました。それ以来のおひさまの実行委員会が本日でした。

『ヒロシマの空』の曲の後拍手がなかった件?でみんなの感想を聞いてみました。
やっぱりみんなあの時は、じっと歌の雰囲気や余韻に浸っていたり、いろいろなことを考えてしまっていたり、拍手するより次の言葉や歌を待っていたり、ということのようでした。
それだけ歌がよかったということです。
ぴかりんが拍手のことを気にしていたことに、反対にびっくりしたみたいでした。

被爆2世の神野先生もあの曲が心にしみたことや、母親の腕に残るケロイドの痕のことなど、若い実行委員に話してくれました。

また、車椅子のはるかさんの感想がメンバーに届きました。
時間をかけて自分でパソコンで打って送ってくれたので、全文お伝えします。

『今日はありがとうございました。普段のコンサートもすごく面白くて楽しいですが、今日は私自身も命の大切さをいろいろ考えさせてもらいました。
今でも自分の障害について悩むことがあるけれど、この身体だからこそ伝えられる事もいっぱいあるのかなって思いました。親にちゃんと感謝しないと、ですね。』

小1の時から知っているはるかさんが、22歳になってこんなにすてきな大人に成長したことをすごいなと思うし、こんな風に彼女を育ててきたお母さんを尊敬します。

みんなに色々なことを考えるきっかけを作ってくださったコンサートでした。ありがとうございました。」
(小牧平和コンサート実行委員会の大塚さんより)



はっきりと意思を

福岡市春日市の絵本の店エルマーの前園さんからも葉書をいただきました。

「ピカリンへCDありがとうございます。
今、店で流して聴いていますが、特に『あなた』に号泣です。
私も自分の講演の中ではっきり意思を表していますので、それをとやかく言われる事も、最近ありますが、子どもを守るために何が必要かと声を大にしています。

当分の間、開店のBGMは『笑う門には福来る』のCDです。

お互いに身体を労わらねばならない年齢になりましたが、頑張るのみです」



70歳までに平和コンサート70ステージ

「70歳までに70回の平和コンサートを」。
こんな話が、5月の終わりに津市の某居酒屋での飲み会で出ました。
前日の小牧平和コンサートの内容をおしゃべりする中で、
「聴いていた人々に、そんなに感動を与えたなら、他でもやったら」なんて仲間たちがけしかけてきたので、
「できるかな?」と思っていたところ、仲間たちの「やろう、やろう」との勢いでやることになってしまいました。

本当のところは、「勢いでやることになってしまいました」というのはちょっと違います。
今年のニューアルバム『笑う門には福来る』を出版してから、心から多くの人たちに聞いてほしいと思いました。

20年以上、ほとんど毎年のことのようにアルバムを出版していますが、今までは「出しっぱなし」という状況でした。
音楽センターさんが出版してくれるアルバムの詳しいことはわかりませんが、自主出版物は『Hand&Heart』(残り約700枚)を除いて、一年で完売(2000枚)したものや、残り100枚を切っているものばかりです。

アルバムを広げるための仲間たちに宣伝や押し売り?やお願いをしたことは今までありませんでした。
それでもサマー・カレッジや研修会を通じて、そこそこ広がってきていたのです。
主にはダンス曲が収録させていたからかなと思っています。

でも、今年の『笑う門には福来る』は違います。
はじめて、CDのチラシを作成しました。
裏にはコンサートを開きませんかのお誘いも載せました。
サマー・カレッジや研修会で配布したり、CDと一緒に昔からの知り合いに配布しています。

なぜなら、いま、戦争をする国に、そして、憲法学者の圧倒的多くが憲法違反であるとする「戦争法案」(安保法制)が、安倍自公政権により、国民の民意に反して、数の力で、強引に国会を通過させそうとしているからです。

法案が通ったら、大好きな保育士さんらが育ててくれている大好き子どもたちが戦争にとられてしまう可能性があるからです。
つながりあそびを一緒にあそんで、いつも私たちを笑顔にしてくれる大好きな子どもたちが人を殺し、殺される可能性が出てくるからです。
そして、私の元気と若さの源である保育士さんたちと集うこともできなくされる可能性があるからです。
自由に遊んだり、うたったり踊ったり、おしゃべりしたりすることができなく可能性があるからです。

なんてオーバーな、と思うかもしれませんが、他人の声に耳を傾けず、民主主義を平気で踏み躙る自己チューな安倍自公政権には、その可能性を多く持っているのです。また、それを支持する勢力もいるのです。

この勢力の反動(先の戦争をした時代に戻ろうとする考え、動き)の動きにストップをかけ、憲法を守るために、平和をつくるために、その一助となるためにも多くの人にぜひとも『笑う門には福来る』を聴いてほしいのです。
副題にも「戦後70年、平和を守るためにも笑顔。笑顔を守るためにも平和」と書きました。

巻頭には次のように書きました。

「最近、大笑いでなくても、クスッとでもいいですから笑っていますか。
仕事に疲れ、暮らしに疲れ、人生に疲れ、笑顔を奪われ無表情になっていませんか。
大人だけではありません。笑わなくなった子どもたちが増えていませんか。

まして、戦後70年の今年、憲法9条を変え、戦争をする国にしようとする動きも急です。
戦争になったら笑うことや笑顔ではいられません。
笑うためにも笑顔で生きるためにも平和です。
平和を守るためにも笑いです。
厳しい時ほど、辛い時こそ憲法を生かし、笑いと笑顔が大切です。

人は笑顔の中で生まれ、笑顔の中で育ってきたのです。人と人のつながりは、まず、笑顔からです。

故事ことわざ辞典に『笑う門には福来る』は、『いつも笑い声が溢れる家には、自然に幸運が訪れる。明るく朗らかにいれば幸せがやってくるという意味。また、悲しいこと・苦しいことがあっても、希望を失わずにいれば幸せがやって来るということ。』と書かれていました。奪われた笑いと笑顔を取り戻しましょう。笑いと笑顔で。」


お陰様で出版してから2か月足らずですが、80枚も広げてくれた仲間や15枚も広げてくれた仲間が出てきました。
今年のサマー・カレッジでは、各会場の参加者の約3割の仲間たちが購入してくれています

そして、『ヒロシマの空』や『あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)』などを聞いてくれた仲間たちからは感想や「二本松はじめ平和コンサート」を開いたいと実行委員会を立ち上げたところもあります。嬉しいです。

今年の秋から「二本松はじめ平和コンサート」を開きたいなと思います。
すでにその動きが見えてきています。あなたの街でも、職場でも開いてください。

まず、スタートに7月31日の金曜日、全国合研の前夜ですが「二本松はじめ平和コンサート7070 あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)」を開きます。チラシ・チケットあります。



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2015年夏のつながり保育講座募集中

2015年07月06日 | つながり保育講座



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抱っこ通信638号 戦後70年にして平和が脅かされている

2015年07月06日 | 抱っこ通信
任せる委ねる楽しさ

7月4日 福岡サマー・カレッジ

今年の福岡サマー・カレッジは、会場の関係で日程が一週間延びたことで、私はどうしても1日目しか参加できなくなりました。

初日のトップバッターと言うことで、いつも担当する二日目の午前中の内容を変更しなくてはと思っていました。
参加者がサマー・カレッジに入りやすいようにというか、不安を減らして、少しでもからだも心も解放させるためにはどうしたらいいかを考えていました。
例年、福岡会場は参加者も多いということと、会場が広いということで結構難しいのです。

最初のソング・トークの15分間で、参加者が親しみやすく気楽に参加できる雰囲気なれればと思っていましたが、今年は大吉つぁんの参加で、例年とはまた違ったあったかいやわらかな雰囲気なりり、それではと、からだをダンス(体操)で無条件に動かすことを中心にプログラミングしてみました。

それが、いきなりの3歳さんからのダンス『レッツ・・ゴー№2(明日へ)』と1歳さんからのダンス『だるまさん大変身』になりました。ちょっときつかったかな?

最後の『ヒロシマの空』を歌うのもためらいました。
つらくて重くて、しかも大きなテーマなので。
でも、この曲は、戦後70年、今年の私のサマー・カレッジにおけるテーマ曲でもあるので外せないのです。
思い切って歌いました。
後はユズリンやまっちゃんに任せればいいのですからね。
この任せる、委ねるも、今年の私のサマー・カレッジの重要なテーマなんです。

これからのサマー・カレッジをユズリン・まっちゃん・大吉つぁんに任せる委ねるということがね。



親子コンサート「平和でなければあそべない」

7月5日 第43回千葉保育のつどい・二本松はじめさん&素敵な仲間たち“親子コンサート「平和でなければあそべない!」″

例年の記念講演に代わって、戦後70年にして平和が脅かされていることを懸念し、今一度みんなで平和を考えていきたいと実行委員会で話し合われ、平和コンサートを、ということで企画され、出演を依頼されました。

9時入館、音響セッティング、10時開演というハードな条件の中、開場時間が本番10分前、リハーサルなしという状況でしたが、そこはシモシュ、まるこさん、みやちゃん、音響のこうちゃんです。はじまってしまえば楽しい中にも真剣に考えたり思ったりのコンサートになりました。
保育のつどいは午前中のコンサートだけでなく、午後から分科会や実技講座がありますから無理を承知での出演でした。

スタートは実行委員会の仲間たちによる『レッツ・ゴー!』のダンス。
朝、一緒に踊りましょうよ、と誘われた仲間も舞台に立っていましたが、明るく元気なスタートになりました。

実行委員長の挨拶の後、つながり楽集会・ちばの仲間やつどいの合唱団と一緒に『青空この街』『生きていますか愛していますか』。
何回か練習会を開いてくれての演奏でした。
伴奏は私たち。バイオリンのまるこさんも初見でいい感じで演奏してくれました。

私たちのステージの最初は親子コンサートということで『あなたを誘うよ』『誕生日って』『レッツ・ゴー№2(あしたへ)』で会場と一緒に歌ったり遊んだり踊ったり。
客席を見ると子どもたちをはじめみんないい顔でしたよ。
『レッツ・ゴー№2(あしたへ)』のダンスではみんな立ち上がってくれて、踊ってくれました。
合研でもやろうかな。

そして、『ヒロシマの空』『やがて大気となって』『あなた(父母に聞いていた時代に戻さないために)』。
「私も早く親から戦争体験の話を聞いてみたくなった」
「ずっしり重たいテーマだけど、聞いて良かった。自分も少し考えないと」
「保育の中では子どもが可愛いくて可愛くて・・・。子どもを守りたい」
「千葉でも平和コンサートを開きたい」などの声が聞けました。

最後は、予定にはなかったのですが、再び合唱団の仲間たちに舞台に上がってもらって『夢わかば』『花咲かす』『手と手と手と』。
ジャスト1時間30分のコンサートでした。

音の返りが音チェックでも確認できず不安でしたが、本番では、会場に流れる音は聞く人にとっては不満がなかったようで安心しました。
途中で歌っていて気持ち良かったです。
ただ、目が・・眼鏡を新しくしたのですが、初めて『ヒロシマの空を』を立ったままで歌ったので・・・・。

私だけが一人失敗していました。(途中ギターの音をオフってしまった)。残念でした。

企画してくれて、出演させてくれて嬉しかった楽しかった。ありがとうです。


今回のコンサートの思いを「ちばの保育運動」に記しましたので読んでください。

「いのちは人と人につながりあいから生まれた
―保育のつどいコンサートにむけてー
つながりあそび・うた研究所 
 二本松はじめ

私は、保育応援団などと称しながらつながりあそび・うたを通して、子どもたちと楽しい保育をつくってほしいと願って研修会、親子コンサートなどで全国を回っています。
そんな私でも、きっと保育現場に入ったら体力的にも精神的にも一週間も持たないのではと思っています。
それだけ、毎日、保護者の働く権利を守り、子どもたちと寄り添って子ども笑顔を守り、子どもの成長・発達を願っている奮闘している先生たちを尊敬しています。感謝しています。
子どもたちにとっては一番の味方であり、憧れの対象です。先生たちの笑顔がまぶしいです。

ところがいま、保育制度の改革という名で、先生たちの笑顔を奪い、保育する喜び、働く誇りを奪うような状況が急激に進められています。
それは誰の要請で進められているかは明らかです。
安い労働力でより多くの利益を上げようとする勢力、保育を金儲けの手段とする勢力、子どもよりお金、いのちよりお金という勢力からの要請です。

『つながり』を標榜する私にとっては、その結果、いのちを産み、育ててきた人と人のつながりを断ち切ることになっているのではないかと考えています。
 問題はたくさんありますが、子どもの側、保護者の側、保育する側の要請ではないという、主人公不在の改革というところが一番の問題なんです。

さらに同時進行で、いのちよりお金という勢力は、戦後一貫して守ってきた憲法を、九条を、そして平和主義を改悪して、戦争をする国へと盲進しています。
私たちが子どもたちを育てているのは、戦争で人を殺す子どもではありません。戦争でいのちを奪われる子どもではありません。

子どもは幸せになるために、人を幸せにするために生まれてきたのです。「戦争をしない子ども。戦争を許さない子ども。平和を広げる子ども」(私は九条の子どもと言っている)を育てるためにと言っても、今の時代は過言ではありません。

保育のつどいのコンサートでは、以上のような問題意識を持ちながら、だからこそ、人のつながりを豊かにしていくことが大事ということを歌っていきます。
子どもたちも参加できるようにつながりあそび・うたもたくさん入れながら、一つは、『生まれてきてありがとう 生きているだけでありがとう』の思いを、もう一つは、戦後生まれ私が大事している、戦争とは何かを伝えるために、被爆した子どもたちが書いた詩や文章に曲をつけた音楽構成『わたしがちいさかったとき』(いわさきちひろ著)を、さらに、憲法を守る決意を込めて新曲『あなた』などを歌います。ピアノ、バイオリンの伴奏陣も楽しみにしていてください。お待ちしています。」(千葉県保育問題協議会発行「ちばの保育運動」№238/2015.3.14より)


あなたの街、職場でも二本松はじめ平和コンサート7070を開きませんか。
7月31日に東京労音東部センターホールで『二本松はじめ平和コンサート7070 あなた(父母から聞いていた時代に戻さないために)』を開きます。チラシ・チケットありますよ。




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