今日(24日)は移動日。兵庫県、京都府の秋を満喫しました。と言っても紅葉を楽しむ訳でなく、国道9号線沿いをのんびり京都駅前まで 走りました。道々、ここらあたりではどんな暮らしをしているのかを考えるのが楽しいのです。途中、和田山町のコインランドリーでツアー1
回目の洗濯。もうツアー4日目です。
昨日の但東町でのぴかりんとあそぼう!の時に、いろいろな方々が私に会いに来てくれました。その中の一人、English cafe Smaile🎵を主
宰しているMさんが、『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』を創作してくれてをありがとうを、わざわざわ伝えに来てくれました。例会の
始めには日本語、英語で歌い、今度はモンゴル語で歌い広めたいと語っていました。海外生活が長かったMさんが久しぶりの故郷に帰って来て
出会った『あなたと生きるまち』に感動して、故郷を再確認でき、一度私に会いたかったそうです。嬉しい出会いでした。
『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』はこども園(保育所、幼稚園)、小学校では行事のたびに当たり前のように歌われています。但東町
から他地域に嫁ぐ娘にCDを持たした親さんもいたと聞いています。多くの町民に愛されています。ありがたいです。
2004年に子育て真っ最中の若いお母さんや故郷を後に嫁いだ若いお母さんたちとの雑談の中から生まれた歌です。🎵このまちが好きさ な
にもないけれど このまちが好きさ あなたと生きるまち🎵。ふるさとを離れて初めて🎵人あたたかいまち🎵と気づいたそうです。そのふるさ
とで確かに生きていた自分がいたことにも気がついたとも。
Mさんが語っていました。「なにも足さない、なにも引かない、なにもないけれどあるがままのこのまちが好き」と。
但東中学校では一年生からふるさと学習 をはじめ、三年生の東京への修学旅行の時には、豊岡市のアンテナショップで地元の産物を売るそう
です。中学生のK君、一年生のふるさと学習の時に「但東町に何がある」という話し合いの中で、「ピカリンがいる」と答えたとお母さんが語
ってくれました。保育所時代から『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』を歌っていた同級生の子どもたちは同意してくれたそうな。もちろ
ん、お母さんは褒めたそうで、「つながりが胎教だったからね」と。
これからも多くの人に歌われ愛される歌を創作していきたいです。

回目の洗濯。もうツアー4日目です。
昨日の但東町でのぴかりんとあそぼう!の時に、いろいろな方々が私に会いに来てくれました。その中の一人、English cafe Smaile🎵を主
宰しているMさんが、『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』を創作してくれてをありがとうを、わざわざわ伝えに来てくれました。例会の
始めには日本語、英語で歌い、今度はモンゴル語で歌い広めたいと語っていました。海外生活が長かったMさんが久しぶりの故郷に帰って来て
出会った『あなたと生きるまち』に感動して、故郷を再確認でき、一度私に会いたかったそうです。嬉しい出会いでした。
『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』はこども園(保育所、幼稚園)、小学校では行事のたびに当たり前のように歌われています。但東町
から他地域に嫁ぐ娘にCDを持たした親さんもいたと聞いています。多くの町民に愛されています。ありがたいです。
2004年に子育て真っ最中の若いお母さんや故郷を後に嫁いだ若いお母さんたちとの雑談の中から生まれた歌です。🎵このまちが好きさ な
にもないけれど このまちが好きさ あなたと生きるまち🎵。ふるさとを離れて初めて🎵人あたたかいまち🎵と気づいたそうです。そのふるさ
とで確かに生きていた自分がいたことにも気がついたとも。
Mさんが語っていました。「なにも足さない、なにも引かない、なにもないけれどあるがままのこのまちが好き」と。
但東中学校では一年生からふるさと学習 をはじめ、三年生の東京への修学旅行の時には、豊岡市のアンテナショップで地元の産物を売るそう
です。中学生のK君、一年生のふるさと学習の時に「但東町に何がある」という話し合いの中で、「ピカリンがいる」と答えたとお母さんが語
ってくれました。保育所時代から『あなたと生きるまち(ふるさと但東)』を歌っていた同級生の子どもたちは同意してくれたそうな。もちろ
ん、お母さんは褒めたそうで、「つながりが胎教だったからね」と。
これからも多くの人に歌われ愛される歌を創作していきたいです。








