12月20日 新宿発 9:25下田行き(スーパービュウ踊り子3号)に乗車。
新宿を出て、次の停車駅は「武蔵小杉」。どこをどう走っているか分からず乗っている。
小田原近くに来たらしい。丹沢の山なみではないか?
まもなく左手に海。
目的の「伊豆高原駅」で下車。
送迎バスでやってきました。
この施設の食堂の窓越いっぱいに広がる海。
3階は横25mの露天風呂。確かに爽快。
帰りは、熱海まではしっかり車窓を眺めていたが、後は睡魔に襲われてしまった。
つけたし 「赤沢日帰り温泉館」で昼食を運んできたお姉さんに、大きく見える3つの島の名を尋ねたが、分からなかった。「地元のかたではないのかな」と思っていると、すぐ別のお姉さんが現れて「左から、利島(としま)、新島(にいじま)式根島(しきねじま)と教えてくれた。食事を運ぶ係りだから、余計なことだったのに丁寧な対応だ。
従業員の方々が、一体となって真のサービスを提供してくださっているとさえ感じてしまった。
12月 8日。70年前の昭和16年は、日本が太平洋戦争に突入した日。当時、国民学校1年生だった仲間4人で箱根に出かけた。
新宿駅でロマンスカーに乗り込めば、たちまち箱根湯本、そして、強羅。
強羅公園の白雲洞茶苑に。大正の初め、益田孝が建て、
原富太郎、松永安左ヱ門と受け継がれた茶室を拝観。
ケーブルで大涌谷に。
明くる12月 9日は雪景色。めげずに桃源台へ。
海賊船に乗り込む。
箱根町では関所を横眼で見つつ
恩賜公園へ。
(明治19年宮内庁・箱根離宮として建てられた西洋館、日本館は関東大震災で倒壊し、戦後神奈川県立の公園となる)
箱根山を下りると、麓の町は雲が切れ、しばらく走った新宿行き電車の車窓から眺める大山に青空が見えた。
12月 5日 2日めは智積院(ちしゃくいん)からスタート。
成田山新勝寺と同じ真言宗智山派の大本山。長谷川等伯・久蔵父子による国宝 障壁画の展示もある。
屋根の青鷺は造り物ではない。
四条大宮から、嵐電で嵐山へ。
度月橋を渡り返し、天竜寺へ。
奥の深い天竜寺の庭を抜け、有名な「竹林の道」に出る。
をぐら山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆきまたなむ
小倉山の中腹にある 常寂光寺(じょうじゃっこうじ)に来た。
大覚寺に向かう途中の洛柿舎。前を通る。
「野は嵯峨野、さらなり」と清少納言をして言わしめた嵯峨野 大覚寺に来た。
瀧のおとは たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて 猶聞えけれ
と詠われた「名古曾の滝跡」もある大沢池のほとり。無粋な私でさえしばし感慨にふける。
虹まで現れたのには吃驚。
12月 4日 京都紅葉めぐりのスタートは山科。
市営地下鉄東西線で、蹴上(けあげ)駅。そして、南禅寺へ。
山門に上ると、石川五右衛門ではないが、「絶景かな、絶景かな」だ。
つづいて、「天授庵」(南禅寺山内で最も由緒ある寺院)へ。
この後、清水寺、高台寺と回ったが、どこも、噂にたがわぬ素晴らしい紅葉。ただ、人出もすごい。
人と紅葉で埋め尽くされた、洛東紅葉地帯だ。
11月29日 やってきましたのは、茨城県つくば 万博公園。
高い街路樹の道を進み、次なる目的地に。
ランチの後さらに進むと、筑波山が近付いてきた。
ここは、筑波山南麓にある、国指定史跡 平沢官が遺跡。
この地は、奈良、平安時代における、筑波郡の役所跡で、つくば市が、平成9年から6年かけて、往時の姿を復元した。
筑波山を間近に見たところで引き返し、最後に訪れたのは洞峰(どうほう)公園。
帰路、「とむとむ つくば店」で、コーヒーブレイク。
(NHK BSプレミアム「人がつくりかえた生命の不思議」12月14日17:30放送にこの店が出演とのこと)
下吉田から再び富士急の電車に乗って河口湖へ。
大月線 大月ー富士山 23.6km
河口湖線 富士山ー河口湖 3.0km
2線を合わせて富士急行線。
「ふじさん」(昔は「富士吉田」と言ったはずだ)から、スイッチバックを行うので後ろと前が入れ替わる。
河口湖駅に到着。
11月20日までの「紅葉まつり」は紅葉回廊がメイン。
回廊の外に眼を移すと。
富士山はどこだ?
マガモが来ている。
バスで駅に。
旅の終わりは ほうとう。
吉田うどんに惹かれて、富士急「下吉田」駅に下りた。
さて、うどん屋はどこだ?
難なくたどり着く。
幅広く堅めのうどんだったが、おいしい。入っている具は肉と牛蒡。500円也。
(帰って調べたら、富士吉田市64店のうちの一店。「本格手打ちうどんの店」とあった。)
食後は散策。近くの小室浅間神社を訪ねる。
かなり急な階段だが、挑戦することにする。
苦あれば、よい眺望あり。富士吉田市が、足下に開ける。帰って調べたら、人口5万。街は、富士山北の裾野から北に開けている。私は、市北端の丘(下吉田)から南の上吉田方面を眺めたわけだ。(北が下の町で、南の上町より標高が低いというのは少し妙な感覚だが住民にとっては違和感はないだろう)
ともかく、紅葉も見事で独り占め。
10月11日。 伊東に来た。
駅前のお寿司屋さんで昼食をとった後、街を歩く。
あいにく休館日。海岸に出る。
うっすらと初島(熱海市の東方海上10キロの島、天保年間以来戸数42戸と決められていたそうだ)が見える。
海賊船という名の遊覧船に乗船する。
やさしそうな船長さんが迎えてくれる。
本ブログ掲載を快諾して下さったガイド嬢の秋元さん。
川名ゴルフ場を望む。
45分の遊覧を無事終えて帰港。(クルージングの気分が味わえた)
しゃれた建物は伊東マリンタウン(道の駅)
温泉もあるぞ。(天下に名だたる伊東温泉だもの)
さて、帰りの楽しみは。
伊豆急行の黒船列車に乗ったことです。
渋川駅からバスで伊香保温泉に来た。まず目立ったのが小野子山。平成の大合併で、ここも渋川市だ。
(以前は小野上村)
有名な石段に来た。
石段は、南から北へ下っているので、見下ろした写真は明るく写っている。
石段の突き当たりは神社。
神社の裏手の方へ湯本通りを行くと、紅葉の名所河鹿橋に、さらにその先に露天風呂があった。
帰路、渋川駅に出ると、高崎駅で見たSL列車がちょうど帰ってくるところだった。
平成23年9月25日 伊香保への途上、高崎駅上越線のホームでの光景である。
石炭は満載。機関士さんも晴れやか。
いよいよ発車だ。
耳を聾するばかりの、底力のある汽笛。
かくして、SLは出発したのであった。