春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

藍染、壺草苑。都下青梅市。

2022-01-19 22:18:34 | 散歩

明日は大寒、
大寒になれば、春はそこ、
いつもそう思います。
雪の下のフキノトウが、そのうち福寿草が・・。

東京の最西北端、檜原村からの帰り、
青梅市の街道に、藍染の工房がありました。
アポもないし、初めての処だし・・、
寄ってみようか、どうか・・ノミの心臓。
いつものことながら・・そんな自分に、あきれる。




























撮り方にへまをした。
藍染のマニキュア?がきれいでした。
染め後の甲は、もつと、持つと藍色を通り過ごし、
黒に近かった、
この藍染の後の手の色は、
3日間くらいで取れます、と。

予約になりますが、
体験をしてみませんかと誘われ、


藍染は、平安の時代から、
一度は経験してもいいかな・・と。










一週間ばかり、投稿ができません。
ページを開いても、
今日の記事が続きますので・・‼

次の記事まで
ごめんよ、かんべん、なです


コメント (4)

男だ、男だ、波の伊八 。金乗院 ②-② 千葉県鴨川市。

2022-01-17 19:20:50 | 波の伊八





👇金剛山・金乗院大日堂の内部に入ります。


が、その前に  👇  波の伊八の龍。
1779年、伊八28歳の時の彫刻。






👇向拝裏の龍。
ここに、刻銘、6月に彫り終えてます。










住職許可のもとで撮ってます。
👇手入れの行き届いた、綺麗な厨子でした。








👇須美壇・誰が彫ったのでしょう?





👇正面の欄間彫刻・・
彫物師・武志伊八郎信吉、
波の伊八と異名をとった男が、
1779年28歳で完成した欄間。



👇日本では縁起のいいと言われる、
鶴を2羽と亀1匹を構成して、
7人の男たちが酒の入った大甕の傍で、
陽気に歌い踊る様子を彫っている。

晩年の研ぎ澄まされた、
波の彫り物を見た後です。
案外、若いころの伊八の性格は、
陽気で、豪快、多彩な思考を持ってた、
性分なのでは・・・?

漫画やアニメがない、
説法じみた欄間彫刻が多い江戸中期、
自由を渇望している人々が、
踊る彫刻を見てて、日々の、
暗い気分を吹き飛ばさせる、

構成力を持ってた・・・・
人間、伊八が大きく見えます。







コメント (2)

金乘院 ① 山門をぐるぐる。千葉県鴨川市。

2022-01-16 19:59:43 | 波の伊八

昭和7年に再建した、鴨川市金乗院 こんじょういん
山号・金剛山・真言宗智山派を宗派に
本尊は不動明王。
駐車場は小高い、
山門と大日堂までの境内に停める。
周りは田んぼ、見晴らしがいい。



寺社巡りの醍醐味は、
あらかじめの知識を持たないとき、
知識を持って訪れると、
その知識の範囲内で、見学しようとしてしまう。
驚きも、感動も、疑問も、ちッつという感覚も、
半減以下になってしまい、高揚の余韻が失せてしまう。

超美人で近寄りがたい女性に、
1000分の1の、間抜けさを見た時の、
あの歓喜に近い、嬉しさは何とも言えない。

柳宗悦さんは語る。
完全な物を造る上げるのは美であるけど、
完全を造ろうとしないで、造るものには、
侘びがあり、人の心を惹きつける。

寺社の訪れに、いいのは、
全部見て、その見た対象の後で、知識を得る。
そして、また時を経てからも一度、見学する。
そんな時、新たな感動の余韻が、
寺社への愛着、寺社が自分を許してくれる、

親近感で満ち溢れる・・。

👇金乗院・大日堂に行く前に、


👇彫り物いっぱいの、山門から、






大日堂を見学した帰りしな、山門の彫刻は、誰?
答えは、伊八さん・・と。

今でも、そうかなと・・。















山門から見えたのは、
今は、見学に開放していない
もとは瓦葺の不動堂、
台風19号ですっかり吹き飛ばされ・・・
もとの茅葺の姿に。





向拝に、初代波の伊八さんの彫り物がありました。



コメント (2)

毘沙門天、大黒さんの耳を引っ張る、鏡忍寺。千葉県鴨川市。

2022-01-15 21:58:33 | 波の伊八

鴨川の漁師の子が、十六歳で出家し、後、
日蓮聖人と呼ばれ日蓮宗を立ち上げる。
敵も多かった。

凶刃に倒れた門下鏡忍坊を弔って、
この地、小松原に鏡忍寺を開いた。


👇前回、楼門から、老夫婦が見ていたのは、
戦争で亡くなった忠死者の墓石でした。
身内の方がいたのでしょうか・・。



👇鬼子母神堂。


👇鏡忍寺・本堂。


👇凶刃に殉死した鏡忍坊の墓標にした
松の木が、明治の台風で倒れ、
その松で、日蓮聖人を尊像にして、
下部には写経を安置して、永らく供養する塔、
御法難堂。







👇祖師堂。








「波の伊八」宮彫師、武志伊八郎信由 さんは
10代で鑿を手にして、
躍動感を絹のような滑らかさで、
透かしの、人物を浮き出させる構成力は、
五代続いた鴨川の名主の子ながら、
彫り物師で生きる、30歳代の
物を見極める、いさぎよさが、伝わります。



👇欄間中央に、
鯛を釣り上げた恵比寿が、
弁財天の弾く琵琶の音にあわせて楽しげに踊り、
福禄寿が唐子の戯れる姿。


👇飲み足りない毘沙門天が、
酔いが回って眠り込んでしまった大黒天の耳を引っ張って、
起こそうとする、茶目。

ここで波を彫ってますが、
まだ30代、波だけで勝負できるものではなく・・。



👇寿老人と布袋お酌のやりとり。


孝行を題材にする二十四孝もいいのですが、
七福神、身近な出来事に楽しんでる題材には、

小松原法難といわれた、
凶刃場面を思い描いてる自分、
陽の差す堂の中、
つい、ほんわか緊張も解けてました。

1月3日の鏡忍寺、そろそろお暇します。

コメント (4)

鏡忍寺・朝日のあたる老夫婦。千葉県鴨川市。

2022-01-14 19:58:00 | 波の伊八

宿なしを覚悟して、コンビニストアーの、
お嬢さんに紹介していただいた、2日の鴨川市、
民宿の、閉めた玄関を開けてもらい、
ひとり占め、
千葉に来たならもう一泊、欲が突っ張った、

宿の女将、来る時刻は自由、出るのも自由、
わしゃ、布団で寝てる・・
私は、たった一言この言葉に、鯉 、恋?をして・・?
1月3日、肌切る寒さ。

波の伊八さん、足跡の追体験に、
👇訪れたのは、鴨川市広場の、
小松原山・鏡忍寺きょうにんじ




鴨川に生まれた、日蓮聖人が、
32歳で日蓮宗の開祖となって、10年後、
母の病を気遣い、見舞いの道中、
まもなく、母に会える近場、小松原で、
イデオロギーの違い抗争で、待ち伏せした
地頭の刃に殉死した、

同行した門下の鏡忍坊・・・、

1281年落成の折、59歳日蓮聖人の命のもと、
弔いを意を残したのが
鏡忍寺



朝陽に木の影を、ケンケンパーっ‼
門をくぐり、手入れ整った景色を撮り、





楼門にカメラを構えた、朝8時の光景
👇寒いのに、急ぐでなし、
楼門の右奥から姿を見せた老夫婦。
主導する旦那をしり目に、丸太の椅子に・・
ここまでかなりの間があったのに、
私の目は夫婦の動きに、時間が止まってた。

私の生涯に、こんな光景は無かった、
今も・・。
これからは、作れるだろうか・・・?
羨望にざわめく、鼓動に朝陽がまぶしい・・。



彼らの背中が、見えなくなるまで、は、
心の自画像を、靴で描いた同じ場所で・・。
時間が動いたのは、
この光景は、自分では作れない、と思った時・・。






👇広い敷地に、一際の存在感は槇の大木。
日蓮聖人が襲撃された時、

彼を救ったのはこの木の上に、
鬼子母神が降臨して、地頭たちを、

睨みつけ蹴散らしたという・・。





👇鐘楼前の白い石碑には、
雉鳴くや背丈にそろふ小松原  正岡子規








👇鐘楼から祖師堂、
ここの欄間に伊八さんの彫刻がある。
住職さんの計らいは、カメラもどうぞ・・でした。

きょうの体調は、クラクラ、から、ク ~程度 ‼
けど、波の伊八さんの欄間は・・
明日のページで ‼


コメント (2)