生まれながら飽きっぽい性格、
飽きた大型連休、まだ半ば、
どこか知らない町へ、
キリリ気勢込めて巻いた、あさのは模様、
行くぞあの町、こっちの町か、
四股を踏んで、テレビの前、
人、人、車のリアルタイム。
塩ホッケにワサビを浸した、茶漬けかっ込み、
休み早く終われと、萎えてしょんぼり、
令和元年5月2日。
包丁、索緬、漆器、海産物を特産品にし、
白髭素麺は献上までしていた輪島、
1661年から「地の粉・珪藻土」が発見されてから、
平安時代から地道に作り続けていた漆器が、
一気に輪島を支配する産業になっていく。
1700年代600戸ほどの輪島地区は、
100年で、3倍に膨れていく。
近くの総持寺に、全国から集まる1000人1700余の坊さんが、
輪島の漆器を、頭陀袋に入れて、各地に戻り、
地元、久保屋喜兵衛が北前船で、湊に下した輪島塗りの、
注文を受けては、1年後に届け、
行商もあり、輪島漆器のしっとり感は、
お金のない人には、羨望を、
金持ちの人たちは、われも我もと注文をし、
輪島の漆器が大阪・堺から広がっていく。
卓越したデザイン、すいつくような感触、
会津漆器に劣らない技術は、
今も職人たちは磨いている。
👇材質は、日燻煙乾燥させ、自然乾燥で1年ほど寝かせ、
ヤニが少なく、
日本刀の鞘、包丁の柄、まな板にも加工される、
ほうのき。
👇 この日は、強風で早々と占めた朝市。
👇、この御餅にありつけたのは幸運だった。
写真 2019.4.5 輪島市・千枚田 他
輪島塗すてきですね
昔はよく行商で輪島漆器をもってまわられていましたね
懐かしいですね
なんだかあの牡丹の紋様のお盆が我が家にも
行商の人が持ってこられたかも
こんな面白い漆器があるなんて。
手仕事素晴らしい職人さんですね。
きっと、行商の方が持ってきたのでしょう!
漆器の行商を見たことがある、
我々時代、貴重な思い出をお持ちでした。
不安定な気候です。
お体を大事に・・・。
翻車魚、熊子さんの画風に似ていますね、
輪島漆器のモチーフも、お客さんの要望があれば、
いろいろな柄を描いているようです。
職人さんのデッサン力も試されるところですね。