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富田パソコンサークル (Tomita PC Circle)

京都の京丹波町富田の「公民館」をホームに活動するパソコンサークルのブログ。

オランダまで

2006年06月26日 | サッカー

日本代表からチェコ、挙げ句の果てに
オランダまで 応援し、期待を寄せてたチームが
次々姿を消しました。

これはもう僕に応援してくれるなっていう警鐘かもと
我ながら、ワールドカップにショックがありあり

とはゆうもののさすがに決勝トーナメントになると
球際の争いは、予選の比ではなく
スピードも桁違いのうえ、フィジカルコンタクトっていうのか
あたりそのものがまさに格闘技ではありませんか
明らかに2002年から世界のサッカーはパワーサッカーに
変貌しています。

好みからいえば、サイズのでかい奴らの
こういう「すごい」を見せびらかすパワーサッカーより
もっと「うまい」が見たい気もします。
一種のセンチメンタリズムですが・・・

つくづく思う。この国のサッカーが一から立て直し
次回の南アのワールドカップのこの決勝トーナメントの
本物の舞台にまで勝ち上がって、世界を驚かせて欲しいと

マスコミやネットの状況は、今や次期「オシムジャパン」なる
話に百家争鳴の批評家だらけです。
日本代表の立て直しは、彼以外にはいないとかなんとか
それこそが、勘違いなんです

私たちが見たものはこの国のサッカーそのものの敗退であって
代表がどうのこうのといった問題ではないのです。
では、代表を代えたとして誰をどう選ぶのでしょうか?
オシムは何を変えればいいのか?答えがありますか?
少なくとも代表には、有り余るほどのサポーターはいても
Jリーグひいては、サッカーそのもののサポーターは
減りはしても増えていますか?

子供たちがあこがれてやまなかった「シュンスケ」が
通じなかった現実は、サッカーの底辺を脅かすでしょう
サッカーによって、Jリーグを中心とした地域のスポーツ文化の
活性化に目がいかなければ、立ちゆかない所に来ているのでは
ありませんか?


決勝トーナメント

2006年06月24日 | サッカー
日本も韓国も私たちのアジアから出場した4つの国は
予選リーグをことごとく敗退しました。
多分予想通りに、ワールドカップの舞台から、もうちょっと
自虐的にいえばワールドカップ本番に姿を現すことはありませんでした。
あれほど熱狂した「アジア予選」に思いをはせるとき
例外なく世界とのレベルの差を実感しながら、虚脱感すら感じます。
世界のパワーサッカーはアジアのサッカーを相手にしてはくれませんでした。

僕らが見たここまでのワールドカップはあくまで
まだ「予選リーグ」でしかだったのですから

さて、決勝トーナメントは、オーストラリアの奇跡的進出と
チェコの敗退以外は、予想通りの顔ぶれが出そろっています。

個人的に応援してる「オランダ」、サイズからいえばそれほど
日本と変わらないはずなのに圧倒的に強い「アルゼンチン」
地元開催によって持ちこたえてる「ドイツ」
悲劇こそ似合う「イングランド」、日本が目指すべきサッカーを実現していた
「エクアドル」、多分本番にはもろい「スペイン」「ポルトガル」
どのチームもスターを抱え込み自意識過剰な「ブラジル」を倒そうと
思いをこめて予選とはマッタク違う激しいサッカーを展開してくるでしょう。

気分を変えてここから本番のワールドカップを堪能しましょう。

これが日本代表です

2006年06月23日 | サッカー
試合後に、ピッチに横たわるヒデを映す映像を見て少し違和感を覚えた。
私たちがみたブラジル戦は、これまで
マスコミやにわかサポーターとともに振り回された
「サムライブルー」の幻想から現実に引き戻され、
まざまざと世界レベルとのその差を思い知らされた一戦でした。
4年の集大成にして、何も感じるもののない気さえする敗戦だった気がする。
体のサイズも、メンタリティーも個々の技術もおおよそ桁違いに思われたのです。
試合ではマッタク体の切れを失ったロナウドにむざむざと2得点されたうえに
ボールを回され、もてあそばれ続けたこのゲームは
一人の思いこみのあったプレイヤーだったとして、
彼がピッチにへたって、悔しさを表現してみせることすら
むなしい小芝居に見えるほどの違いを感じています。
感傷をおぼえるほどの、きわどさのかけらもなかったんじゃないかと今思う。

多くのサッカーの指導者と呼ばれる人たちも
サッカーに関わる多くの人たちも、もう今までのうんちくや
サッカー観をリセットしないといけないでしょう。
あなた方のいういっぱしのサッカーはとっくに世界とはかけ離れ
個人の力を根こそぎ引き上げなければ、この場所で戦うなんて
絶対出来ないんだと思い知り、それらしい教則本など破り捨て
世界のサッカー文化と自分たちの持ち回る狭小なサッカーマニュアルとの
大きな違いを知るべき時が来たんです。
枠にはまったやり方を拒み、自由を志した代表選手は
試合前の練習でシュートを外しながらもニタニタし、
自主性を唱えたジーコのサッカーに、何もこたえられず
崩された瞬間にうろたえ続けてるように見えませんでしたか
4バックとか3バックとかやたらこの国のスキなフォーメーションの
問題でもなく、組織で攻めるとかいう以前に欠落しているものを
思い知ったのです。

もっとスポーツを愛し、スポーツを文化とする文化そのものにかけている
ことを、多くのにわかサポーターたちも肝に銘じて欲しい

はっきりこの国のサッカーは、4年間何も変わらないままでした
日本代表のサッカーは、この予選で幕を閉じました。

ただし、多くの出場国は、これから始まる決勝トーナメントこそが
ワールドカップの本番だと考えていますし
当然ながらここからの戦いは今までの予選と違って
本気のゲームが始まるのです。
僕個人これからに大きな期待を持ってわくわくしながら
ワールドカップを堪能しようと思います。

日本サッカーのこれからの4年間は、一から積み上げなければ
何も始まらない長く、しんどく厳しい道のりになるのでしょう。
「感動をありがとう」なんて代表に言葉はかけないでください
試合前に携帯ゲームに興じたり、あくまでも親善試合に基づくマスコミの
世界を知らない評価をうのみにして、世界に通じると誤解して
ピッチにたってみれば、球際の強さ、個人の強さ、厳しさ
フィジカルな面での大きな違い。メンタリティの違いは彼らを圧倒していました。

彼らこそ、肌で感じた世界のレベルに打ち負かされているのですから

クロアチア戦を終えて

2006年06月19日 | サッカー
勝てた試合やったと言う声も多いし、負けなかった試合と
救いを求める声にもまた事実を見る思いがします。
いずれにしたところで、ほとんど首の皮一枚つながった状態で
王者ブラジルと相まみえることとなりました。
23日は、早寝して早起きして観戦します。

ジーコもまた、名古屋の監督をしたベンゲルがかってこの国のサッカーを
分析する前に国民性っていうのかこの国の文化に目をやって
同じ感想を持ったことを思い出します。

「責任」 この言葉は、実はこの国の多くの場面では
自分が持つことに使われるのではなく、回避するとか、持たされないようにする
対象として意識することが多いと言うことです。

いかに「責任」をとらないですむか、「責任」が及ばないように手を打つとか
クロアチア戦においてそれを痛感したとは言いませんが
自らが責任を持つという強い意志と言うよりも、
何かことの後先を考えてるパスミスやショットミスを感じませんでしたか?

考えてみれば、この国にある「みんな仲良くしましょう」的風潮は、
人と人の関係において一対一をさけてある意味穏やかに、
はっきり言えば、曖昧にことを運びがちです。
セルビア戦で見せたアルゼンチンの流れるようなワンタッチパスは
仲良し的発想から生まれたようには思いません。
ゴールを想像するそれぞれの個々の意志がそれぞれの局面で確実に
一対一の勝負に勝ちを積み重ねて、個々に強く働きかけて
あのカンビアッソのゴールが生まれているように見えます
気遣いや思いをくみ取るといういわば、柔らかで角のないありようは
たしかにいい面もあるのでしょうが、
そのやり方は、局面で要求される個々の強さや個々の想像力に
いつも、いいわけを与えがちで
いわゆる個性の強さを閉じこめてしまいます。個性が連動して
より大きな力になることが、真実でありながら
個性を閉じこめて、まずチームとかその戦術みたいなセオリーに
すがってみんなはよくやった的なあり方をいつも繰り返してしまいます。
みんなでなく、それぞれがどう共鳴し合いどういうことを成し遂げたか
それを求めているのに

クロアチアという国は、ついこの間まで戦火にまみれ
私たちの国とは大きく事情が違っています。
彼らは、明らかに個々の強さでは「サムライブルー」をしのいでいました
川口のセーブがなければ、彼らの手に勝ち点3がわたっていたでしょう。

家族の中で親子、あるいは夫婦という関係において
常に一対一の関係で、すべてをさらしてお互いを戦わせる彼らの文化は
「みんなで」という発想から遠くにあります。

私たちのサッカーが少し世界と違うのは、サッカーがまた「言語」のように
その国の文化も伝えているのです。

死の組グループE

2006年06月18日 | サッカー
まさかのチェコの敗戦は、彼らの初戦を見たものにとって
信じられない結果でしたが、ガーナもまたすばらしい持ち味と
個人の能力あるいは、戦術においても勝者にふさわしい戦いぶりでしたね。
その後のアメリカVsイタリアがさらに引き分けたことで
最終戦までこのグループのどのチームにも予選突破の可能性が生まれ、
なおかつ最終戦の結果
どっちにしてもイタリアかチェコのいずれかが姿を消すことになったのです。

まさにグループEは死の組と化したです。

アメリカって「サッカー」そんなに強いのって声が時折聞こえます。
彼らは、相変わらずメジャーサッカーなどと名乗って自国にプロリーグ
をもっていますが、事実ほかのメジャースポーツほどに脚光を浴びてはいません
しかし、そういう人の多くはアメリカという多国籍国家という国自体の
性格を理解していません。一言でアメリカ人といってもアメリカとは
ヨーロッパやアフリカ、中南米からの移民によって
成り立っているのです。いつもながら、国の代表を国内組とか海外組とか
というまったく、せまっくるしい区別をしたがる島国的感覚や
帰化したアレックスをやっぱり「ガイジン」扱いしてしまう国民性では
オーストラリアもまた、そういう同じ多国籍国家であることが理解できません。

一方、イタリアはサッカーにおいて今根底から揺れ動いています。
セリエAというイタリアが誇るサッカーリーグは、
八百長や買収疑惑によって、そのリーグの雄「ユベントス」
というチームがセリエAから間違いなく姿を消そうとしており、
いま出場しているイタリアのモチベーションは実は他国と大いに異なっています。
この八百長疑惑はイタリアにおいて常にとりだたされていますが、不幸なことに
サッカークラブのオーナーが首相になれるような国柄と
イタリアはこういう同じような苦境にたった1982年のスペイン大会でロッシという
すい星ように現れたスターの活躍で優勝し八百長疑惑にふたをしてしまったのです。

そのときの負の遺産こそが今彼らを追い詰めています。
個人的希望を言えば、この際イタリアこそが敗退し、精算と反省にたって
出直しの機会ととらえ世界に懺悔するべきだと思うのですが・・・・

ネスタとカンナバーロ、ブッフォンの[壁]を果たしてチェコのネドベド、ポボルスキ
ロシツキ、バロシュ、コレルが突き破れるのでしょうか?

クロアチア戦を前にして

2006年06月17日 | サッカー

ホンマに今夜の相手の「クロアチア」は、
負けたオーストラリアの比ではなく
そのサッカーは、質が高いし、強いヨーロッパ勢の列強と遜色はありません。
よほどの奇跡がない限り、彼らから勝ち点3を奪うのは
たとえ、日本のテレビの解説者の誰が、べんちゃらまじりに
勝ち目があるなどと持ち上げようと
なんというても至難の業やと僕は思います。
この何日かで世界のレベルを目の当たりにすればするほど
私たちの代表のプレーも気迫も、世界レベルとの差を
痛感したのは紛れもなく事実だったのです。

しかし、それでも僕は日曜の夜9時にこの奇跡が起こることを念じています。
私たちの「黄金世代」が、それでも目覚めることに一縷の望みを託しながら

で、皆さんに「サッカー」のルールで唯一わかりにくいかと思われる
「オフサイド」という考え方を、クロアチア戦目前にして
説明しておきましょう

サッカーでは、待ち伏せっていうか
ゴールキーパーしかいないゴール前に、相手選手がずーっと待っていて、
後方からパスされたボールをいきなりシュートしてしまう、そんなんフェアちゃうがな、言うのが「オフサイド」です。

せめてゴールキーパー以外にもう1人の守備の選手の手前から
プレーに参加しよう、というルールを決めたのです。

攻撃側の選手がオフサイドのポジションにいて、
積極的にプレーに関わって
いると主審が判断した場合、オフサイドとなります。
ただしオフサイドポジションにいること自体が即、オフサイドの違反となる
わけではありません。

味方の選手がパス(プレー)した瞬間にオフサイドポジションにいた選手がそのパスを受けようとして動く
味方の選手のパスを受けようとして動き、相手選手に影響をあたえる
その場所にいることで、味方選手のパスをオフサイドポジションにいた選手がうけ、得点のチャンスをつかむ
わかったようなわからんような説明でしょうか
このルールを利用して、わざと自らの守備の最終ラインをコントロール
して、相手を罠(トラップ)にはめる戦術が「オフサイドトラップ」という戦い方で
DFを4人に修正するらしい今度のフォーメーションでは
宮本が出来るだけ高い位置に最終ラインを押し上げ
このオフサイドトラップをいかに多く仕掛けられるかその勇気が試されるでしょう。

こんな話こそ、どっかの解説者もどきもええとこですので
とにもかくにも、日曜9時のキックオフから、奇跡を信じましょう


 


こりもせずにサッカーのどうでもええよな話

2006年06月15日 | サッカー

開幕して、ショックを引きずりながらもワールドカップの話題です。
おおよそ、各国の代表の一通り出そろい、新しいスターやスーパースターの登場が話題をさらいます。
(敗戦ショックから無理矢理話題をそらしてる感もありありですが)
「ピッチの貴公子」とかなんとかという冠詞がついて
華々しく活躍する選手がいますよね。(※サッカーするとこは、ピッチって言います。グランド(地面)でもフィールド(草っぱら)でもございません。英語で言うならちゃんとした英語で言いましょう!)
彼らは、サッカーがうまい上に「イケメン」という許せないほどの幸運を
持って生まれておられますわいな。
ブラジルのカカ、アルゼンチンのアイマール、ポルトガルのクリスチアーノ・ロナウドなど枚挙にいとまがありませんが、
そんな連中の活躍にきゃーきゃーいうのもちょっとけったくそ悪い思いもあって
ひそかに天が二物を与えたというか、顔は多少人間離れしてるかわりに、プレーも人間離れしてるというか
そういう奴らに実は、注目しています。
なんと言ってもその代表はブラジルのロナウジーニョでしょう。
今頃は、ようやく目もなれてきましたが、彼を一度見たら夢にも
うなされそうなルックスで、できれば目を合わせたくない感じでしたが、
人の目も慣れれば何とかなるもんで、近頃は昼間もゴールデンタイムでも
この国のコマーシャルに登場してきます。
顔はあのような顔ですが彼のプレーは、人々の心に焼き付くすばらしい想像力にあふれるファンタジスタです。
アルゼンチンのテベスもまた、そのたぐいまれな得点能力があればこそ
テレビに映してもなんとか許されるのです。

もうすぐ戦わねばならない「クロアチア」を思うとき
どう見ても犯罪者のようなプルショ、少々固いもんでどついても
どついた方が壊れそうなシミッチ、陶器市の安売りかい!
って言いたくもなるようなニコ・コバチ(二個小鉢?)
Miyamotoよりもイケメンのクラニチェル

どいつもこいつもある意味ええ顔してるような
奴らに真っ向から渡り合えるのか心配にもなる我がニッポンです。

奴らの試合見たけれど、ほんまブラジルと互角やったし
もっとコワーーイ顔して、戦って欲しい





いよいよ初戦 Vs オーストラリア

2006年06月12日 | サッカー

個人的には、皮肉なもので結構知り合いや
ホストした連中の多い、しかも自分にとってはもっとも
親しみを持って近くに感じている国:オーストラリアが初戦の相手
しかもF組に実情を考えるとき
両方のチームにとって絶対勝ちたい相手です。

けど、サッカーに関しては友情や親しみは関係ありません
絶対に勝って欲しい!勝たねばなりません

とても結果を知ってから書き込めないと思うし
笛が吹かれる3時間前にこの記事書き込んで
あらゆる用事をすませて、テレビの前でドイツまで魂の
応援送ります。送りましょう

スコア? この試合は、何点とるのかではなく勝ち点を3
必要としています。
稲本?お気に入りですが、ピッチに立つこと信じてます

どこまで走って、どこまで速く、どこまで攻め続けられるのか
攻め続けなければ、もう先はありません。
想像力、アイデアこそ私たちの特性だと思う持ち味を
いかんなく発揮して欲しい 
なんせ興奮しています。


いよいよワールドカップやしーー!

2006年06月09日 | サッカー

あれほど、指折り数えたワールドカップ2006ドイツ大会も
いよいよ開幕です。 多少眠うても、がんばってテレビ見ようと
決め込んでます。

さて、この大会日程は下記の通りですので、チェックして
是非、日本戦は魂の応援をテレビの前で送り続けましょう。

 

   World Cup ドイツ2006 全日程  


W杯の代表の布陣の事ですが・・・

2006年05月28日 | サッカー

もうそこに迫ったW杯にわくわくしないはずがありません。
僕自身は、レベルの低い日本のスポーツマスコミの
「ジーコジャパン」っていうような呼び方や
ネーミングが大嫌いなんですが
(野球で長島氏が、出なくてもいいのに前面に
出たがってあれ以来マスコミも「長島巨人」みたいな言い方しますねプレイヤーは
選手であって監督は単にコーディネーターに過ぎないと思うんですが・・・)

さてW杯に戻れば世界から見れば、これほどのカリスマが率いているチームは、
ある意味で注目を集めているのです。
僕自身もこのジーコというサッカーのカリスマを
この4年間信じてきましたし楽しんで来ました。
が、いざ本番を前に届くはずのない思いを書き込んどきたいんです。

それは、ジーコが監督を引き受けて、言い続けて来たのは
終始「今あるメンバーのベストの布陣をシステムで戦うっていう話です。」
一方で彼は、こだわってこの4年間サイドバックっというのかウィングプレイヤーを作ろうとしてきました。
なんといわれても左右の「アレックス」と「加地」を登用し続けて来ました。
ブラジルのセレソンをイメージしたように 
本当は、この事をちゃんと評価しなければいけません。
どうしてもサッカーに「カフー」「ロベカル」が必要なのなら、
無理してでも使わねばなりませんが
正直言って「アレックス」の守備なども「加地」のやってるプレイのレベルは
W杯のレベルにはありません。残念ながらことサイドの育成は彼の思いまでは
到達してるようには思えないんです。
幾度も当たり前のように見せられて来たから
彼らのポジションになったような錯覚に陥ってるのです。彼らに無理して
ポジションを与え続けてますけど、
稲本・小野・小笠原の才能を使わないことに代われるほどの質も楽しさも
僕は感じませんし、やりすぎて、時間を使いすぎるヒデはやっぱり
代表に違和感を感じてしまいます。彼が所属したいろんなチームのように、
いまのフィジカルと彼のプレーを狭めているので使うのであればヒデには
もっと後方に仕事があるんではないかとも思いまして、宮本と前後に使うのも
手ではないかなと思います。
いずれにしても、代表の4年間の集大成です。



勝たんとアカンというのなら

2006年05月13日 | サッカー

それは、スコットランド戦でした。ほとんど点を取ろうとする気配すら
ない相手に、ゴール前での代表のプレイは、まだ焦りと緊張からか
足下の余裕が見られませんでした。

ずいぶんと中盤からディフェンスが整理されているのに
結局の所、最後のフィニッシュに余裕が見られないのが、見てるものにとっては
歯がゆい思いにさせられる。

これは、もう国民性なのかとさえいいたくもなるほど
事をぎりぎりにとらえてしまいすぎ、目立ったのは
結果ばかりが先にあるような捨て身のシュートばかり、小野以外は・・・

「捨て身」とは、いいような悪いような この国にいると、そのことを美化しがちですが
しかしこういう言葉と風土は結果的に、後先を見ない
とにかく私は全力を尽くしてやりました的な評価ねらいにどうしても見えてくる。

捨て身はやけっぱち、投げやりにさえ見えるんですがね
ああいう試合は是非勝っておいて欲しかった。
私たちのこれからをリードするうえで、ワールドカップを喚起するうえで

ともかく、5月15日 「青いサムライ」と称する代表23人が発表されます


テストマッチ・ブルガリア戦観戦記

2006年05月09日 | サッカー

観戦記は、はじめから書き込むつもりで、ゲームの開始前から
テレビの真正面に陣取っていたけれど、本番を1ヶ月後にして正直凹んでます。
何より棒立ちで、立ち上がった開始直後の失点と終了間際の失点は、
まるで人ごとのようなゲーム運びでしかありません。

日本代表のそれぞれが、どうでもええようなアナウンサーの
「Zicoへのアピール」の声にうながされるかのように、つんのめっているように見え
意気込みの裏腹に、彼らの下半身というのか足もとには、ブルガリアの
選手のような柔らかさもなく、開始早々から常に一歩を遅らせていましたよね

大きな勘違いです。個々人がもし試合後のインタビューを仕掛けたアナウンサーの
ようであるのなら、「アピール」なんていうのは
試合を勝つために、何をしたのかということこそが、Zicoにアピール出来るのであって
ほとんどの局面で1対1を仕掛けても勝てないでいる状態は
この期に及んで、彼ら自身に何を見つけられるのでしょう。
彼らはなにをしようとしていたんでしょうか?

何よりHirokoちゃんをはじめとするサポーターたちにこそ
「ワールドカップ」に出場する「しあわせ」をアピールすべきであったはずでした。

非常に残念でした。それは試合の結果ではなく内容に「楽しさ」を
味わえなかったことと、気概とともに柔軟なプレイと想像力と速さ
観客が一番求めていた日本代表の「アピール」にかけていることです。

そうはいっても1ヶ月あります。13日のスコットランド戦こそ
そのパフォーマンスを大きくアピールして「ワールドカップ」を日本中に喚起して欲しい
魂の応援はこれからずーっと続きます。

(遠藤と玉田と阿部とそして小野のパフォーマンスは、良かったとは思うけど
こういう試合では、あえて評価なしとすべきなんでしょうきっと)


World Cup 2006に寄せて

2006年05月01日 | サッカー

サッカーウォッチャーを自負する僕にとって、
2006年は特別な年で、4年に一度のサッカーの祭典であるW杯イヤーであり
楽しみなことに、この国の代表は3回連続となる出場を果たしたのです。
かつて、よその国の話であったことから思うと夢のようです。

ワールドカップ2006は、あと1ヶ月あまりで始まります。
本番前の強化試合も、国内ではこの9日のブルガリア戦と13日の
スコットランド戦のみとなり、是が非でも行きたいブルガリア戦はH・Kちゃんの
観戦に思いを託すとして、テレビで念を送りたいと思います。

さて、いつもサッカーを考えるとき、対比して思う野球的なもの
とりわけ、高校野球的なというか言い換えれば体育的な考えが、
この国のスポーツのあり方を作ってきました。基本的練習に明け暮れ
基礎をしっかりした上で、チームプレーなどというセオリーをたたき込まれる
手法は、残念ながらこの国のサッカーという土壌にも、ひいてはあらゆる
スポーツに根ざしているように思われます。
これが、本来本能的に人間が体を動かして表現するスポーツそのものの
楽しみを奪ってきたような気がしてなりません。

僕自身の個人的な考えでいうと、サッカーとは一人一人の楽しみであり
体で自分を表現しようとする手段です。まず何より、一人でやったとしても
サッカーがその人にとっておもしろいものでないとあかんと思うんです。
やたら、基本のパスやら、カバーリングとかゲーム上のあり方を教えすぎて
本来の楽しさより、体育的な教育に、この国のスポーツを見る目が傾斜しすぎます。
また、指導者とはそれを教えるものだという観念がはびこってます。
ボールにじゃれること、ボールを自在に操ること、ボールを曲げて蹴ること
そういう個人的な楽しみをもってこそ、もっと上達を目指す人たちが
フィジカルな面を鍛えればいいのですが、はじめに体力を求められたり
走力を推し量ったりシマス。その人の人間性や想像力などほとんど問題にせず

私たちの見ようと思うのは、あれはサッカーのゲームであり、
フィジカルな面をより鍛えたものたちのプレーです。W杯は、心底
サッカーを楽しんだ上で、技を磨きそのうえで体を鍛えてきたものたちの戦いです。
中には、「ゲームを楽しみたい」などと試合前の抱負を語る
選手もいますが、僕にいわせれば、ことこの期に及んでいうような台詞ではありません。
楽しむのはサッカーそのもので、ゲームは、勝負でしかありません。
ゲームをするには、相当の技量と知恵が求められるし
そこには、負けない気概がなければなりません。ゲームはいずれにしても
勝つか負けるかっていうモンです。ゲームとは選ばれたものが戦って、決して負けてはならないものです。
しかし、人それぞれにあるスポーツとは、ゲームでなく体を動かす喜びでなければなりません。
ゲームが出来る選手でないと、スポーツと呼べない状況が間違っています。

ところが、はじめから、そんなゲームをすることを前提にそれだけを教えようとし、教えこまれた人たちのサッカーは
いつ見ても、想像力に欠け、責任感をはき違えたつまらないものでした。

今度の、代表にはそうあって欲しくない期待を持っていますが・・・・

さて、こんな個人的意見を述べますのも、パソコンを始める際にもよく似た状況に
陥ることがあるような気がします。
教えようとするものは、ありとあらゆる基礎的な課題を押しつけ
教え込もうとします。教えられるものは、覚えられないことを悔やむほど
ぎりぎりになるほど、覚えようとします。

まず、パソコンを楽しんでください。パソコンでできるおもしろいことを
たくさん知ってもらって、そのあともっとやりたいと思うときに
基本とか基礎を振り返るのが、手っ取り早いし
「教育」などという怪しげな言葉に振り回されて、
楽しみを苦痛に変えたりしないでください。少なくとも
このサークルは、新しい「楽しみ」方を見つけることこそが、何よりの
目的であって、パソコンの上達を求めているのではありません。

そのかわり、W杯での日本代表には、多くを求めています。
一人一人の想像力とチームとしてのサッカーのおもしろさを

H・Kちゃん 魂を込めて応援よろしく!