「空白の一日」という言葉は一九七八年のドラフト会議の前日、江川卓選手が巨人と入団契約を結び、世を驚かせた際に流行した▼前年のクラウンライター(現西武)の指名は拒否。野球協約は、ドラフト指名による交渉権は翌年の会議の前々日になくなると定めており、前日は自由に契約できると巨人側は考えた▼規則の不備をつく禁じ手と世間は怒り、抗議電話で江川さんの母は寝込んだ。先の契約は認められず、七八年のドラフトで指名した阪神と契約し即、巨人にトレードされる形で収束したのは周知の通り▼作家の林真理子さんが理事長の日本大学を巡り「空白の十二日間」という言葉が世を賑(にぎ)わせている。アメリカンフットボール部の薬物事件。関係者が寮で大麻のような不審物を発見したが、警察への通報は十二日後になった。日大は否定するが、隠蔽(いんぺい)を疑う向きもある▼アメフト部の悪質タックル問題や元理事長の脱税事件が続いた日大の理事長に「母校を何とかしたい」と就いた林さん。今回の事件の会見で、スポーツ部門に対し「遠慮があった」と語った。改革は容易でないということか▼江川さんは「空白の一日」に巨人と契約できると周囲に聞かされ驚いたが、決断したのは自分と自伝で強調する。「自分で選んだ道だから、これは逃げも隠れもできない」と批判に耐えたという。林さんも似た覚悟だろうか。
旧暦の七夕(二十二日)が近く、夏の星空が美しい。南東の空にベガ(織り姫星)とアルタイル(ひこ星)を見つけたくなる。お盆休みのふるさとで子どものころと同じ星空を楽しんだという方もいらっしゃるか▼<真砂(まさご)なす数なき星の其(その)中に吾(われ)に向ひて光る星あり>正岡子規。不思議な宇宙の光の話である。米国のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が「はてなマーク(?)」のように見える不思議な光をとらえたそうだ▼なるほど写真を見れば、はっきりと「?」である。米SF作家、フレドリック・ブラウンの短編を思い出す。星々が移動し、光で文字を作ろうとする怪現象が起きる。人々はうろたえるが、実は新手の広告サイン-という話だった▼<吾に向ひて光る>宇宙からの「?」にこちらも「?」となるが、どうやら、地球から数十億光年も離れた場所で、銀河同士が衝突し、こんな形に見えているらしい▼月にウサギの餅つきが見え、岩が人の顔のように思える現象を「パレイドリア効果」と呼ぶそうだ。人は無秩序な形にも見慣れたものや意味を見いだそうとするもので、宇宙の「?」もこれと同じなのだろう▼そう分かっていながら「?」の意味を考え込む。宇宙の謎を解けという出題の「?」か。争い絶えず、核兵器をいっこうに手放そうとしない人類に対しての辛らつな「?」にも見えた方がよいかもしれない。
「ふがいない」「ミスミス完敗」-。新聞の見出しはなかなかに手厳しい。政治の話ではなくラグビー日本代表である。九月のラグビーワールドカップ開幕まで一カ月を切ったが、日本代表の調子がなかなか上がってこない▼W杯までの準備試合と位置付けたトンガ、フィジー戦などの最近の計五試合で日本代表は一勝四敗。厳しい論調もやむを得ないところか。不用意なミスも目立つ▼ファンの態度も昔に比べ、随分と変わった気もする。観戦した、ある試合。苦戦する日本代表にも温かい声援を送るファンが大半だが、中にはミスを大声でなじる方もいらっしゃる。ファンの目が厳しくなっている▼変化の裏にはラグビー人気の定着や日本代表への期待が高くなっていることもあるのだろう▼前回大会でベスト8。日本国内リーグには各国有力選手がひしめく。国際統括団体の「ワールドラグビー」は日本を最上位格の「ハイパフォーマンス・ユニオン」に編入している。こうした状況を見て、日本ラグビーの成長を信じたファンにとって「一勝四敗」にやきもきしているのであろう▼無論、厳しい声に選手が発奮することもあろうが、日本ラグビーはなお成長過程にある。ゴールは遠く、長い目で見守ることにする。このW杯にしてもまだ時間がある。今の不調もやがてくる奇跡の物語のほんの序章に過ぎないのかもしれないし。
大相撲の力士は新幹線の座席の背もたれを倒さないそうだ。力士たちは背もたれを倒せば、後ろの人がひどく窮屈になることをよく知っており、倒さないのが暗黙のルールになっていると行司の木村銀治郎さんが『大相撲と鉄道』に書いていた▼三つ並んだ席で嫌われるのは中央の席だそうだ。巨体に挟まれる姿を想像すれば理由は分かる。一方で、通路側の席にも問題がある。脚が通路にはみ出しやすく、車内販売のワゴンが当たることがあるそうだ。よく眠っていた力士はワゴンのゴツンで目をさますことになる▼お相撲さんの安眠は守られるだろうが、新幹線開業以来の長い歴史を思えばしんみりする話である。JR東海は東海道新幹線の「のぞみ」「ひかり」でドリンクなどを提供する車内ワゴン販売を十月末で終了するそうだ▼理由は利用者減や人手不足と聞くが、なるほど最近は飲み物やお菓子をあらかじめ用意している方が多く、ワゴンに声を掛ける方も少ない▼時代の流れとはいえ、利用者には思い出も残るワゴンである。うまく運んだ商談のごほうびにワゴンの缶ビールで祝杯を挙げた方や、カチンカチンに凍ったアイスに大笑いした家族旅行を思い出す人もいるだろう▼新幹線から冷水器、食堂車が消え、今度は車内販売のワゴン車-。新幹線と一つ違いの昭和生まれは大して利用もしなかったくせに妙に寂しい。
米大リーグのシカゴ・カブスの本拠地リグリー・フィールドは米国で二番目に古い大リーグの球場で、外野フェンス一面を覆った美しい緑のアイビーが名物である▼有名なのは一九八八年まで夜間試合を行っていなかったことだ。照明のまぶしさや騒音が住民の迷惑になると夜間試合を見合わせていた。かつてのカブスオーナー、P・K・リグリーさんの名言は米国野球ファンにはおなじみだろう。「野球はお日さまの下で行うべきだ」▼野球に関しては小欄は極めて保守的で申告敬遠やタイブレークにも不満がある。「野球はお日さまの下で」と思わないでもないが、酷暑の中の甲子園を見れば、考えを改めるしかなさそうである▼容赦なく照り付ける日差しに、選手の体感気温はおそらく四〇度を超えているはずだ。過酷な状況にも懸命にボールを追う若者の姿は高校野球の魅力と認める一方で、やはり、この暑さの中での野球はどう見ても危険だろう。悔しいが、日本の夏はかつての夏ではない▼試合中に選手の体を冷やす十分間のクーリングタイムが今大会から導入されたのは喜ばしいが、どこまで効果があるか。中長期的には夜間試合の導入も含めた見直しが必要だろう▼<雲はわき 光あふれて>は「栄冠は君に輝く」。もちろん昼間の試合をイメージしているが、夜間試合でも栄冠が球児に輝くことに変わりはあるまい。