オランダの風車は、止まっている羽根の形に意味があるそうで、一種の合図のようなものらしい▼出産や結婚式などの慶事があれば、一番上にくる羽根が真上に差しかかる直前の位置で止めておくそうだ。風車は反時計回りなのでこちらから見て、真上の少し右。真上に向かうところなので幸せな未来や希望、喜びの意味となる▼「風車」を巡る話に、真上を少し過ぎた位置で止まっている風車を想像する。これは過去であり、悲しみや沈んだ気分を表現している。話は自民党を離党した秋本真利衆院議員。洋上風力発電の企業から約三千万円を受け取ったという疑惑が出てきた▼特捜部の捜査を待つが、この企業の風力発電事業参入を後押しするような国会質問を行っていたとうわさされる。「風見鶏」よろしく、カネの方になびいたのか。大切な国会質疑の場を使い、一企業に「追い風」とは事実とすれば情けない▼企業側は贈賄の事実を否定しているが、本人が政務官を早々に辞任し、所属していた自民党から離党したところを見ると、まったく身に覚えのない「風聞」でもないのだろう▼再生エネルギー普及に積極的な議員だそうだ。事件によって、導入拡大を図るべき風力発電に嫌な「風評」がつかぬか心配になる。そして自民党。離党したとはいえ、疑惑に世間の「風当たり」は強まるだろう。風車の形が「×」で止まる。
昔、激しく火を噴く富士山を見た人々は、神が怒っていると考え、離れた所からその姿を拝んだという▼九世紀の貞観年間の噴火は家々をつぶし、湖の魚を死滅させ、その後の樹海を造るほど大規模。神を恐れた朝廷は駿河国(静岡)のみならず甲斐国(山梨)側にも対応を命じ、河口浅間神社が建立されたと伝わる▼激しい噴火が収まると、山にこもり修行をする山伏が富士を目指すように。江戸時代には庶民に広まり、数人から数十人が積み立てをし、毎年くじや順番で選んだ代表が富士を目指す「富士講」が盛んになった。選ばれし者にとっては、一世一代の巡礼の旅だったらしい▼今も軽い気持ちでは登れない山のはずだが、十分な準備をしないまま登頂に挑む外国人観光客がおり、静岡県が対応に苦慮していると共同通信が伝えていた▼半袖、短パンという軽装で山小屋の予約も取らずに登る人もいるらしい。日本一高い山の厳しい環境への理解が足りないのかとも思うが、日本人にも、御来光を拝む目的で夜通し登る「弾丸登山」を試みる人がいる。準備や日程づくりには慎重を期したい▼山岳信仰の長い歴史もあって世界文化遺産になり、十年がたった霊峰。富士山を紹介する静岡県のウェブサイトは「富士山の信仰は、その美しさからはじまったわけではありません」と記す。原点である畏怖の念を忘れてはなるまい。
米連邦最高裁の歴史に残る写真がある。一九九四年、インドを訪れた当時のギンズバーグ、スカリア最高裁両判事がともに象に乗る一枚である▼お偉方の観光中の写真である。腹を立てる方も出てきそうだが、米国では好意的に受け取られ、今も何かと引き合いに出される。理由は写真の意味である。史上二番目の女性の連邦最高裁判事となったギンズバーグさんはリベラル派。スカリアさんは保守派。同性愛や中絶などをめぐって最高裁ではことごとく意見が対立する二人。その二人が仲良く象に乗る写真にこんなメッセージを見た。意見は違っても歩み寄ることはできる-▼比べるのが嫌になる。同じ観光地の写真でもエッフェル塔を背景にした自民党女性局長の写真が批判されている。塔をまねたポーズを取っていらっしゃる。やれやれ▼フランス研修中の一枚という。政治家が観光地で写真を撮ることを問題にする気はない。ばかげたポーズを取るのもご勝手になのだが、わざわざSNSで公開する気持ちがどうも分からない▼ちゃめっ気のあるところを見せたかったのかもしれないが、見る者がその写真から受け取るメッセージはどうしたって、「パリではしゃぐ私」である。物価高に苦しむ世間にあっては、どこかばかにされている気分にさえなる▼世論はどう受け止めるか。それが読めなかったのは政治家としてつらい。
映画「椿三十郎」などの黒澤明監督が中学時代に世話になった岩松先生というのが変わっている。試験の見張り役となるのだが、問題が解けないで困っている生徒がいると、答案をのぞき込んで一緒に考えはじめる。「いいか、これはだな…」▼それでも生徒が悩んでいると「まだ分からないのか」と黒板に書いて説明する。おかげで数学が苦手だった黒澤少年は岩松先生が監視役となる試験では百点が取れた(『蝦蟇(がま)の油』岩波現代文庫)▼文部科学省が公表した全国学力テストの結果によると中学三年の英語の成績がかなり悪かった。特に「話す」の試験では一問も解けない生徒が六割を超えたというから心配になる▼「いいか、これはだな…」と岩松先生になって英語の問題を見れば、なかなか難しい。ニュージーランドの留学生が英語で環境問題のため、レジ袋をお店で売るのをやめるべきだと訴え、「あなたはどう思うか」と問うてくる。これに英語で答えなければならない▼賛成か、反対かとその理由を答えればある程度の点はもらえたはずだが、的外れな解答や無解答が多かったそうだ。英語の能力に加え、世の中の問題や社会常識に普段から接していなければ解答は一分では出てこないだろう▼対策は常日ごろから社会的テーマに対し自分の考えをまとめておくことか。悪いことは言わない。新聞を毎日お読みなさい。