文部科学省の問題行動・不登校調査によると、いじめ件数は2021年度に61万5351件になり過去最多になりました。その中で、目立つものは、パソコンやスマホによる「ネットいじめ」が増えていることです。スマホが、小中学生にも普及しています。また、タブレット端末の配備が本格化しています。ネット上のやりとりが、小中学生の日常生活に根付いてきました。2020年に東京の公立小の6年生が自殺した事件では、学校が配った端末のチャット機能で悪口を送信されたことが原因になっていました。いじめの問題と並行して不登校も、過去最多の24万人を超えました。文部科学省は、年30日以上登校しない小中学生は2021年度に過去最多の24万人と発表したのです。この24万人の不登校という数字は、10年前からほぼ倍増したことになります。そこで、今回はいじめや不登校を少しでも減らす方策を考えてみました。
工業化の社会は、マニュアルに従って正確に作業する均質な人材が必要とされました。日本の学校は、この要請を受けいれました。学校の役割は、均一の学力と生産を高める協調性を子ども達に身につけさせることになりました。日本の教育は、この役割を世界に先駆けて達成したと評価されたものです。でも、デジタル社会ではイノベーションを起こせる人材がもとめられています。均一の学力でなくとも、課題を解決できる頭脳と行動が求められています。協調性もある程度必要ですが、それ以上に課題への挑戦や創造性を求められる時代に入ってきました。この面で、日本の学校の対応は十分ではないという現状です。最も、対策が行われていないということではありません。学びの充実を図る教育機会確保法が、2016年12月に成立しています。ここでは、画一的な教育から、一人ひとりに合わせた「個別最適な学び」へと転換する目標を掲げているのです。
でも、この理想は、実現していません。文科省が2021年に実施したアンケートには、理想とは乖離した悲痛な訴えが数多くありました。クラスの30人の子ども達の中には、一律に同じ内容を同じスピードで学ぶことができない子どもがたくさんいるのです。3歳で九九を理解するなど特異な才能を持つ子ども達もいます。彼らは、「周囲に合わせろと叱られた」と退屈な授業に失望します。さらに、「授業で分からないふりをする苦痛」を「協調」という名目で強いられています。できすぎれば、いじめの対象になり、それが極端になれば、不登校ということにも追いやられるケースも出てきます。逆のケースは、授業が分からない子どもにも、「できない、協調性がない」という理由で、クラスが「いづらい場所」になるケースがでてきます。「個別最適な学び」を保障しながら社会性をどう育むか、具体策の充実が求められているのです。
いじめを受けている子どもの成績は、低下していきます。いじめというストレスが、子どもの脳内にコルチゾンを分泌させるからです。コルチゾンは、記憶の中枢である海馬を萎縮させてしまいます。記憶力が衰え、学習効果が低下します。それでは、いじめをどのようにすれば、なくすことができるのでしょうか。結論からすると、ゼロにすることはできないようです。でも、少なくすることは可能です。少なくするには、子ども達の人間関係を「見える化」することになります。「見える化」は、クラス内のソシオメトリーを作成すれば、ある程度分かります。孤立している子どもも、仲良しグループも分かります。これを把握したうえで、いじめの有無を調べることになります。
たとえば、グループのメンバーであるA君、B君、C君、D君が笑顔で学校生活し、成績が向上している場合、いじめがないと判断できます。グループに所属しない孤立した子どもに関しては、成績も向上し、マイペースで学校生活をしている場合も、いじめがないと考えても良いでしょう。一方、グループのメンバーA君、B君、C君、D君の中で、C君だけが急に成績が低下した場合や以前と比較して沈んだ状態になったときには、注意が必要になります。いじめの状況は、一様でないことにも理解が必要になります。でも、いじめの有無については、成績の推移から推察できるということです。仲間集団の成績が向上している場合は、いじめがないと判断できます。仲間の一人だけの成績が低下している場合、その仲間集団に何かあることが推察できます。いじめられている子どもにとって、学校は勉強するどころではなくなるのです。勉強する環境ではなく、当然成績は落ちてきます。食欲がなくなり、不眠が続くようになれば、朝なかなか起きてこなくなることもでてきます。このような友達関係や学習状況を数値化できれば、クラスの様子を判断することが可能になります。
余談ですが、三井物産で面白い試みを始めました。この会社が目指すのは、オフィスを起点にした企業文化の変革になります。生産性が高い特定の部署の行動傾向を分析し、他の部署に役立ててもらう構想があるようです。3600人超の行動データ収集し。個人情報を伏せ、部署や役職の属性から分析するのです。天井に2500個の電波受発信器を設けスマホのアプリと連携して、位置情報を収集し分析していきます。社員の動きをデータで可視化することで、より効率的な連携手法を探る仕組みを作るわけです。この仕組みは、オフィス内での人の移動や在宅時のチャットなどの履歴データを組み合わせて解析します。在宅勤務の増加も考慮し、社員のメールやチャットの履歴データも判断材料にしていく大きな構想です。生産性の高い部署の人間関係、上司のリーダーシップ、空間の配置、他の部署との接触など、生産性に関するデータの蓄積や分析が可能になります。これからは、ソシオメトリーと生産性を組み合わせた数値化が可能になるようです。三井物産の野心的な構想の成否のヒントは、学校のいじめ対策にも応用できるかもしれません。
SNSから知能や精神状態、生活習慣を見抜く実験に、総務省傘下の情報通信研究機構が成功しています。この実験では、AIが短文投稿サイトの情報から、人々の内面を表す23種類の特徴を推定しました。この実験は、数百の少ないデータでも、A1を賢く用いることで、新たな手法の開発したことに高い評価を得ているのです。また、2018年、うつ病の兆候をフェイスブックに並ぶ単語から3カ月前につかめるとする研究が行われました。社内のSNSに流れる文章から、「うつ」の症状が現れることを3ケ月前に予測できると報告をしています。毎回のつぶやきで文字数のばらつきが大きいほど、「統合失調症の傾向がある」とわかります。この場合、統合失調症の予防やカウンセリングが、早期に行うことができます。 SNSのつぶやきから内面まで分かれば、脳の中にまで予防の網を張ることができます。最近は、SNSを分析するだけでなく、その結果を素早く色彩で表現できる技術も実現しつつあります。光ファイバーの衣装をデザインし、光のショーを演じる授業を行っている学校もあります。脈拍が早くなれば、赤の光が強くなり、脈拍が遅くなれば、青の光が優勢になるのです。光のショーは、ツイッター上のやりとりに表れる感情を分析し、色を調節することも可能です。モチベーションの高揚や低下が、色で視覚されるというわけです。家庭やクラスにおける子ども達の状況は、SNSを通じて把握できる技術的環境は整いつつあるようです。この技術的環境を、学校に導入すれば、少しはいじめや不登校を減らすことができるかもしれません。
最後になりますが、現状は学校に無理して来なくてよいといいながら、学びの継続は自己責任になっています。経済的に不利なひとり親の子どもは、不登校になる子どもも多い実情もあります。このような家庭では、経済的な苦しさから子どもを塾や習い事に出せないこともあります。このような情況を、少しでも変えようとする起業家も現れています。静岡市を中心に活動する女性起業家の方は、ひとり親の方にオンライン教育事業を行っています。英会話や理科、数学の勉強など、子どもの習い事の講座を月額会費980円で提供しています。支援する講師は、企業幹部や弁護士などの専門家を含む社会人や学生がボランティアで構成しています。さらに進んだ事業として、ひとり親の仕事のスキルを向上させることも含んでいます。その狙いは、親自身のビジネススキルを高め、経済的な自立を後押しすることにあります。もちろん、公教育の側でも、新しい試みを行うことになります。日本の学校では、子ども1人が1つのタブレットを持ち、オンライン教育を受けることが可能になりました。ITインフラの整備が進み、デジタル教科書も実現してきます。デジタル教科書の副教材やデジタル学習のソフトが進化すれば、各個人のレベルでも学習を進めやすくなります。教員は個々の生徒の学習履歴を瞬時に把握でき、それに応じた課題が出せます。均一な教材を子ども達に合わせるのではなく、子どもの理解に教材を合わせることも可能になります。小中高のデジタル学習内容が一つのタブレットに集約されていれば、子どもの発達に合わせた教材配列が可能になるかもしれません。いじめにあっても、不登校になっても、自分に合った教材をいつでも学習できる環境が用意されていれば、経済的に自立できる素地を持つことができます。自分の持つ可能性を、花開かせてほしいものです。