「年寄りの冷や水」とは、年寄りが若いものの真似をし、冷えた水を飲んで腹をこわすことから、年寄りが、歳もわきまえず若い者の真似をするとロクなことが無いという例えになります。でも、クールなシニアなら、冷えた水(適度な負荷)を浴びながら、健康な身体や精神を生み出すことができるかもしれないと、今回はこの「冷や水」に挑戦してみました。厚労省は健康寿命が、2019年は男性72.68歳、女性75.38歳だったと公表しました。同じく、平均寿命は女性が87.45歳、男性が81.41歳となり、ともに過去最高を更新したことになります。健康寿命は、介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる期間を示すものです。平均寿命との差は、男性8.73歳、女性12.07歳となります。この意味することは、介護を受けたり寝たきりになったりしながら人生最後を過ごす期間が、男性8.73年、女性12.07年ということになります。平均寿命と健康寿命が、できるだけ近接することが望ましいということはいうまでもありません。国の財政の立場からも、シニアの方には健康に過ごしていただき、医療費や介護費を少なくすることが望ましい姿になります。今回の「冷や水」へ挑戦は、ある意味、医療費や介護費の減少にもつながるものです。
連日、記録的な暑さが続いています。テレビからは、外出は控えるようにとのメッセージが、毎日のように届きます。でも、クールなシニアは、反発しながら聞き流します。彼らは、夏の暑さにも負けない暑さに耐える適応的な変化を、暑熱順化ということを知っています。家庭の空調設備に依存しすぎれば、暑熱順化能力は低下していきます。一般的には、体温が高まれば、汗をだして体温を下げる機能が働きます。適度に汗をかく運動が、熱中症対策には良いことを知っています。彼らは、日常的に運動をしている人の場合、これらの暑熱順化が成立していると理解しているわけです。彼らはさらに、熱中症対策を実践しています。一般的に暑くなるに従って、カロリーの高い食物を避ける傾向が出てきます。あっさりしたカロリーの低いものを好むようになります。そして、夏は酸味や辛みのあるものを好む傾向があります。具体的には、カレーやキムチ、そしてあっさりした素麺などが好まれるわけです。でも、夏場でも活動的な人達は、あっさりしたものだけでは体が維持できません。甘みがあり、カロリーの高い、そして高タンパクなどの食物を食べることになります。代表的なものは、ウナギの蒲焼きということになるでしょうか。でも、ウナギを毎日食べるわけにもいきません。クールなシニアは、ウナギに負けない食材を用意して、夏を乗り切るわけです。
ウオーキングは、軽い有酸素運動になり、暑熱順化を促すことになる運動でもあります。このウオーキングは、末梢で循環する血液の量が増加し、健康を維持増進し、かつ疾患予防の効果があります。血液には、各器官に酸素や各種栄養素を運び供給する働きがあります。ウオーキングでは、1日7000~8000歩の歩行が有効とされています。真面目な方は、1日7000~8000歩を毎日、確実に歩かなければならないと考えがちです。でも、この1日7000~8000歩は、1週間単位で目標を達成すればよいのです。暑い日や雨天は歩数が少なくても、別の日で調整すれば支障はありません。時間がある時に、家庭の階段を上り下りするなど、歩ける場所や時間時を利用して、歩数を稼いでおくという発想も必要になります。欲をいえば、1日8000歩の運動で、その運動の中に中強度の運動5分程度入れるとより効果があがります。この中強度の運動を5分間以上すると、うつ病の発症率は10分の1以下になるという報告もあります。ちなみに、中程度の運動とは、歩きながら仲間と話がちょっときついかなという程度の運動になります。しかし、クールなシニアは、この一般的な説の少し上の負荷を掛けます。そのヒントは、箱根駅伝の強化練習になります。
箱根駅伝の強化練習の一つには、高所のトレーニングがあります。高所のトレーニングでは、交感神経が緊張する傾向にあり、睡眠が浅くなるのです。経験的には、高地トレーニングでは、低地に比べ睡眠時間を1時間程度多めに取るようにすることになります。また、高地では、水分摂取を怠りがちになります。水分が足りなくなる状況を、水負債といいます。高地では、ランナーの皆さんが実際には汗をかいているのです。でも、蒸発が速いために、汗をかいていないと錯覚しやすくなります。最悪の場合、脱水症状という形で負の練習になってしまうこともあります。特に、ランナーの性格が真面目で、頑張り屋で辛抱強いと、さらに危険性が高まります。これを生かすも殺すも、指導者の眼力が問われる場面になります。練習において、一定の負荷は必要です。でも、ランナーの能力を超えた負荷は、練習を台無しにします。その見極めが、指導者の力量になるわけです。クールなシニアには、運動の負荷と睡眠の質、そして良い悪いのバランスを自分で判断することが求められます。彼らには、いわゆる体調管理を求められるわけです。箱根駅伝に出場するようなランナーの体調管理は、常に求められています。選手の体調は、毎日起床前に心拍数を計ることによって知ることができると考えられてきました。心拍数が多いと疲労気味であり、少ないと逆に体調がいいと判断してきた傾向があったのです。でも、選手の心身の体調は、複雑なものでした。オーバートレーニング症候群には、交感神経緊張型と副交感神経緊張型のタイプがあるのです。交感神経緊張型の場合、確かに心拍数や呼吸数が多くなります。でも、副交感神経緊張型の場合、心拍数が少なくなるとことが、体調を崩している兆候になるのです。このような見極めを上手に行内ながら、クールなシニアは、暑い夏を楽しい運動を通して乗り切るようです。
クールなシニアには、筋力トレーニングも、有酸素運と同じように大切な運動になることを理解しています。筋力運動はウエイトトレーニングのような高強度のものをイメージしがちです。でも、スポーツジムの高度な筋力トレーニングをするだけが、筋肉運動ではありません。筋力運動には、低強度のものでも有用であると考えられていいます。この筋力トレーニングは、週3日で十分です。ある意味、7日のうち4日休んでよいと思えば気が楽になる運動かもしれません。筋肉トレーニングによる骨格筋の増加そのものが、生活習慣病の予防や改善に効果があります。筋肉が増えれば、代謝が増え、脂肪の燃焼効率を高めます。肥満を防ぎ、生活習慣病を予防することになります。筋力トレーニングは、なかでも「老化は足からくる」として、スクワットが推奨されています。足が丈夫になれば、ウオーキングが自由にできます。有酸素運動が、いつでもできる体になるわけです。スクワットは歩行と転倒予防に重要な太ももの筋肉などを同時に鍛えられるという利点もあります。ここで留意すべき点は、筋肉トレーニングした日は、肉や魚などのたんぱく質を多めに摂ることです。これらを摂取すると、筋肉量の増加が加速するのです。低強度で、短い時間でも運動の効果を得るために積極的に日常生活に取り入れる姿勢が大切になります。
余談ですが、暑熱順化の視点から見て、世界には不思議な習慣があります。その一つが、イスラム教のラマダンです。ラマダンの時期は、太陽が出ている間に食事を取ることも水を飲むこともできません。高齢者や子ども達は、水不足になり、苦しい時間を過ごさなければならなかったのです。この行事に参加される方は、ある意味で究極の暑さ対策になります。暑い中、水も食べ物も取らない行動は、暑熱順化を究極まで高める手法ともいえます。ローの法則というものがあります。これは、人間の機能を過度に使えば壊れ、使わなければ衰え、適度に使えば良くなると言うものです。ラマダンは、この過度と適度の限界を行き来するものかもしれません。破滅か向上かのせめぎ合いなのかもしれません。もっとも、ラマダンとはいえ、健康を気遣う人々は増えてきました。この課題の解決に寄与した人々が、日本のポカリスエットの営業マンの方たちでした。人間は、大量の汗をかくと、体内のナトリウムが減ります。体内のナトリウムが減ったところに水だけを飲むと、ナトリウムがより薄まります。ナトリウムがより薄まりまると水利尿が起こり、元の水分量まで回復しない症状が出てくるのです。ただの水を飲むだけでは、二次脱水がおきて、症状をより悪化させるというわけです。特に、シニアは体内の水分量が、成人より1割ほど少ないために、熱中症になりやすいのです。熱中症に弱いシニアの方たちが、ラマダンの時期に苦しんでいたわけです。このような状況の時に、ポカリスエットの営業マンがナトリウムなど体内に必要なミネラルを含んだ飲料であるポカリを薦めました。結果は、ラマダンを無事に乗り切る人々が増加しました。このような経過から、ポカリスエットは、3億人ともいえるインドネシア人口の市場を獲得したことになります。クールなシニアは、この事例から、適度な負荷を理解していくことになります。
最後になりますが、有酸素運動をすれば、心拍数が上がり、血液の流れは増加します。増加した血液は、各臓器や器官に酸素と栄養素を供給します。各臓器や器官は、これらを受け入れて活発な活動をすることになります。たとえば、有酸素運動をすると、HDLコレステロールの上昇のほか、安静時の血圧低下も認められています。HDLコレステロールは、余分なコレステロールを回収して動脈硬化を抑える善玉コレステロールです。このコレステロールは、増えすぎたコレステロールを回収し、さらに血管壁にたまったコレステロールを取り除いて、肝臓へもどす働きをします。有酸素運動は、心筋梗塞と関係がある動脈硬化のリスクを下げ、認知症を予防する因子としても期待されています。さらに、有酸素運動をすれば、脂肪燃焼によって中性脂肪が減り、血圧の改善にもつながる効果があります。筋肉運動も、効果の点では負けてはいません。筋肉には体を動かしたり支えたりする以外に、ホルモンを分泌する働きがあります。それが「マイオカイン」です。マイオカインは、現在30種類以上発見されています。骨格筋から分泌されるマイオカインは、様々な臓器に働きかけます。筋肉での糖の取り込みを増やし、血糖値を安定させ、蓄積した脂肪を燃焼させたりしているわけです。また、別のマイオカイン「SPARC」には大腸がんを抑制する働きがあると言われています。80歳、90歳になっても、トレーニングよりマイオカインを分泌する筋肉を増やすことは可能です。筋肉を使えば脳にも刺激を与え、全身の血流も改善することができます。クールなシニアの冷や水は、意地や反発だけでなく、自分の身体や精神健康に貢献しただけでなく、人生の後半に現れる病魔に対する防壁にもなっていたわけです。シニアの意地も、捨てたものではないようです。