杏子は、部屋に服を並べる。
自分のものではない。
生まれてくる、子どもの、もの。
枚数を数える。
が、
これで足りるのかはわからない。
その様子を見ていた巧が、後ろから云う。
「ほかに必要なものは?」
「・・・ええ。何が必要なのかわからなくて」
「そうか」
それだけ云うと、巧は家を出ていく。
杏子は閉まる扉を見る。
息を吐き、昔のことを思い出す。
そう。
杏子が、東一族の村にいたときのことを。
そのころ
親しい姉に子どもが生まれ、手伝いに行ったことがある。
そのときに、部屋にはいったい何が準備してあったのか。
杏子は、部屋の風景を思い出し、メモを取る。
産着に、タオル、小さい布団、それから・・・。
杏子はお腹を押さえる。
最近は頻繁に動く、小さな命。
高子が云うには、初夏には生まれるとのこと。
春が終われば、もうすぐ。
杏子は、再度、ペンをとる。
紙を広げる。
何を書こうか、迷う。
少しだけ、ペンを動かす。
紙を、折る。
それを手に取り、見る。
杏子が書いたものは、圭への手紙。
ただ、一言。
けれども、
杏子には、それを、圭のもとへと出すすべがない。
ふと、杏子は笑う。
そう云えば、自分の両親にあてた手紙を書いたこともあった。
あの手紙は、どうしたんだっけ。
圭が、水辺に流してくれたような気がする。
なら
この手紙も、水辺に流そうか。
杏子は立ち上がる。
と
巧が戻ってくる。
布を抱えている。
「ほら」
巧が云う。
「まだ、作るだろう」
「まあ」
「どうせ、子どもはすぐに大きくなる」
巧は机を見る。
そこに、先ほど杏子が書きだした、メモ。
「これは、・・・」
「これがいるのか?」
「いえ。いいの。記憶を頼りに書いただけだから」
「全部はそろわないかもしれない」
「え?」
「これ、全部は無理かもしれない」
「・・・・・・」
「そろえるだけ、そろえてやるよ」
杏子は笑う。
「ありがとう」
NEXT