TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」142

2016年03月11日 | 物語「水辺ノ夢」

杏子は、部屋に服を並べる。

自分のものではない。
生まれてくる、子どもの、もの。

枚数を数える。
が、
これで足りるのかはわからない。

その様子を見ていた巧が、後ろから云う。

「ほかに必要なものは?」

「・・・ええ。何が必要なのかわからなくて」

「そうか」

それだけ云うと、巧は家を出ていく。

杏子は閉まる扉を見る。

息を吐き、昔のことを思い出す。

そう。

杏子が、東一族の村にいたときのことを。

そのころ

親しい姉に子どもが生まれ、手伝いに行ったことがある。
そのときに、部屋にはいったい何が準備してあったのか。

杏子は、部屋の風景を思い出し、メモを取る。

産着に、タオル、小さい布団、それから・・・。

杏子はお腹を押さえる。
最近は頻繁に動く、小さな命。

高子が云うには、初夏には生まれるとのこと。
春が終われば、もうすぐ。

杏子は、再度、ペンをとる。
紙を広げる。

何を書こうか、迷う。

少しだけ、ペンを動かす。

紙を、折る。

それを手に取り、見る。

杏子が書いたものは、圭への手紙。

ただ、一言。

けれども、
杏子には、それを、圭のもとへと出すすべがない。

ふと、杏子は笑う。

そう云えば、自分の両親にあてた手紙を書いたこともあった。
あの手紙は、どうしたんだっけ。

圭が、水辺に流してくれたような気がする。

なら

この手紙も、水辺に流そうか。

杏子は立ち上がる。



巧が戻ってくる。

布を抱えている。

「ほら」

巧が云う。

「まだ、作るだろう」
「まあ」
「どうせ、子どもはすぐに大きくなる」

巧は机を見る。
そこに、先ほど杏子が書きだした、メモ。

「これは、・・・」
「これがいるのか?」
「いえ。いいの。記憶を頼りに書いただけだから」
「全部はそろわないかもしれない」
「え?」
「これ、全部は無理かもしれない」
「・・・・・・」
「そろえるだけ、そろえてやるよ」

杏子は笑う。

「ありがとう」



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「水辺ノ夢」141

2016年03月08日 | 物語「水辺ノ夢」

「こちらにきてずいぶん経つけど
 生活には慣れてきた?」

定期の検診で
南一族の医師が尋ねる。

「人の名前は結構覚えてきた
 ……と思う」

何しろ、南一族の村では
村人が普通に話しかけてくれる。
西一族の村にいた頃とは違う。

この村では
誰も圭の事を役立たずとは言わない。

少し心境も変わる。

「何か働き口を探してみようかと
 思っていて」

西一族の村は狩りが出来てこそ全て。
皆の基準はそこにある。

狩りに行けない圭は
働くという選択肢が無かった。

「例えば、畑とか」

西一族の村でも
家庭用の小さな畑を持っていた。
少しなら勝手が分かる。

「いいんじゃないかな」

圭の提案に
南一族の医師は頷く。

「やる気があるのは良いことだよ。
 あてはあるの?」

「これから、探そうかと」

「すぐ見つかると思うよ。
 何せ南一族は農業の村だからね。
 人手があるのは助かる」

医師の言葉に
圭の表情も緩む。

「はりきりすぎないように」

医師はそう声をかける。

数日後、
病院に慌ただしく人が駆け込んでくる。

「おい、敬(たかし)」

名前を呼ばれ、
南一族の医師は診察を止める。

「おや、村長どうしました?」
「西一族の坊主。
 ぶっ倒れたぞ」

はいはい、と
南一族の医師は立ち上がる。

「あぁ、やっぱり倒れたか」

圭は病室のベッドで
ため息をつく。

入院するほどではないが
体調を崩したので
点滴を打っている。

「なんで、
 無理だと言わなかったんですか」
「そこに怒っているのかな」
「……すみません」
「で?」
「俺が働こうと
 言ったときに止めなかった」

「希望することは止めないし
 無理なことでは無かったよ」

あえて言うならば、と
医師は言う。

「君はもう少し
 体調を考えながら作業するべきだったかな。
 ゆっくりならば出来ただろう」

例えば、
家庭菜園を世話する時のように。

「……みんな、そう言ってくれた」

まずは自分のペースで、と。
休憩しながら、と。

「でも
 お金を貰うならば
 皆と同じように出来なきゃ」

結局は西一族で狩りに出たときと同じ事。

皆が優しくしてくれるから
なおさらだった。
惨めであると同時に
申し訳ないと思った。

ここでも良くしてくれている人たちが
きっといつか
圭の事を役立たずと判断するだろう。

「自分の出来る範囲が分かっただけでも
 良いじゃないか。
 そのペースで出来る仕事を
 また探したら良い」

「……そんな上手くはいかない」

「そうかな。
 一回で諦める方がどうかしている」

あのさぁ、と、医師は言う。

「きつい言い方をするとね。
 違う選択肢を探しもしないで
 お前はただ甘えているだけだよ」

「……」

「悪いね、言い過ぎたかな」

と、ドアをノックする音がする。

「ああ、そんな時間か。
 少し相部屋になるから」

今までの会話など
何もなかったように
医師が言う。

ここは軽い処置をする部屋なのだろう。
ベッドは
圭が横になって居る物を含めて
数台並んでいる。

医師は点滴の準備を進めながら
どうぞ、と
声をかける。

黒髪の青年が看護師に支えられて
部屋に入ってくる。



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「水辺ノ夢」140

2016年03月04日 | 物語「水辺ノ夢」

「巧!」

ひとりの西一族の男が、巧に駆け寄る。

「ほら。」
「なんだよ」
「これ。野菜」

見ると、彼は野菜を抱えている。

巧は野菜を見て、彼を見る。

「どう云うつもりだ」

「お前、野菜が欲しいって、何件か回っているだろ」
「・・・・・・」
「受け取ってくれ。お前には借りがあるんだから」

巧は何も云わず、彼を見る。

「肉も少しだけどな、持って来た」

彼は、野菜と肉を差し出す。

「巧」
「余計なお世話だ」
「そう云わずに、受け取ってくれよ」

彼が云う。

「俺に出来ることがあれば、云ってほしい」
「頼むことなんか、何もない」
「巧、」
「気を遣うな」
「ほら。東一族のことも、俺が頼んでやるよ」

その言葉に、巧は目を細める。

「村長に云ってやるよ。お前のところから、東一族を追い出すよう、」
「余計なお世話だ」

巧が云う。

「頼んだ覚えはない」

「え、巧、」

「俺にかまうな」

巧が歩き出したので、彼は慌てる。

「そういうわけにはいかない。俺のせいでお前は腕を失ったんだぞ」

彼は、巧の前に出る。

「なら、せめて、この野菜と肉を受け取ってくれ!」

巧は、彼が持つ野菜を、再度見る。

「な、巧」

「・・・野菜だけもらう」

巧は野菜を手に取り、歩き出す。

「巧! また、野菜を運んでくるから!」

彼が声をかけるが、巧は振り返らない。


人目を避けるように、巧は、家へと戻る。


家に入ると、巧は、坐っていた杏子の前に野菜を置く。

「まあ」

杏子はその野菜を眺める。

「こんなにたくさん。・・・どうしたの?」

杏子が訊くが巧は答えない。

「この野菜・・・」
杏子が云う。
「この野菜を見ると、春だなぁと、思えるわね」

そう、杏子が笑う。

「今日は、これで、スープを作るわ」

巧は外を見る。

外の樹に、つぼみが付いている。
もうすぐ

花が咲くのだろう。



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「水辺ノ夢」139

2016年03月01日 | 物語「水辺ノ夢」


「ねぇねぇ、
 弟の名前決まったんだよ」

向かいの家の子が
圭に話しかける。

西一族が珍しいのか
よく圭の所にやって来る。
弟とは先日生まれた子の事だろう。

「安土(あづち)っていうの」

ふぅん、と圭は答える。

「珍しい名前だね」
「父さんと二人で考えたんだ」
「あづち、か」

西一族ではあまり使わないが
南一族には
浸透した名前なのかもしれない。

「おれ、お兄ちゃんだから
 たくさん遊んであげるだ」

へへへ、楽しみ、と
その子は嬉しそうに言う。

「ああ」

そうか、と
圭は気がつく。

自分の子供は
その子と同い年になる、と。

「……自分の子、だなんて」

湶が聞いたら怒り出しそうな言葉だ。

いや、
湶ではなく杏子がなんと言うだろう。

放りだしてきて、
今は新しい生活を送っているというのに
圭が自分の子と言うのは
おかしいだろうか。

もう、関わらないで、と
言うかもしれない。

「……巧、か」

一応伝えておくと、
湶が杏子の相手を
教えてくれた。

元々社交的ではない圭は
村人の全てを把握している訳では無い。
ただ、
片腕の男と言われて思い当たる節はあった。

確か
狩りで仲間を庇って
腕を無くした者が居た。

そう言う人ならば
杏子の事を無下にはしないだろう。

「ねぇ、聞いてるの? 
 ねぇねぇ!!」

南一族の子供が圭の腕を引く。

「あぁ、ごめん。
 早く一緒に遊べるようになると良いね」

その子の頭を撫でてやると
嬉しそうに走っていく。

「弟が待ってるから
 早く帰らなきゃ」

待っている人。

「ここの生活に慣れなくちゃ」

圭は言う。

もう、西一族の事は
忘れた方が良いのかもしれない。
これからは
南一族で生きていくことを考えなくては。



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