西一族の村。
彼は村を見渡す。
空はよく晴れている。
遠くに、見通しのいい場所を歩く、誰か。
足を引きずりながら歩いている。
彼は、その者を見る。
姿からして、医者なのだろう。
あの足で往診しているのか。
西一族で狩りの出来ない者は手に職をつけ、立場を得る。
おそらくあの者はそうなのだと、彼は頷く。
近付いてきた彼女は、彼に気付く。
会釈をする。
彼の姿を見る。
「往診か」
彼の言葉に、彼女は云う。
「そうです」
「大変だな」
「いえ・・・」
見たこともない彼を、怪しいと思っているのだろう。
彼は西一族の格好をしてはいるが。
「何かご用ですか」
「いや」
「なら、」
「墓参りでも行こうかと思って」
「そう、ですか」
すでに、西一族を離れた者かもしれない。
そして、たまに墓参りへと帰ってきた。
そう、彼女は思っただろう。
「墓はどこだったかな」
彼は問う。
「そんなに久しい感じ?」
彼女はあたりを見る。
指を指す。
西一族の墓場の方向。
「ああ、そうだった」
彼は云う。
「長くなれば、忘れてしまうもんだな」
彼女は首を傾げる。
彼は動かない。
「誰か一緒に行ける者を呼びましょうか?」
「君はどうだ」
「え?」
「いや、忙しいか」
「往診は終わったところだけど、」
「じゃあ、行こう」
ふたりは歩き出す。
進みの遅い彼女に合わせて、ゆっくりと。
「変わらないな」
彼は呟く。
「そんなに大きくは変わらないけれど」
「ずいぶんと時が経っても、だ」
「ここに住んでいたのは、いったいどれくらい前?」
「ずーっと、昔だよ」
「ふぅん」
彼は手を見る。
「何も持ってこなかったな」
「花でも買って行く?」
供えるものを、彼は何も持ってきていない。
「うーん」
「次、いつ来るか考えたら、準備しておいたら?」
「彼女はどんな花が好きだったかな」
「何でもいいのよ」
「そうか?」
「気持ちが大切じゃない」
彼はポツリと呟く。
「知らないんだ」
「え?」
「そもそも花が好きだったのか、どうかも」
「・・・・・・」
彼は、その墓で眠る彼女を想う。
「足が悪くて、」
「・・・・・・」
「狩りに行けず、」
「・・・・・・」
「いつもひとりでいたような気がする」
「そう」
彼女は云う。
「でも、好きだったのね」
「片想い、か」
結局、自分のもとへと来ることはなく、
「それでも、生きていてほしかった」
「・・・・・・」
「勝手な願い、だな」
「そう」
彼女は云う。
「何も約束はなかったってことね」
彼は頷く。
「約束はなかったが」
彼は彼女を見る。
「残ったものは、ある」
「ふぅん」
それ以上、彼は話さない。
彼女も訊かない。
ただ、その墓に祈る彼の背中を、彼女は見る。
NEXT
彼は村を見渡す。
空はよく晴れている。
遠くに、見通しのいい場所を歩く、誰か。
足を引きずりながら歩いている。
彼は、その者を見る。
姿からして、医者なのだろう。
あの足で往診しているのか。
西一族で狩りの出来ない者は手に職をつけ、立場を得る。
おそらくあの者はそうなのだと、彼は頷く。
近付いてきた彼女は、彼に気付く。
会釈をする。
彼の姿を見る。
「往診か」
彼の言葉に、彼女は云う。
「そうです」
「大変だな」
「いえ・・・」
見たこともない彼を、怪しいと思っているのだろう。
彼は西一族の格好をしてはいるが。
「何かご用ですか」
「いや」
「なら、」
「墓参りでも行こうかと思って」
「そう、ですか」
すでに、西一族を離れた者かもしれない。
そして、たまに墓参りへと帰ってきた。
そう、彼女は思っただろう。
「墓はどこだったかな」
彼は問う。
「そんなに久しい感じ?」
彼女はあたりを見る。
指を指す。
西一族の墓場の方向。
「ああ、そうだった」
彼は云う。
「長くなれば、忘れてしまうもんだな」
彼女は首を傾げる。
彼は動かない。
「誰か一緒に行ける者を呼びましょうか?」
「君はどうだ」
「え?」
「いや、忙しいか」
「往診は終わったところだけど、」
「じゃあ、行こう」
ふたりは歩き出す。
進みの遅い彼女に合わせて、ゆっくりと。
「変わらないな」
彼は呟く。
「そんなに大きくは変わらないけれど」
「ずいぶんと時が経っても、だ」
「ここに住んでいたのは、いったいどれくらい前?」
「ずーっと、昔だよ」
「ふぅん」
彼は手を見る。
「何も持ってこなかったな」
「花でも買って行く?」
供えるものを、彼は何も持ってきていない。
「うーん」
「次、いつ来るか考えたら、準備しておいたら?」
「彼女はどんな花が好きだったかな」
「何でもいいのよ」
「そうか?」
「気持ちが大切じゃない」
彼はポツリと呟く。
「知らないんだ」
「え?」
「そもそも花が好きだったのか、どうかも」
「・・・・・・」
彼は、その墓で眠る彼女を想う。
「足が悪くて、」
「・・・・・・」
「狩りに行けず、」
「・・・・・・」
「いつもひとりでいたような気がする」
「そう」
彼女は云う。
「でも、好きだったのね」
「片想い、か」
結局、自分のもとへと来ることはなく、
「それでも、生きていてほしかった」
「・・・・・・」
「勝手な願い、だな」
「そう」
彼女は云う。
「何も約束はなかったってことね」
彼は頷く。
「約束はなかったが」
彼は彼女を見る。
「残ったものは、ある」
「ふぅん」
それ以上、彼は話さない。
彼女も訊かない。
ただ、その墓に祈る彼の背中を、彼女は見る。
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