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現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「約束の夜」248

2020年10月23日 | 物語「約束の夜」
西一族の村。

彼は村を見渡す。
空はよく晴れている。

遠くに、見通しのいい場所を歩く、誰か。

足を引きずりながら歩いている。

彼は、その者を見る。
姿からして、医者なのだろう。
あの足で往診しているのか。

西一族で狩りの出来ない者は手に職をつけ、立場を得る。
おそらくあの者はそうなのだと、彼は頷く。

近付いてきた彼女は、彼に気付く。

会釈をする。
彼の姿を見る。

「往診か」

彼の言葉に、彼女は云う。

「そうです」
「大変だな」
「いえ・・・」

見たこともない彼を、怪しいと思っているのだろう。
彼は西一族の格好をしてはいるが。

「何かご用ですか」
「いや」
「なら、」
「墓参りでも行こうかと思って」

「そう、ですか」

すでに、西一族を離れた者かもしれない。
そして、たまに墓参りへと帰ってきた。

そう、彼女は思っただろう。

「墓はどこだったかな」

彼は問う。

「そんなに久しい感じ?」

彼女はあたりを見る。
指を指す。
西一族の墓場の方向。

「ああ、そうだった」

彼は云う。

「長くなれば、忘れてしまうもんだな」

彼女は首を傾げる。
彼は動かない。

「誰か一緒に行ける者を呼びましょうか?」
「君はどうだ」
「え?」
「いや、忙しいか」
「往診は終わったところだけど、」
「じゃあ、行こう」

ふたりは歩き出す。

進みの遅い彼女に合わせて、ゆっくりと。

「変わらないな」

彼は呟く。

「そんなに大きくは変わらないけれど」
「ずいぶんと時が経っても、だ」
「ここに住んでいたのは、いったいどれくらい前?」
「ずーっと、昔だよ」
「ふぅん」

彼は手を見る。

「何も持ってこなかったな」
「花でも買って行く?」

供えるものを、彼は何も持ってきていない。

「うーん」
「次、いつ来るか考えたら、準備しておいたら?」
「彼女はどんな花が好きだったかな」
「何でもいいのよ」
「そうか?」
「気持ちが大切じゃない」

彼はポツリと呟く。

「知らないんだ」
「え?」
「そもそも花が好きだったのか、どうかも」
「・・・・・・」

彼は、その墓で眠る彼女を想う。

「足が悪くて、」
「・・・・・・」
「狩りに行けず、」
「・・・・・・」
「いつもひとりでいたような気がする」

「そう」

彼女は云う。

「でも、好きだったのね」
「片想い、か」

結局、自分のもとへと来ることはなく、

「それでも、生きていてほしかった」
「・・・・・・」
「勝手な願い、だな」
「そう」

彼女は云う。

「何も約束はなかったってことね」

彼は頷く。

「約束はなかったが」

彼は彼女を見る。

「残ったものは、ある」

「ふぅん」

それ以上、彼は話さない。
彼女も訊かない。

ただ、その墓に祈る彼の背中を、彼女は見る。





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