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現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」95

2014年08月26日 | 物語「水辺ノ夢」


圭の咳き込む音で杏子は顔を上げる。

「おい、圭、大丈夫か?」

ちょうど近くにいた湶が声を掛ける。
ひゅっと息を吸う音に
杏子は家事を手放して圭に駆け寄る。

「圭、お薬は?」

圭を支えようとする杏子の手を断りながら
尚も咳き込む。

「……っ大丈夫、薬は飲んだ」

杏子は慌てて台所に戻り
グラスに水をくむ。
少し落ち着いたところで圭はその水を飲む。

「薬が効いたら落ち着くから」

それでも少し顔色が悪いので
杏子は言う。

「圭、部屋で横になっていたら?」

その提案に、圭は大丈夫と答えかけたが
杏子と湶の視線に耐えかねたのか渋々と頷く。

「そうする」

圭の背を見送りながら湶が言う。
「冷える時期だからな」
杏子は頷きながらも、でも、と思う。

確かに今の気候もあるが
ここ最近、
圭は頻繁に体調を崩している気がする。

いつか医師の高子が言っていた。
圭の病は環境に左右されやすい、と。
元々体が弱い所に
気の持ち様で状態が良くも悪くもなるのだと。

今は、湶がこの家に加わり
突然現れた兄とその状況に
圭の気持ちが付いていってないのだろう。

杏子はお腹を押さえながら圭が寝ている部屋を見つめる。
言わなくては、と思っているけれど。

「まだ、言えない、よね」

湶の話は
すぐに村中に知れ渡った。

突然現れた西一族。
圭の兄である事と、
広司に並ぶのではないかと言われる程の狩りの腕前。

村人の態度が変わった様な気がする。
めったに家の外に出ない杏子にすら
その雰囲気が伝わってくるほどだ。

家を訪ねてくる人が増えた。
おすそ分けだろうか、肉や野菜の貰い物も増えた。

そんな時、
杏子を見かけて村人は怪訝な表情を浮かべるが
湶の手前、あいさつ程度の声は掛けていくようになった。

狩りを誇りとする西一族。
全てがそこに繋がっていると杏子は実感する。

杏子にすらこうなのだから
少なくとも湶が居る以上は
圭に接する村人の態度も
良くなったのでは無いだろうか。

「……でも」

圭が望んでいたのは
きっと、こんな事では無い。



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