*彼女が”アタシ、ニオイがナクナッチャッタ、”と呟いたのをボクは記憶しているのだが、その時の情景の記憶がない、代官山のマンションのキッチンであったようにおもう、それが症状のハジマリであるとはその頃はマッタク知らなかった、最初に嗅覚がなくなる、という記述を読んだのは、ズイブンあとの頃である、
*神社の入り口、奥に見える白い柱は樹齢100年を越える白樫の巨木、小さな社に似合わない巨木が林立している、鳥居の背後に聳えているのは多分、楠の木である、銀杏、椎、いずれも100年を越える、神殿の傍らに神木の巨大な楠がある、神社の隣組となってから47年が過ぎた、神社の背景には中目黒小学校があり、左手の切り通しの坂を登ると学校のプルとプール脇の花壇が頭の上になる、
*半年ほど毎朝、ジューサーでリンゴジュースを作って飲ませる、7時過ぎ、ボクが朝風呂でカラダと目を温めてから作る、リンゴ1個分でリキュールグラスに2杯チョットある、この2jケ月ほどは、新緑の色をもつ、王林でつくっている、カオリがたかく、fresh sweety、彼女はめを閉じて飲み、少し時間をおいて、ほほえみながらオイイシイと呟く、彼女に味覚が遺されているヨロコビにボクも酔う、今朝はレアなことだが自分で飲むといって、グラスに手を添えた、これほどにも手はウツクシイ、やさしくて、シットリとやわらかに張り詰めている、
そうだ、彼女の手は舞踊家の手なのだ、6才から踊りを始め、三味線も名取り、三越劇場で三味線のお披露目もした、