味の素は医療関連事業の成長に必要だったパーツを手に入れた。先月買収したベンチャー、ジーンデザイン(大阪府茨木市、湯山和彦社長)だ。テーマは世界で開発競争が激しくなっている核酸医薬品。ジーンのもつ研究室レベルの多品種少量生産の技術によって、製薬会社との関係をいちからつくれる。
「核酸医薬品が次々と実用化しつつある。今後大きな成長が期待できる分野に向けて、手を打つ必要があった」
味の素の経営幹部はジーンデザイン買収の理由をこう話す。2016年1月にはすでに買収の予定を組んでいた。
味の素は核酸医薬品の大量合成技術を自社で開発していたが、企業の研究段階のニーズに応える小規模多品種生産には不向きだった。その技術を持っていたのがジーンデザインだった。
ジーンデザインの設立は2000年。核酸医薬品の分野では知られている。核酸研究で定評のある大阪大学の特許技術を使い、様々な用途の核酸をカスタマイズして受託してきた蓄積がある。実は味の素は14年から同社と共同研究を開始し、技術を高く評価していた。
味の素は自社の大量合成技術だけでは、核酸医薬ビジネスへの本格参入が難しいことが分かっていた。理由は、研究開発段階に必要な少量多品種合成を受注できないことだ。ここを押さえなければ、大量合成の受注もかなわない。なぜか。
医薬品の分野では、初期段階の試験に使った物質を、同じ製法で製品化まで進めるのが原則だからだ。途中で製法を変えると安全性の評価などに時間と費用がかかり、リスクになる。そのため製薬企業は開発の初期段階から製法を含めて外部に委託する。
「味の素が初期から受託して大量合成の受注につなげるには、ジーンデザインのような企業の技術を取り入れる必要があった」。アミノサイエンス事業本部シニアマネージャーの大竹康之氏は語る。
買収によって、川上から川下まで受託製造する体制が整った。味の素は専属の営業グループを新設し、受注獲得に力を入れる。 味の素は調味料であるアミノ酸の会社。核酸医薬品を受託製造している理由はアミノ酸の技術が応用できるためだ。
アミノ酸を複数つなげば、ペプチドという物質になる。ペプチドは医薬品の成分であり、その合成技術がビジネスになるとして事業化を進めた。05年にペプチドの合成技術「アジフェーズ」を開発。「これを核酸に使えないか」と取引先から提案され、11年から核酸への応用を始めた。
アジフェーズが従来の核酸医薬品の合成方法と異なるのは、大きな液体タンクの中で核酸をつなげていくという点。低コストで大量合成が可能で、安定供給できる。
従来、核酸医薬に使われてきた「固相合成法」は、固体である高分子に原料の核酸を流して、1つずつ追加していく。この方法では効率が悪く、原料の核酸を大量に使う必要があった。一度に合成できる量も3キログラム程度が限界だ。
アジフェーズは有機溶媒に溶ける高分子に核酸をつなげていく「液相合成法」という手法を取る。液体の中では自由に分子が動き回るため、核酸同士の反応性が高まる。結果、核酸の原料が少なくて済む。一度に300キログラムの合成が可能だ。
反応後、アセトニトリルなど極性の高い溶媒を加えると高分子が固形化し、成分を効率的に回収できる。ロット間のばらつきを抑え、安定供給できる。
同社の核酸医薬関連の売上高は10億円前後とみられる。大竹氏は「5年後に世界シェア首位の日東電工グループに次ぐ2位につけたい」と語る。
核酸医薬品の受託合成では、日東電工の米子会社が200億~300億円といわれる市場の大半を握っている。住友化学も合成技術の向上に向けてベンチャー企業と研究中。核酸医薬品は欧米を中心に100を超える治験が行われており、市場の拡大ペースが速まっている。
▼核酸医薬品 遺伝子を指すDNA、RNA(リボ核酸)を構成する物質でつくる。低分子医薬品と同じく化学合成が可能で、短期間で開発しやすい。抗体医薬のように病気の原因となる標的がわかっていれば狙い撃ちできる。低分子、抗体医薬品のいいとこ取りだ。
DNAの設計図を読み取ってたんぱく質をつくる遺伝子を標的にできるため、先天性、遺伝性の病気やアルツハイマー病といった難病の薬の開発が期待されている。
(企業報道部 野村和博)