『地水火風空』

【TamuraTech Japan】のブログ

2011.5.26 Tコラボ茶会「『慈悲』と『いのり』のワーク」報告

2011-06-01 | 2011年
たとえばそれが、

体調不良
病気

といった場合であれ、

人間関係
お金関係

といったことであれ、あるいは

就職
進学

といったことであれ、

何かの信仰があるなしに関わらず、手を合わせ「何か」に祈ったことのない人など、
ある一定の年齢以上の方であれば、たぶんほとんどいないのではないでしょうか。

そうそう、
いまやごっちゃになってしまっているけれど、「信仰」と「いのり」は本来的に
まったく別のもの。




私は、基本的に身体的・心理的なアプローチをさせていただく時でも、またこのように
ワークショップという形式でさまざまな事をご指導させていただく時でも、声に大にして
何かのメッセージを伝える、といったことはほとんどありません。

どちらかといえばその対極。
こちらから「問いかける」ような方向性、だといえるでしょうか。



しかし、今回はちょっと違ったかも、しれません。



「いのり」。

たぶん、この世界は、さまざまな「いのり」に満ち溢れている。

雨が何日も降り続いたあとの快晴。
そのとき、いったいどれほどの人々が空に感謝を捧げるのだろう。

寒々とした冬の、木の葉のひとつもついていない木々。
春になり、青々とした葉が主張し始める頃、いったいどれほどの人々が心に喜びを
迎え入れ、その瞬間生きている実感を得ることだろう。


このように想ったとき、「いのり」は、何も特別なことではなく…。

確かに、

「こう祈れば願いがかなう」
「こう唱えれば○○に作用する」

というような方法もありますし、そういうことにも私は随分詳しいつもりです。

でも、「祈り」を「いのり」として捉え直してみた時に、そうした「方法」をご指導
させていただく気には、私はなりませんでした。



「慈悲」という、人間のいわば根幹にあるもの。
それは、自と他を分かつあらゆる判別を超えた先にある波動。

この波動を養い、高め、引き出し、そして「いのり」…。



ダイレクトに、まっすぐただただ行った今回のワーク。
「指南塾」に来ていただいている皆様、そして2回目参加のAさんはどのように
感じられたことでしょう。

願わくは、日々生きていくどこかで、こうした「いのり」を…まあ、みなさん
いわなくても実践されていることでしょうけれど



また、今回もこちらの要望に素敵な花々をご用意いただきました、サロン主宰クロノ先生
相変わらずのみごとな中国茶ともども、感謝しております





また次回…

あ、6月は『神社おそうじ隊 見参! 横須賀』「清祓いワーク』です。
こちらについても、近日記事をアップいたします。


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