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『八幡総本宮 宇佐神宮』
4万社といわれる「八幡」の総本宮とされる。
八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后を祀る。
向かって左より順に一之御殿、二之御殿、三之御殿。
一之御殿に八幡大神(応神天皇)
ニ之御殿に比売大神(多岐津姫命・市杵嶋姫命・多紀理姫命)
三之御殿に神功皇后
という配置。
神社において、「どういう配置に祀られているか」というのは、ある面において決定的な意味を持ちます。
この配置を確かめた時に、「そうなんだ
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ちなみに、ニ之御殿の比売大神は、「その1」にも記述した宗像三女神と同一神。
さらにちなみに、宇佐神宮では、「四拍」、つまり4回の拍手が作法とされ、ニ之御殿を最後に拝するのが作法となっています。
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『摂社・大尾(おお)神社』
大尾山頂上に鎮座。
神護景雲3(769)年、女帝・称徳天皇(孝謙天皇)の寵愛を受けていた僧・弓削道鏡(ゆげのどうきょう)が皇位を狙い、「道鏡を皇位に就かせたならば国は安泰である」とする宇佐八幡大神のお告げを奏上します。
その真相を確認するため派遣されたのが和気清麻呂(わけのきよまろ)。
宇佐に着いた清麻呂は、大尾社に坐す大神に祈願し、禰宜・辛嶋勝与曽女(ヨソメ)より『わが国は開闢より君臣の秩序は定まっている。臣下を君主とすることは未だかってない。天つ日嗣(皇位)には必ず皇統の人を立てよ。無道の者は速やかに払い除けよ』との神託を受け、道鏡の奏上したお告げは偽りであることを看破した。
これが、世にいう「道鏡事件」です。
この事件を契機とし、特に皇位に際しての八幡大神の下す託宣は、皇位継承の正当性を示すものとして重要視されるようになった…とされます。
この下方正面に、和気清麻呂公を御祭神とする
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和気清麻呂公を御祭神とする『護皇神社』はあります。
この逸話には、宇佐神宮という社の「性質」がよく反映されていますね。
そう、神社にも「性質」というものがあり、それはその神社の「神社」たる所以そのもの、といってもいいものです。
大きな神社であれば、大体の場合において発展の経緯みたいなものが「由緒」として残されています。
もちろん、それをそのまま鵜呑みにすることはオススメはいたしませんが
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2011年2月に初発、震災後すぐの4月に伊勢にて「番外編」として、日本全土を股にかける巡拝の歩みは始まりました。
あるひとつの「答え」が浮かび上がるまでに丸4年という月日を重ねてきたわけですが…ひとつひとつ、地道に検証していくことの大切さを、今にして実感しています。
それもこれも、これまでご参加いただいてきた皆様のお陰というほかはありません
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慎んで御礼申し上げます。
そして、
そろそろ、フェーズが変わったなというところ。
ここから、「おそうじ隊」は新たな展開へと、動き出します。
今月末、『宗像・長州』が、その境目でもあり、皮切りであるかもしれません。
どうなっていくのか、はっきりいって隊長である私自身も予想はできませんが
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