『地水火風空』

【TamuraTech Japan】のブログ

2013.4.21~23 神社おそうじ隊、見参! 大和(奈良)番外編その2

2013-04-26 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


いまなお巨石四個、大神の幽居した処と伝わる岩窟を御神体とした『天岩戸神社』
拝所のみの、古代祭祀形態を残しています。


そして…



『天香山神社』

2010年、ここ大和(奈良)を一人で巡拝してまわったことがあります。
その経緯は上のリンクにある通りなのですが、その際に、参拝予定の神社のなかでただひとつ、時間・体力さまざまな都合により参拝できなかったのが、こちらの神社でした。


山裾の、鬱蒼とした茂みのなかに忽然と。

その昔は占いに用いられたという「波々架(ははか)の木」。



御祭神は、櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)。

三年越しの参拝。
ありがとうございました。


そして、間髪入れず…

『神武天皇御陵』へ。


さまざまな考え抜かれた、気のルート、という印象。

雲天、ここにてやや晴れゆく兆し。

…こちらも、是非参拝したいと思っていた

『入鹿神社』


この日は、ちょうどお祭りの後だったようで、

境内にある『正蓮寺」大日堂が、開放されていました。

図らずも、大日如来はじめ所蔵の仏像ほかを拝観。


橿原市周辺は蘇我氏ゆかりの地であり、「蘇我」、「曽我」といった地名も残っています。
全国で唯一、蘇我入鹿を御神体とする神社。
素盞鳴尊(スサノオノミコト)と蘇我入鹿を合祀。


そこから、一足飛びに


『飛鳥石舞台』へ。



雲天から晴天。
寒さは肌に沁みるものの、明日香村は大変に気持ちのよいエリアでした。


石舞台と並び知られている(らしい)「亀石」。

なぜ、有名かというと…以前は北を向いていたのだけれど、次に東を向いたといわれ、そしていまは南西を向いています。
西に向きをかえて当麻のほうを睨みつけると、奈良盆地は泥沼になってしまう…と伝えられているため。

本当に、動いているそうです…。


そして、いよいよ、

『雄神神社』

奈良市都祁白石町。
市内とはいえ、標高五百四十メートルの雄雅山の奥に鎮座。
「三輪さん(大神神社)奥ノ院」ともいわれる、原始的自然崇拝の形態を伝える神社でもあります。
御祭神は、出雲健男命。



別名「金銀銅鉄社」。





御祭神に「出雲」の名があります。
車での道中、地名にも「出雲」の名称が見えました。
このあたりから興味を広げていくと、より「神社」の本質へと導かれていくようにも、感じます。


宿泊先へと向かう道の途中、本日最終参拝。


『和爾(わに)下神社」


三間社流造の桧皮葺で、重要文化財に指定されている。
この社殿は、前方後円墳である和爾下神社古墳の後円部の上に建てられている。
古墳の上に神社が建てられているケースというのは…さて、やっぱり珍しいのでは…。



…しかし、改めて大和(奈良)の奥行きを肌で感じます。



この日の夜は、『鶏 田村』という焼き鳥屋さんでした。
「紀州梅鶏」の焼き鳥で大変に美味しく、また接客も気持ちのよいお店でした。
今回、カメラを忘れ写真がないのがちと心残り…


このままこの日は、おやすみなさい…















2013.4.21~23 神社おそうじ隊、見参! 大和(奈良)番外編その1

2013-04-24 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


その道の先、想い馳せれば深く果てしなく…



今回の「神社おそうじ隊、見参!番外編」は、満を持しての『大和(奈良)』

『大和」とは、現在ではすぐに奈良県を思い起こすのが一般的かと思います。
しかし、かつては日本全体を指す言葉だった、といわれます。
この「ヤマト」という言葉には、かつての大和朝廷ウンヌン…邪馬台国ウンヌン…という諸説ひっきりなしであることは先刻承知。
でも、そういうことをここでウンヌンしてもしかたがないので、ここではスッキリかつての「國」の名前ということで。


…やはり深く、そして果てしない。
古代のロマンあふれる日本の聖地…と、ガイドブックなどでは表現されることは多けれど、「大和(奈良)」は確かにそういう雰囲気が古都全体に行き渡っています。
七九四年平安京遷都により、都が京都に移ったのち、さほど大きな戦乱の舞台になることもなかったこともあってか、いたることころに古墳や遺跡が存在します。

過去と未来の、その狭間。
かつてそこにあった何かが、いまも変わらずそこにある。
この意味の大きさを、しかと体感できた三日間であったように思います。


まずは、近鉄京都駅にて「せんとくん」とご挨拶。




そして、現地にてレンタカー手配し、まずは



大和三山・天香具山の麓に鎮座、天岩戸神社よりの巡拝。






…ここから、始まりました。


2013.4.1 『神社おそうじ隊 見参! 常陸・桜番外編』その2

2013-04-19 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


『御岩神社』

日立市北西部に位置する標高四九二メートル御岩山。
その名の通り山頂一帯に巨岩奇岩がそそり立つ山すそに、この神社は鎮座している。
この一帯の神仏混交した信仰の在り方というものを、濃密に遺す神社、という印象。

茨城大学名誉教授であり、日立市の郷土博物館特別専門員でもある田切美智雄氏率いる調査グループによると、近年話題になった日本最古の地層、約五億年前のカンブリア紀の地層にこの御岩山も含まれ、御岩山の岩石そのものが、まさに五億年前のものであるという。(『常陽藝文』・2013年4月号)






この対龍があるのは、境内の楼門。
楼門は前回、今回とお世話になったS隊員のご主人の会社で二十年前に塗装されているとのこと。



鳥居を入った瞬間から、空間全体に漂う「静」にして「清」なる気。
ピンと張りつめたなかのやわらかさは、とても特徴的で印象深いものでした。




拝殿。

御祭神は、

国常立尊(くにとこたちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと) 
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと) 
伊邪那美尊(いざなみのみこと) 
他二十二柱

となっていますが…

御岩山総祭神188柱

と、ある…



その広大深遠なる全貌は、いづれの機会に…。



そして、この日最後のご挨拶。


『神峯神社』










日立駅前、平和通りの桜

…を拝見しつつ…

『多賀ステーションホテル』『遊食酒房 栄楽』さんへ。
こちらで、本日の「直会」を


そこでは、ご当地隊・S隊員による

という、自家製の紙芝居
副長のブログ記事にもありますように、とても気持ちのこもった紙芝居でした。

思えば、「ご当地隊」は、2012年5月の「横須賀編」から始まりました。
この「ご当地隊」というネーミングも、実はその前に「出雲・番外編」で、実際にその地の水と空気に触れ、育ち、日々を生きる方々とご一緒させていただき、ナビゲートしていただいたことがその始まりでした。
そして、昨年夏の「近江編」では、さまざまな御縁もいただき、今年始めの「御神事」へと、身と心を向かわさせていただくことにもなりました。

そして、今回。
二月の「常陸編」の時にも強く印象に残ったのは、その地に住まう方々の、その地、その空気、その大地への愛。
この紙芝居にもそれは遺憾無く感じられ…というより、想いが溢れてくるようでした。

そして、この「想い」は、これまでのすべての「ご当地」の方々に共通
ヒトの営み、その地とそのイノチの関わり…「生かされている」ということを、その度ごとに深く実感させていただいております。



日本のカミサマといえば、米、塩、そして酒

今回、S隊員のご主人さまにわざわざ(持ち込みで)ご用意いただいたのは・・・


茨城の地酒  富久心・純米吟醸
この写真、ラベルからも感じられるかもしれませんが、気の入った美味しいお酒でした。

そして、ホテルオーナー自ら出していただいたのは・・・


おとなり・福島の地酒 大七・生もと
いわずと知れた生もと、濃密なコクと頬に染み渡るような飲み口。
ここで、かなり酔いが廻ったような…。

そして、地元のお酒でもあり、その名も・・・


お店の名を冠した大観・純米吟醸『栄楽』
飲みやすく、飲めば飲むほど…という、スッとしたなかにやわらかに広がる旨味…相当廻ったような…



その土地に身と心を置く、ということは、その土地の空気、水、大地を感じるということ。
そして、その地のカミサマにご挨拶をさせていただき、その土地で育まれたモノをいただくということは、とても大切なことだと思っております。
S隊員、そしてご主人さま、今回隊員となっていただいた皆様、ホテルの皆様、そして常陸のカミサマ…
本当にありがとうございました
たぶん、「常陸編」はまだまだ続編があることと思われますので、その節にはよろしければ、何とぞ宜しくお願いいたします。




次回「ご当地隊」は、六月に『福島(会津)』
そろそろ募集になるかと。
よろしければ、チェックしていてくださいね

そして、いよいよ『番外編・大和(奈良)』
二十一日から、始まります。



2013.4.1 『神社おそうじ隊 見参! 常陸・桜番外編』その1

2013-04-17 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


真っ二つに割れた巨石、「太刀割石」

「太刀割石」は、山頂に「茨城」の県名の由来となった黒坂命(クロサカノミコト)を祀った黒前(くろさき)神社のある竪破山(たつわれさん)にある。
「竪破」と銘打ったのは、水戸二代目藩主・徳川光圀公で、この山に登り真っ二つの岩を見て「最も奇なり」と「太刀割石」と名付け、山の名は「たちわり」が「たつわれ」と転化したらしい。


そもそもは、前回、二月の「常陸見参」の時に、最後に参拝させていただいた神社、「熊野神社」の桜が見事なので…というお話から、「それならば是非」となったことが始まり。

その桜は、



かように見事





そして、

今回お世話になった過去最強(?)の「おそうじ隊」隊員の皆様。


…このお花見だけ、と直前まで思っていた私
まさか竪破山を登れるとは…軽装備ながら、備えだけはしておいてよかった…。

前日、そして翌日は雨。
この日、ありがたいことに、まさにピンポイントでおだやかな天候。


標高六百五十八メートル。
それにしても、少し入っただけで外部の音がほとんど聞こえない。
その静寂に、身も心も喜んでいました。














竪破山は、「太刀割石」だけではなく、他にも多様な巨石に溢れていました。
「七奇石三瀑」といわれているそうで、そこかしこにさまざまな巨石が。

そして、


この明神鳥居の先に、『黒前神社』










大岩を割った、伝承されるのは八幡太郎源義家。
案内板には

「以前はみだりに石の上に上がることはできませんでした」とあった。

ああ、以前は…ね…。





しっかりと、観じさせていただきました。



2013.3.20~21 『神社おそうじ隊 伏見・貴船見参!』その5

2013-04-09 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


『貴船神社』、その奥宮にある「御舟形石」。

「貴船」は、「貴布禰」あるいは「木船」とも書く。
(ちなみに、社報には「気生根」とある…以前からなのだろうか)

ご由緒によると
「鴨川の水源地にあたり水の供給を司る神様をお祀りしている。
 創建年代不詳ながら、伝説によると神武天皇の皇母にあたる玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)が黄船に乗って大阪湾から淀川、鴨川を遡り、現在の奥宮の地に至り、水神を祀ったのが創建と伝わる」
とある。
ちなみに、玉寄姫命は、賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)の娘と伝わっている。

御祭神は、高龗神(タカオカミノカミ)とも、闇龗神(クラオカミノカミ)とも、罔象女命(ミズハノメノミコト)ともいわれる。
いづれにしても「雷の神」であり、龍神であることに変わりはない。
ちなみに、「龗(おかみ)」は「淤加美」とも書き、「龍」を意味する。

平安京遷都以来、ずっと水を司る神として崇敬される。






本宮。

こちらは、直接、社殿前には行けない…。


御神水。





結社(ゆいのやしろ)。
御祭神は、磐長姫命(イワナガヒメノミコト)。
えんむすびの神として、知られる。

天の磐船。
貴船の山奥で見つかり、平成八年三月の奉納されたとのこと。




奥宮へ到着。




奥宮本殿。
解体修理があったあと、とのこと。
床下の龍穴には、龍が棲んでいる、という。




ここからバス停まで歩き、ほどなく「貴船口駅」まで。
出町柳へ…のはずが…



『山住神社』

叡山電鉄・岩倉駅から徒歩で十数分。
平安京造営時、桓武天皇が京都の東西南北にある“磐座”を掘り出し、その下に一切経を埋めた…という伝説がある。
経典の法力による鎮護、ということなのだろう。
そのひとつのポイントが、ここ「岩倉」らしい。

この「山住神社」は、ここから少し北にいった「石座(いわくら)神社」の、いわば元宮。
社殿はなく、背後(西)の山(神南備山=かむなびさん)と巨石、小さな祠(?)が残る。
「磐座(いわくら)」…カミの降臨する場。
副長の「嗅覚」で急遽参拝となりましたけれど、古代信仰の息吹を色濃く感じ、素晴らしいものでした。
これもまた、「おそうじ隊」の本領。。。



そしてこちらが、『石座神社』

八所大明神(石座、新羅、八幡、山王、春日、住吉、松尾、賀茂)と、十二所大明神(八所、伊勢、平野、貴船、稻荷など)を祀る。










この「一言主神社」は、社殿も独立し別格でした。
境内にある一言主(ひとことぬし)神社の祭神は、一言主大神といい、吉凶を一言で予言し実現する神といわれる。
「願い事を一言だけ聞いてくれる神」として有名。
総本社は、奈良県御所市。
賀茂氏の本拠地である高鴨神社近くであり、賀茂氏の北上に伴い、一言主神を祀る人々もこの地に移動してきた…と考えられている。



最後に参拝できたのは…
『河合神社』
糺ノ森のなか、玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)を祀る下鴨神社・摂社の河合神社。
女性の守護神、として有名…。











今回御参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
初日の雨も恵みとなり、この日は水神サマに拝することもできました。
ハードワーク(?)であったかもしれませんけれど、お蔭様で良いペースで巡拝させていただくことができました。

「おそうじ隊」見参時に誕生日を迎えられた隊員の方もおられ、いろいろな意味で思い出深い二日間となったことかと、思います


次回は…今月二十一~二十三日で『大和(奈良)見参!』
そして、六月には「福島(会津)」へ見参!、いたします

大和はすでに申し込み締め切りましたが、福島はこれから。
ご興味ある方、是非、お問い合わせください
詳細は、『神社おそうじ隊 見参!』公式ブログを。





2013.3.20~21 『神社おそうじ隊 伏見・貴船見参!』その4

2013-04-06 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年


早朝。
人影もまばらな『八坂神社』
室町時代の築造といわれるこの「西楼門」を、人のいない状態で撮影したいな~、と以前の参拝時に思っていたらば…実現。











御祭神として、
素戔嗚尊(すさのをのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八柱御子神(やはしらのみこかみ)の三柱を祀っている。
こちらの神社に関しては、またいづれの機会に…。


朝食後、出発。
途中、M隊員が迷子になったかに思えるような出来事もありつつ…
まずご挨拶したのは、『冠者殿社(かじゃどのしゃ)』



八坂神社の祭礼・祇園祭の神輿が滞在する四条通南の御旅所の隣に鎮座。
境外末社で、官社殿社ともいう。
祭神は素戔鳴尊荒魂(すさのおのみことあらたま)。
源義経を夜襲した土佐坊昌俊(正尊)の霊も祀るともいう。
一年間についた商いの上での駆け引きで生じた嘘の罪を払うことができるとされている(「誓文払い」)。



朝の鴨川。



出町柳~叡山電車~鞍馬と順調に進み、


到着。

『鞍馬寺』

前日、前倒しで雨に降っていただき、この晴天
ありがたい、です。


ケーブルカーでGO!



と、いったところで、結局また下山。
その理由は


『由岐神社』を、参拝していなかったから。

御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)相殿・八所大明神(はっしょだいみょうじん) 。


御神木・大杉さん。

下山後、再びケーブルカーにて、
やってきました…





770年鑑真和上の高弟鑑禎上人が毘沙門天を本尊として奉安したのが起こり。
平安時代は、京都の北方守護の寺として信仰を集めたそうです。
金堂には、「尊天」として三身が祀られている。



貴船へと鞍馬山を越える道を木の根道という。






皆、無事に下山。



いよいよ、『貴船神社』へ。


2013.3.20~21 『神社おそうじ隊 伏見・貴船見参!』その3

2013-04-02 | 神社おそうじ隊 見参! 2013年
しっとりとした雨の中、伏見巡拝。

思えば『神社おそうじ隊 見参!』では、参拝道中の車の中で雨になったりすることはあっても、オモシロいほどに参拝タイムには雨が止むことしばしば。
雨の中電車と徒歩で移動して、参拝タイムにも雨が降っている…ということは、初めてのはず。。
予報では本来翌日だったはずのこの雨。
翌日の予定を考えれば、前倒しで降っていただいて、実は大いに嬉しくありがたいことでした
それに、(個人的には)雨の神社は独特の静寂が広がり、心地いい…。



『藤森神社』

「藤森神社縁起略記」によると、「平安遷都以前より祀られている古社で、古来、朝廷から庶民まで崇敬厚く、歴史ある社である」とある。
菖蒲の節句(5月5日・子どもの日)発祥の神社として、また、「学問・勝運と馬の神社」として知られる。
御祭神は、本殿の御祭神は素戔嗚尊ほか六柱、東殿は舎人親王ほか一柱、西殿は早良親王ほか二柱とある。






御神水・不二の水。




こちらの神社は、近江八幡・賀茂神社の岡田禰宜も御縁が深いとのこと。
その縁により、藤森神社の藤森禰宜に、お話を伺うことができました。
宝物殿での、特に稲荷大社との関係などは大変に興味深く…。
お忙しいなか、本当にありがとうございました。

また、賀茂神社・岡田禰宜には、いつもお世話になっております。
なかなか感謝の気持ちは伝えきれませんが…本当にありがとうございます。


雨もほどよくなってきた頃合いに、電車で移動。


『御香宮神社』



御由緒には、

「日本第一安産守護之大神として広く崇められている、神功皇后を主祭神として仲哀天皇応神天皇他六柱の神をまつる。はじめは「御諸神社」と称したが、平安時代貞観四年(八六ニ)九月九日に、この境内から「香」の良い水が湧き出たので、清和天皇よりその奇瑞によって「御香宮」の名を賜った」
「十月一日から十日までの神幸祭は、伏見九郷の総鎮守の祭礼とされ、古来「伏見祭」と称せられ今も洛南随一の大祭として聞こえている」…とある。


御香水。













こちらの三木宮司は、近江八幡・賀茂神社岡田宮司の同級生で、現在、京都府神社庁の副庁長もされているそうです。
その御縁で、こちらでもお話を伺うことに。
社殿の話、幕末時の話など、こういう機会でもなければなかなか聞けないお話ばかりでした。
お忙しいなか、本当にありがとうございました。

また、賀茂神社・岡田宮司にはお世話になりました。
本当にありがとうございます。




さて、本日の宿泊先は祇園。



先斗町へと繰り出し、『酒亭 ばんから』にて会食。
なぜか写真がブレまくり…。






宿泊は、『八坂神社」のすぐ近く。
ということで、




翌日早朝は、ここから始まります。