いまなお巨石四個、大神の幽居した処と伝わる岩窟を御神体とした『天岩戸神社』。
拝所のみの、古代祭祀形態を残しています。
そして…
『天香山神社』。
2010年、ここ大和(奈良)を一人で巡拝してまわったことがあります。
その経緯は上のリンクにある通りなのですが、その際に、参拝予定の神社のなかでただひとつ、時間・体力さまざまな都合により参拝できなかったのが、こちらの神社でした。
山裾の、鬱蒼とした茂みのなかに忽然と。
その昔は占いに用いられたという「波々架(ははか)の木」。
御祭神は、櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)。
三年越しの参拝。
ありがとうございました。
そして、間髪入れず…
『神武天皇御陵』へ。
さまざまな考え抜かれた、気のルート、という印象。
雲天、ここにてやや晴れゆく兆し。
…こちらも、是非参拝したいと思っていた
『入鹿神社』。
この日は、ちょうどお祭りの後だったようで、
境内にある『正蓮寺」大日堂が、開放されていました。
図らずも、大日如来はじめ所蔵の仏像ほかを拝観。
橿原市周辺は蘇我氏ゆかりの地であり、「蘇我」、「曽我」といった地名も残っています。
全国で唯一、蘇我入鹿を御神体とする神社。
素盞鳴尊(スサノオノミコト)と蘇我入鹿を合祀。
そこから、一足飛びに
『飛鳥石舞台』へ。
雲天から晴天。
寒さは肌に沁みるものの、明日香村は大変に気持ちのよいエリアでした。
石舞台と並び知られている(らしい)「亀石」。
なぜ、有名かというと…以前は北を向いていたのだけれど、次に東を向いたといわれ、そしていまは南西を向いています。
西に向きをかえて当麻のほうを睨みつけると、奈良盆地は泥沼になってしまう…と伝えられているため。
本当に、動いているそうです…。
そして、いよいよ、
『雄神神社』。
奈良市都祁白石町。
市内とはいえ、標高五百四十メートルの雄雅山の奥に鎮座。
「三輪さん(大神神社)奥ノ院」ともいわれる、原始的自然崇拝の形態を伝える神社でもあります。
御祭神は、出雲健男命。
別名「金銀銅鉄社」。
御祭神に「出雲」の名があります。
車での道中、地名にも「出雲」の名称が見えました。
このあたりから興味を広げていくと、より「神社」の本質へと導かれていくようにも、感じます。
宿泊先へと向かう道の途中、本日最終参拝。
『和爾(わに)下神社」。
三間社流造の桧皮葺で、重要文化財に指定されている。
この社殿は、前方後円墳である和爾下神社古墳の後円部の上に建てられている。
古墳の上に神社が建てられているケースというのは…さて、やっぱり珍しいのでは…。
…しかし、改めて大和(奈良)の奥行きを肌で感じます。
この日の夜は、『鶏 田村』という焼き鳥屋さんでした。
「紀州梅鶏」の焼き鳥で大変に美味しく、また接客も気持ちのよいお店でした。
今回、カメラを忘れ写真がないのがちと心残り…
このままこの日は、おやすみなさい…