武久塾

介護を受ける者として感じたことを徒然に

被災地支援

2024-01-31 09:43:18 | 武久の視線

医療支援で被災地に行った医療従事者たちが

笑顔でピースをやりながらの集合写真をSNSに目にする

 

笑顔の集合写真が何処で撮られたにせよ

数枚の被災地の様子や避難場所での活動の写真がその投稿にのせてある

 

医療支援団体の満面笑顔の集合写真と

避難所での被災者の疲れきった表情とのギャップに胸が痛む

 

医療の正義や傲慢さなどが

人に対する配慮や思いやる心などを見えなくしているように俺は映る

 


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担当者会議

2024-01-26 09:24:59 | 武久の視線

介護保険のお世話になり20年

何回この会議を開いたのかは分からないけれど

 

今一つ、俺には理解出来ないし

各担当者が忙しい時間を割いてまでする意味があるものだろうか?と思う

 

何かお役所仕事の既成事実作りに思える

現代のネット社会において、その時間でその場所で顔を合わす意味があるのだろうか?

 

介護保険の改正で負担や報酬とか金銭面だけがクローズアップされるけど

時代の流れと共に、制度の無駄を削減するのも忘れてはいけない作業に思う。

 


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職場での人間関係

2024-01-23 11:21:07 | 武久の視線

職場での人間関係とは言っても、大体は憶測関係である場合が多い

 

人は、周りから自分がどんな風に思われているのか?とかが気になる人は多い

そんな意識が職場の人間関係にも影響する

 

ちょっとした言葉や態度で(あの人は私をこう思っているのかも?)

みな忙しい時は言葉がきつくなったり、動作がきびきびしたり、、、

 

そんな時(あの人は私をきっと嫌いなのだわ)と考えてしまう

人の心配や憶測は悪い方へ悪い方へと流れるのは常

 

職場の人間関係とは言うものの、職場での憶測関係なのだろう。

 


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人柄オーラ

2024-01-21 10:04:46 | 武久の視線

俺の暮らしで関わる人と言えば殆どが(妻以外全員?)訪問サービスの人

職種、移動、離職、、、介護歴20年の中で多くの人と関わって来た

 

その長年の体験から感じること

対するスタッフのイメージ、雰囲気と言うか、その人の「人柄オーラ」を感じる

 

話す内容はもちろんのことながら

話すスピードや言葉づかいや間、トーン、、、作業のスピード、身のこなし方、、、

 

その人の言動に、その人のお人柄が出る、人柄オーラみたいなものが感じ取れる


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相談相手

2024-01-20 10:18:08 | 武久の視線

患者や利用者の相談相手

 

臨床心理士、カウンラセラー、グリーフケアー、コーチング、、、

人の心と触れ合う職種は沢山ある、が俺には単に複雑化しているだけに見える

 

人は誰しも心配したり悩んだり不安になったり、やる気が出なかったり、、、

そんな気もちを一人では抱えきれずに誰かに相談したい、話したいだけなのだ

 

患者や利用者は

遠くの専門的な相談相手より、身近でいつも相談できるそんな存在が欲しいのだ

 


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本音

2024-01-18 09:16:46 | 武久の視線

患者や利用者の心の底にあるの

ケアを受けている自分は、決して望んでいた姿ではないと言うこと

 

ケア職の人に、この基本的認識が出来ていないと

患者や利用者との信頼関係づくりが上手くいかないことがある

 

ケア側の懸命な人ほど「やってあげている」「喜ばれる」などの

感情を持ちやすいが、そんな気もちを言葉や態度などに感じたりすると

 

患者や利用者は恩着せがましさを感じてしまう

自分としては、ケアなどを受けお世話される身にはなりたくはなかったのだから、、、。

 


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決まり

2024-01-14 10:33:38 | 武久の視線

「そう言う決まりですから」「決まりになっていますから」、、、

介護が必要な体になり20年、いく度この言葉を聞いただろう

 

決まりは守らなくてはいけない、、、小学生でも知っている

他人に迷惑をかける、社会に迷惑をかける、そんな決まりなら分る

 

だが俺が聞いてきた「決まり」は

否定するための決まり、決まりですから出来ませんの決まり

障害者になりたての頃の俺は「その決まり守らないと罰せられるの?」

 

制度ですから、決まりですからと否定する前に

どうしたらそのことが出来るのか?何か出来る方法は?とかを考えてみて欲しいものだ。


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訪問サービス

2024-01-13 11:07:12 | 武久の視線

俺の生活に不可欠な訪問サービス

訪問医をはじめ訪問入浴など、訪問サービスなしに俺の生活は成り立たない

 

医療系の人はバイタルなどを含め身体のことや具合のことなどが中心

介護系の人は介助や身体の清潔さ保持、あとは世間話しなどが中心

 

どちらも勿論、専門分野のことはきちんとやってくれている

しかし俺の持論「人は身体と心とで出来ている」

 

その心の部分「何か不安なことありませんか?」「何か悩みごとありませんか?」

とかの内面、心への声かけは受けた記憶はない

 

その人らしさ、とは医療介護などでよく使われる言葉だが

その人とは、その人の身体のことだけなのだろうか?。

 


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自分の死は誰のもの

2024-01-12 07:51:17 | 武久の視線

自分らしい死に方とか、住みなれた自宅で最期をとか、、、

俺は看取られる場所はどこでもいいと思っている、それがたとえ道ばたでも

 

終活とかエンドノートとか、、、自分の「死」に対する意識が高いご時世

俺は自分の死にはこだわらない、なりゆきでいい、ただ枕辺には妻がいて欲しい

 

俺の死は、、、自分のものではなく妻のものだと思っている

場所や延命治療とかは妻のなりゆきの判断でいいと思っている。

 

 


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役所の支援

2024-01-11 10:10:45 | 武久の視線

最近、介護生活とは違う分野で市の福祉課のお世話になった

縦割り思考、既成事実創り、規則重視、、、とかを感じざるをえなかった

 

市役所職員の

彼らからすれば数ある中の一つの課、福祉課に過ぎないのだろう

 

型通りの支援と言うか、規則だらけの支援と言うか、、、

違反者、悪用する者対策でそんな風になってしまったのだろうが

 

問題の本質を解決と言うよりは

目先の問題が見えなくなったら終了みたいな支援だった

 

 


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