武久塾

介護を受ける者として感じたことを徒然に

僕だから出来る事

2015-10-29 16:08:17 | 武久の視線
肢麻痺、重度障害者になった僕に出来る事? いや重度障害の僕だから出来る事として
障害者として子どもたちに関わったり、地域社会参加して障害者を観て、感じてもらている活動 (←クリック)をしている僕なのだが


障害者の集まりや、ネットで見聞きする「かわいそうだと思われたくない」「障害者にはなりたくないよね、と思われたくない」とか
24時間テレビは障害者を見世物にしている、視聴者は「他人の不幸は蜜の味」的に観ている、とかとかが分らない


確かに、僕も直接ば声を浴びされたら流石にめげるかも知れないが、、、


基本的には僕を見て相手が何を感じ、思うのかは、相手の自由なんだし
それを制御しようとも思わないし、他人の気持ちを制御出来る筈もない



まして僕は、自分を不幸たとも、かわいそうだとも思ってない、他人から、周りからどう見えるか?より


僕はその人が、  障害者の自分をどう思っているのか?    なのだと思う。  




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国民総活躍時代

2015-10-23 11:41:59 | 武久の視線
こんな言葉を最近、テレビで耳にする
どんな意味あいなのかはよく知らないし、知る気もないのだが、、、



イベントなり集客動員数なり、楽しさや過激さ、数やお金を争う現代
いや、働いていた頃の僕も、まぎれもなく普通の現代人、楽しさや刺激を追求し、お金を使うために働いていた


しかし今は、働けず障害者年金で暮す社会的弱者の、重度障害者
楽しい事や、刺激のある事を求める生活ではない


平穏無事な日々に、喜びを感じながら生きる日々へ変わった、と言うか変わらなければやっては来れなかった
そんな生活者の視点から「国民総活躍時代」を感じれば


社会の日の当たらない日陰の住人たち、社会的弱者と言われる人たち
生活困窮者や引きこもり、精神疾病の人や社会から孤立している人

各種の重度障害者、寝たきりの高齢者、難病などで寝たきりの人、、、などなどの人も国民なのだ




そんな人たちにも、生きる喜びを感じれる生活環境、社会環境であって欲しいものだ、と僕は思う。

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研修会

2015-10-15 17:45:48 | 武久の視線
ケアマネをはじめとする介護保険従事者は、研修会などに参加する機会が多い
研修会、、、講師や研究者などが、介護理論や介護方法論などなどを語る、受講者は先生の言葉に学ぶ


先生方は、研究や学術的に行きついた事がらを語る
受講した人たちは、その受講した知識を自分の職場などで活用する


しかし、僕は研究会などで学んだ事を、いきなり自分の担当とする利用者に活用してみる、という行為にいささか乱暴さを覚える
確かに、先生方の理論やもろもろは、専門的には正論なのかも知れない


しかし、利用者の環境や状況も人によって千差万別、性別、年齢、キャリア、性格、、、も人それぞれなのだ
しかも、どんな偉い先生であれ、どんな立派な理論であれ、先生方は介護されている訳でも、利用者でもないのだ


どんな良い研究会に参加して学んでも、どんな立派な理論を身につけても
あなたの目の前にいる利用者から学べる事は、机の上の空論ではなく、土臭い泥臭い実論なのだろう


どれほどの研修会で学んでも、利用者と語らなければ「絵に描いた餅」だ
なぜなら、介護を受けるのは先生方じゃなく、利用者なのだから、、、。


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リハビリ地域格差

2015-10-07 11:39:29 | 武久の視線

四肢麻痺から懸命なリハビリをして歩けるようになった方や、不屈のリハビリ野球の長嶋さん
病院で固定とされても、その後リハビリを続け機能回復する方は多い


僕の場合でも、それなりの効果があり、10年は続けてみたかったパワーリハビリ
しかし、その施設は介護保険枠、高齢者の介護予防の施設だった


もちろん療法士さんがいるわけでもないし、職員は全介助の中途障害者なんてのは初めて
僕の羞恥心から来る介護上のトラブルが原因で、4年通ったところで利用をお断りされた、効果もあったし続けていたかったのだけれど、、、


これが都市部だったら違うリハビリ施設で、ともなるのだろうが、田舎では代わりのリハビリ施設なんてない
以前の週/1回の訪問リハビリにもどった、訪問リハビリは劇的な機能回復を求めるものでもない


躰のこわばりなどの対処などが目的となる、その訪問リハビリすら行き届いてない県、地域が全国にはあるらしい



躰が不自由になった人で、機能回復を願望しない人もいなければ、機能回復を努力したくない人もいない
ただリハビリ環境に大きな地域格差があるのは事実



障害者、誰もが機能回復はしたい



しかし、制度やリハビリ環境で、機能回復を諦めねばなない人たちも多い
決して、なまけて機能回復を望んでない訳ではないし、奇跡を信じてない訳でもない


奇跡を信じられる環境にすらいない、と言う事なのだ
世間ではリハビリを根性物語みたいに取り上げるが、根性はあっても根性を使う場がない人は、この全国に沢山いる。


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