武久塾

介護を受ける者として感じたことを徒然に

楽しさ明るさ

2018-09-19 15:51:09 | 武久の視線

パワリハ・デイサービスに通っていた頃に思わされた
この医療介護、福祉などの業界全体的に
「明るく楽しく」がモットーみたいなところがある

一般社会の
「楽しくなければ人生じゃない」なら分かるのだが

介護や医療のお世話になる人は大体が社会的弱者
明るく楽しくしたい方もいれば
逆に楽しさや明るさを眩しく感じる人たちもいる

私もその一人である
四肢麻痺となって以来(楽しい~)
なんて思ったことなど一度もない

ただし、喜びや幸せは感じられる
しいて楽しさと言えば、家内の(楽しい)が私の楽しさだ

感動とか楽しさ明るさなどは、与えるものではない
自発的にその人から湧いてくるものである
楽しさや明るさを押し付けてはいけない、と私は思う。





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原点なる想い

2018-09-10 11:31:57 | 武久の視線

最近、病院から自宅へ戻った頃の心境を書く機会があった
その時、再認識したというか(あぁ、そんな想いがあったのだ)と
私の発信や地域活動の原点に想いを馳せた。

働き盛りに脳幹出血に倒れ、重度障害者の四肢麻痺となった
重度障害者、、、
加入していた生命保険では死亡と同じ扱いだった
住宅ローンの残高も免除された

働き盛りから収入が無くなった私には家計的に助かった
がしかし、事務的な「死亡と同じ扱い」これが私に大きく圧し掛かった
何んの生産性もなく、逆に障害者年金を国から頂く私

生きるしかばね?社会のお荷物?私の社会的存在価値は?、、、
そこが私の原点なる想いだった

そこから自分の社会的存在価値を求めた
苦悩や葛藤、現実などとの格闘の日々
現在に至るまで、私の在宅生活の日々が始まったのだ。





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FBグループ

2018-09-04 09:46:06 | 武久の視線
医療福祉系のFBグループに参加してて思う
封建的、閉鎖的プライドをもつ方が多いと

医師だから、、、
介護士だから、、、
ケアマネだから、、、
看護師だから、、、
療法士だから、、、
当事者だから、、、職種や立場など関係ない


専門的なことも使う人によって
温かなものになったり
冷たいものになったり

専門性は使う方の人間性で凶器にもなりうる

専門性がどうのこうのよりも
その方のお人柄や
その方の人間性など

その人が
人としてどうなのかが大切なのだ。

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人権+

2018-09-01 10:11:26 | 武久の視線

医療、介護、福祉従事者、一般市民、、、どんな人であれ
患者や利用者などに成りたくて成る人はいない
。・
私は四十代に脳卒中で倒れ、働き盛りの社会人から
要医療、要介護の重度障害者の患者、利用者になった

そんな状況の中で強く感じたのは、、、
患者、利用者とかになると選択や権利などを失うこと

大体のことは施設側や職員さんの
都合などに従わねばならないこと

対話しようにも「みなさんそうしてますから」とか
「そういう決まりになってます」などにはね返されてしまう


一人の人として
人権を否定されたような気持ちになったことが多々ある

医療、福祉などの専門職に就いた方は
社会に貢献したい、命を守れる仕事がしたい
人に感謝される仕事がしたいとかの思いで選んだ職業なのだと思う

命を守る、与える、お世話がしたい、などのそんな志の中に
他人の人権とも関わる仕事、という視点も入れて欲しい

どんな状態になった人間でも
命と人権とは守られるべき、と私は思います。




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