武久塾

介護を受ける者として感じたことを徒然に

伝えねばならぬこと

2017-06-29 16:33:38 | 武久の視線
人は老いて死ぬ、、、
あたり前のことなのに、日本では縁起でもない話になる
僕には「嫌な事は考えたくない」という逃避にもみえる


と書くと、何を分かったような、、、と聞こえてきそうだ
勿論、僕も倒れる前までは「嫌な事は考えたくない」部類だった


しかし、近年はシルバー世代から終活や「自分らしい死に方」など
元気なうちから真剣に自分の死と向き合う人たちも増えてきたようだ
とても良い傾向なのだろうと思う


そんなご時世に撲は体験者として伝えなければならない、と思っていることがある
大体の人は老いて死ぬ、という流れの中で介護を受ける 


逝く覚悟や準備も大切なのかも知れないが
自分が他人の世話になる、介護されるということにも覚悟が必要に思う


介護されるということ、なかなか大変なことなのである
それなりの覚悟がないと葛藤や、自暴自棄などに悩まされる


自分らしく終えられるか?否か?は
介護を受けている自分の精神状態などが決定する 

                         と言っても過言ではないと僕は思っている。




(撮影 介護フォトライター 野田明宏)

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老いに関しての観念

2017-06-22 17:29:21 | 武久の視線
人間、老いて死するは自然の理
老いれることは幸せなこと
 



小児病棟で逝ってしまった命
不本意ながら、人生の半ばで事故や病に持ってゆかれた命



障害や難病で健常者としては老いれなかった者たち
何らかの理由に  自らの命を絶つ者たちの多さ   



人の人生も、人の命も他人と比べるものじゃない
しかし、老いて死を迎えることが当事者にとっても
取り巻く者にとっても盲目的なものになってはいけない、哀れむものであってはけない



人生、無事に老いれたという事は幸せなこと
こんな観点から出発すべき医療、介護、福祉などなのだろう、と僕は思う。


追記:僕の終わり方は妻の納得する終わり方でいい
延命治療しようが、自宅だろうが病院だろうが
長年連れ添った「夫婦の物語り」の終演、、、妻が納得する終わり方でいい




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制度

2017-06-19 15:24:06 | 武久の視線
 僕は四肢麻痺の介護保険第二被保険者     

今更なのだろうが、僕がこの発信を始めたきっかけは
自分が介護保険適応の介護予防のパワーリハビリデイサービスに通い
困難事例として利用停止となるまでに


僕が感じた介護保険での第二被保険者の生きにくさ、居場所のなさを
同じ立場の人、介護保険従事者や、障害者自立支援法の中で暮している人たち
はたまた介護保険に興味のある人などの参考になれれば、と思い発信して来た


僕も今や58歳、先の事は誰にもわからぬが血圧も薬で安定しているので
おそらく65歳となり、障害者ゆえ後期高齢者扱いで老いてゆくのだろう
そんなことは別にして、今回の題名は「制度」いや制度にもの申す気などない


なぜ制度?、、、僕の担当のケアマネもしかりだが
二被保険者の居場所のなさや、生きにくさなどを言ったところで
「制度的におかしいのよね」、、、


だいたいの介護保険従事者の人は「制度」のせいにする
介護保険自体まだまだ未熟なものだろうが
現行、第二被保険者として受け入れているのは事実


介護保険、ハード的ソフト的にも高齢者主導の仕組みの中で
第二被保険者とどう向き合い、接してゆくのか?などを考えて欲しい、と僕は思う


いつまでも制度や行政のせいにしていても何も進歩はしない
高齢者オンリーの介護保険を横目に、妻と共に老いてゆく僕なのだ。





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支援を学ぶ若者たちへ

2017-06-14 07:53:50 | 武久の視線
医療、介護、福祉系支援
医師、看護師、療法士、介護士、社会福祉士、、、
職種によってさまざまな支援があるのだろう


僕に出来る事!  
介護を受けている者として、これから支援を学ぶ若者に伝えたい
  



自分は、あんなことをしてあげたい
私は「ありがとう」と感謝される人になりたい
自分は社会に、人に貢献したい

この様な、支援する側の視点だけじゃなく



相手の気もちを想像できる支援
もし支援されるのが自分だったなら、、、相手視点


自分だったらこんな時、こんなことしてもらえたら嬉しい
私だったらこんな声かけしてもらえたら恥ずかしさも和らぐ
自分だったらこんな風にしてもらいたいなぁ


支援する相手の気もちを「もし自分だったなら、、、」  
と置き変え考えられる想像力を身につけてもらいたい、と僕は思う




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心のレベル

2017-06-07 13:12:07 | 武久の視線
人は自分のいる位置、置かれた立場、職種、環境、、、
多種多様の中で悩んだり、考えたり、気がついたりしているのだろう


悩みごと心配ごと、考えごと人間関係、、、


事はなんであれ、否定や批判の多い人、愚痴やぼやきが多い人、、、
かたや、建設的な人、前向きな考えの人、素直な人、、、


自分のライフスタイル、価値観、考え方などは、自分の人生なのだから
他人に迷惑をかけていない限り、その人の自由なのだと思う
 他人から批判されることもなければ、他人を批判することもない 


ただ、相手に価値観の違いとか、心のレベルとかが
かけ離れていることを感じる場合がある


かけ離れている方とのコミュニケーションは
誰しも、疲れるしストレスになるのだろうとも思う


撲は愚痴や悪口は言っても、聞いても気が滅入るし、不愉快になってくる、、、




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