ぶく塾

介護を受ける者として感じたことを徒然に

障害受容

2019-11-17 15:17:57 | 武久の視線
受容、、、誰が、どんな立場の人が呼んだのかは知らいけれど
障害を受容した、と言えば聞こえはいいが
僕の体験からしてそんなきれいごとではない、と僕は思う

ましてや、中途障害者と言えば社会人から気がつけば障害者

そこには絶望感、挫折感、不自由さ、膨大な喪失感などを伴う
これらを受け入れられる人は極、少数の人なのだろう

僕の場合は受容と言うより諦め、と言った方がしっくり来る
泣いて吠えて暴れても、愚痴っても八つ当たりしても、何一つ変わらぬ現実だった

しかも僕の住んでいる所は片田舎、リハビリ施設も無ければ
脳幹出血ゆえ生きているだけでも奇跡、とても機能回復など、、、

否でも拒絶しても
この四肢麻痺の身体で生きてゆくしかしょうがない

と言ったところが僕の本音です、これを他人は受容と呼ぶのだろうか?。


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