梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

魚屋の店先のように

2007年03月09日 | 芝居
『渡海屋』開幕早々登場する、相模五郎と入江丹蔵。2人は北条の家来で、義経一行を探索のためやってきたわけですが、義侠心ある亭主銀平に、散々になぶられてしまいます。
その腹いせにまくしたてる長台詞が、大物浦にちなんでの<魚尽くし>になっておりまして、2時間余の長丁場の中の、数少ないおかしみの場面となっております。
駄洒落で魚介類の名前を織り込むのですが、ひとつここは洒落を抜き取って書き出してみましょう。

相模五郎「やい銀平…いやさ銀平様め。 言わせておけばいいかと思い 様々の悪口雑言 田舎武士だとあなどって よくも痛い目に遭わせたな」
入江丹蔵「さはさりながらこのままに 帰るというは口惜しい せめてもの腹いせに このひと太刀をかましてやろうか」
相模五郎「エエ、赤うなって気張るな気張るな」
入江丹蔵「エエ、じゃと申して」
相模五郎「かれこれ言わずにハテマア来い来い。 …おのれ この返報は必ずきっと…はい さようなら」

このやり取りの中で、数えてみれば34種類の魚介の名が出てくるのです。どんな魚が登場するかはご覧頂いてのお楽しみですね。
今月の昼の部では、もうひとつ、普段はあまり聞かれることのない<◯◯尽くし>が、俳優さんのご趣向で行われています。合わせてご注目下さいませ。

秋刀魚と鯣

2007年03月07日 | 芝居
写真は『大物浦』で軍兵が持つ刀です。
本来ならば、皆々太刀を使わなくてはならないのでしょうが、ご覧になった方はお判りかと思いますけれども、軍兵大勢はごくごく簡素な扮装です。そうした拵えのときに本物同様の太刀を持ってしまうと、衣裳と小道具の釣り合いがとれなくなりますし、そもそも太刀を振り回すほどの立廻りではございません。
そこで、かわりに写真のようなモノを使うのですが、1本の木の棒を素材として、刃の部分は銀紙を巻き、鍔は省いて柄(つか)はビロードを貼付けただけという、いかにも<作り物>といった感じのひと品です。その形状からとって、<サンマ>と申しております。

ちなみに軍兵が着ている鎧も、刀同様簡略化されており、小札(こざね)も威毛もすべて黒革、黒紐であらわし、前半分しかありません。(小手、脛当ては鼠色の布と黒革、黒紐)。実に軽量、ペラペラなので、これも見た目からとって<スルメ>と呼ばれております。

スルメを着た武士がサンマを持っているなんて、なんだか洒落みたいですね。

松濤通い

2007年03月06日 | 芝居
今日から藤間の御宗家でのお稽古です。
8月2日に、御宗家で学ぶ人たちの踊りの勉強会『一心會』が開催されます。私も出演させて頂くことになりまして、会で披露することになる演目を、1月からお稽古させて頂いておりますが、会の詳細が決まり次第、ご紹介させて頂きますね。
そんなわけで、これから今日のおさらいをいたします。ごくごく短文で失礼します。
稽古場への道すがら、雪柳が咲いていました。

お馴染みの紋

2007年03月05日 | 芝居
歌舞伎の時代狂言には、源平の世界を描いたものが大変多うございますが、不思議と頼朝が出てくるものは少ないですね。弟の義経の方は、うってかわって引っ張りだこ、芝居の中でもまさしく<判官贔屓>されているよいうです。
さて、義経に限らず源氏一族の人々の歌舞伎における扮装につきものなのが、写真の<笹竜胆>です。笹とはいえど、これは図案化した竜胆の葉が笹に見えることからきた俗称で、笹+竜胆の花というデザインではありませんので念のため。
源氏の紋として古来から親しまれ、所縁の地鎌倉では市の紋章にもなっており、かくいう私も鎌倉出身でしたので、建物の外壁からマンホールの蓋の模様まで、いたるところでこの紋を目にしたものです。
ところが、研究家の調査によると、頼朝はじめ源家の棟梁が、この紋を使用したという確たる証拠はないそうです。当時は氏を表す<紋>という概念も生まれておらず、源氏は単に<白旗>が馬印で、いったいどこから<笹竜胆>が源氏のシンボルになったのか…。よくはわかっていないということです。

まあ史実はさておきまして、とにかく歌舞伎では、この紋を見れば、ああ源氏ゆかりの人なんだなとわかるくらい、あちこちの意匠に使われております。写真は師匠演じる義経が『鳥居前』から『大物浦』まで通して使用する小刀に描かれているものです。このほか今月では、太刀、陣羽織、『奥庭』で持つ中啓(扇)、それから頭に巻く金具付きの鉢巻き<鉢金(はちがね)>にも、この模様がついています。
この他、『奥州安達原』での八幡太郎源義家、『土蜘』の源頼光でも、衣裳、小道具などに<笹竜胆>は使われています。

というわけで、源氏の<笹竜胆>はメジャーな存在ですけれど、皆様平家の紋はすぐに思い浮かびますか? 『俊寛』で出てくる迎えの御座船の帆に大きく描かれた、<揚羽蝶>が正解でございます。

梢が上から

2007年03月04日 | 芝居
朝からうららかな陽気となり、いよいよ春がやってきたという実感が湧いてきました。空き時間を利用して向島百花園にでもでかけ、花の写真を撮りたくなってきました。

歌舞伎座も、昼の部では梅の花咲く『鳥居前』にはじまり、桜花爛漫の『吉野山』で終わるというわけで、この時期にはふさわしい舞台が並びます。皆様も、一足早いお花見に是非劇場までいらして頂きたいと存じますが、歌舞伎の舞台を彩る花たちで、面白い使われ方をするのが<吊り枝>でございます。
<吊り枝>は、舞台上方にかかっている<一文字幕>の手前に、草木の枝をさながら暖簾のようにつり下げたものです。桜、梅、紅葉や柳の葉などが主なものですが、先ほど申し上げました『鳥居前』では梅の、『吉野山』では桜の吊り枝が飾られております。
芝居で花木を表す方法としては、書き割りに描くのはもちろんのこと、作り物の立ち木を置くこともございますが、舞台の上方から枝だけを見せるだけでも、空間全体に季節感がひろがり、より華やかな雰囲気が生まれますね。たんに季節を表すだけでなく、『対面』『暫』などで見られる梅の吊り枝は、縁起のよい花を飾ることでひとつの儀式性を表現しますし、『助六』などで二重三重にも吊られた桜は、まさか吉原が桜の森のなかにあるわけではないのですけれど、不夜城吉原の賑やかさ、全盛さがおのずと醸し出されるというものです。
<吊り枝>の桜は、紐状のものに花を等間隔につけたものを幾本も下げるわけですが、梅の花の場合は、さながら枝をそのまま切ってきたように作ったものを、斜めに交差させながら取り付けています(紅葉も同様)。なんでも、昔は桜もこのように作っていたそうでして、平成11年1月歌舞伎座で、亡くなられた橘屋(羽左衛門)さんが『楼門』の石川五右衛門をなすったとき、「桜の吊り枝を昔の通りにしたい」とおっしゃられ、新たに作った吊り枝を使用しておられましたのを、師匠が久吉でご一緒でしたので拝見したことがございます。より華やかで古風な感じがいたしましたよ(このときは、大薩摩節の三味線さん太夫さんが、やはり橘屋さんのご意向で、袴をはかない着流し姿で舞台に出ていらっしゃいました)。

『道成寺』の幕切れで鐘が降りるとき、かすかに揺れる桜の吊り枝に風情を感じますのは、なにも私だけではございませんでしょう。歌舞伎独特、そして素晴らしい舞台装飾だと思います。

日々是精進!

2007年03月03日 | 芝居
2日目の『四の切』では、先輩のご指導もありだいぶテキパキと仕事ができました。今日で感じが掴めましたので、このテンポを保ちつつ、より落ち着いて、たおやかに動けるよう努力します。…褥(しとね)を運ぶのが私で、もう1人、脇息(きょうそく)を出しますのが、加賀屋(魁春)さん門下で2期後輩の春之助さん。ふだんから一緒になることが多い間柄(飲み仲間でもあったりする)ですので、段取り合わせでもすんなり話が通るのが嬉しいです。お互い初めてのお役ですので、先輩後輩関係なく、一緒に勉強といった感じで勤めておりますが、彼は入門以来の女形さんですから、私のほうこそ教えてもらうことが多いです。

夜には勉強会の打ち合わせがございました。私は出番の都合で出席できませんでしたが、演目選定など、いよいよ大詰めです。いずれこの場をかりて発表いたしますので、お楽しみに。

今日は桃の節句でしたね。娘はまだおりませんが、うちでもささやかにお雛様を飾りましたので、ちょっとご紹介…。

始まりました

2007年03月02日 | 芝居
本日『通し狂言 義経千本桜』の初日。お陰様で無事勤まりました。
途中3時間ほどの空き時間があるのが有り難いですが、楽屋入りから退出までは12時間。長い1日となりますね。
女形の勉強第一歩となる『四の切』腰元役は、まずは無難にというところですが、一連の動作をもっとテキパキと、〈腰元らしく〉できるよう努力します(今日も貴重なアドバイスを頂きました)。
ちょっと疲れましたので、今日はこれにて。

義経千本稽古・三日目にして最終日

2007年03月01日 | 芝居
『渡海屋・大物浦』『四の切・奥庭』の舞台稽古でした。
『四の切』では、私は師匠がお勤めになる義経が座ることになる、褥(しとね。ようは座布団)を持って出る腰元役でございますが、自分の置き方ひとつで、座る方の居場所が変わってしまうことになるわけで、なかなか責任は大きいものがございます。芝居の寸法に合わせた、ちょうどいい居所にセットしなくてはなりませんが、置き場所にばかりとらわれてキョロキョロもできませんし、出てきて、置いて、お辞儀して引っ込むまでの一連の動作を、ごく自然にいたさねばなりません。今日のお稽古で、どこまでできたかは甚だ心もとないのですが、師匠に伺って置き所も決まりましたし、先輩にも見て頂き、色々とアドバイスを頂きました。これからの毎日で、少しずつでも手慣れることができるよう努力致します。

もう明日は初日ですね。師匠の仕事が初体験ではないぶん、初役となる自分のお役に、より集中して取り組んでまいります。