梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

唄はF♯で?

2006年04月03日 | 芝居
各役とも、だいぶ落ち着いて演じることができてきました。『沓手鳥弧城落月』の立ち回りが上手くいくかが、毎日とても心配なのですが、今日はテンポもよく、まとまりがでて良かったです。

さて今日は『井伊大老』のお話を。私は<侍女>役をさせて頂いておりまして、舞台へ<褥(しとね。いわば座布団)>や、お銚子や三つ組みの杯が載ったお膳を運んだりしておりますが、もう一つ大事な仕事が<唄>でございます。舞台は雛祭りの宵。主人の井伊直弼が久しぶりに館へ帰ってきたので、召使い達も心うき立ち、白酒に酔ったのか、遠くから賑やかに唄い騒ぐ声が聞こえてくる、という場面が、まず中盤にございます。

♪あんの山から こんの山へ 飛んで出たるは何じゃるろ 細うて長うて ぴんと跳ねたを ちゃっとすいした 兔じゃ♪

笑い声も交えながら、陽気に唄う声が、井伊直弼や奥方のお静の方の心もなごませます。

そして幕切れ。夜は深まり、燭台の火も消えかかるころ、どこか物悲しく聞こえてくるのは…。

♪はんま(浜)千鳥の 友呼ぶ声は ちりやちりちり ちりやちりちり ちりやちりちり ちりやちりちり♪

どちらも、舞台上で唄うのではなく、下手の舞台袖で、侍女役全員で唄います(扮装はしたまま)。最初の♪あんの山から…の唄は、老女雲の井役の中村歌江さんもご一緒です。
女が唄っているわけですので、調子(キー)は高くしなくてはなりません。その上で、最初の唄は陽気に明るく、最後の唄はどこか物悲しく、というように唄い分けなくてはならないのが難しいです。最初の唄は、唄う、というよりかは、手拍子と一緒に囃すという感じですので、各人好き勝手の調子、声量でいいのですが、♪はんま千鳥…の唄は、以前も申しました通り、伴奏音楽がない状態で、きっかりユニゾンで唄わなくてはなりません。五人の侍女役の役者同士で相談し、一番出しやすく、かつ高い調子を決めまして、毎日それでやっておりますが、私が持っていた、三味線用の調子笛が、思わぬところで役に立っています。
とはいえいきなりそのキーで唄い出せ、といわれても不安でいっぱい。まして裏声に近い発声ですから不安定になりがち。でも緊張してしまっては出る声も出なくなってしまいますので、皆々度胸と開き直りで唄っている次第です。

役者自身が唄う唄が、芝居の雰囲気作りに一役買っている芝居というのは、それほど多くはないでしょう。古典演目では、大抵黒御簾での、長唄の唄方さんによる<独吟>になったりいたしますし、他所から音曲が聞こえてくるという意味での、清元節や義太夫節の<余所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)>なんてものもございます。また新歌舞伎でも、録音の音源を流すという方式になることもままございます。
…私達の唄、お芝居の雰囲気を壊すことなく、綺麗に聞こえていますでしょうか?

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
coco様 (梅之)
2006-04-11 23:38:03
coco様、はじめまして。

『井伊大老』をご堪能いただけたようで何よりです。歌右衛門の大旦那が、とてもお気に入りだった演目に出ることができて、私も嬉しく思っております。

今後とも、よろしくお願いいたします。
返信する
はい、いい雰囲気でした♪ (coco)
2006-04-04 23:28:03
梅之さん はじめまして。

4月2日夜の部を拝見しました。井伊大老の一幕は、動きが少ないだけに役者さんの雰囲気や持ち味がよく出て、思いのほか味わい深く拝見いたしました。あの、立派な座布団担当が梅之さんだったのですね。唄もよい感じに聞こえて、それをきっかけに舞台のお二人のお芝居が進みますね。歌詞はこちらで初めてわかりました。楽まで、体お大事に勤めてくださいますよう。また見に行きます!
返信する