さて、柳の枝に飛びつく蛙の姿に橘逸勢の謀反の志しを悟った小野道風を、先ほどの相撲取り4人が取り囲みます。
相撲 1「道風」
相撲全員「やらぬ」
浄瑠璃 「道風やらぬと追ッ取り巻く」
相撲取りは足を踏み出して両手をひろげ、遮る形。
道風は傘を閉じ(黒衣に渡す)身構えて、
道風 「ぎょうぎょうしいやらぬ呼ばわり 己等なんぞ見たか聞いたか」
相撲1「オオ聞いた聞いた 大きなことはみな聞いた 逸勢公のご謀反悟った小野道風
相撲2「汝が味方につけばよし 否といわば生けてはおかれぬ
相撲1「さあ返答は 何と」
相撲全員「何と」
浄瑠璃 「何と何とと呼ばわったり」
相撲取りは四股を踏んで構え、臨戦態勢に。
道風は、以下のセリフの間に佩いていた太刀を外し(わざわざ刀を遣う程もないということ)ます。
道風 「(以下のセリフは竹本三味線に合わせた<ノリ地>)フフ、ハハ、フンフン、ムハハハハハ…己が手並みも知りもせず 素人相撲の飛び入り椿(ノリ地終わり) 首の落ちぬ用心せよ」
相撲全員「何を」
これより浄瑠璃に合わせての立廻りです。
浄瑠璃「二人が首同士打ち合わせ 左右へガワと突き倒す 前よりかかるを岩石落とし 後ろから出す二人が腕(かいな) かついでドウと重ね投げ 下駄の当て身にタジタジタジ…」
立廻りの手は、ほぼこの詞章に則してつけられました(立師 坂東三津之助さん)。
まず、道風が左、右と踏み出す足から下駄を奪うことがあってから、
1、左右から抱いてきた力士2人の首根っこを掴んでゆさぶり、頭同士をゴッツンコさせて舞台上手下手に突き飛ばす(詞章「左右へガワと~」。
2、前から1人突っ張りをかましてくるのを、頭をおさえて地面にたたき落とす(「岩石落とし」)。
3、左右から2人が突いてくる手を捻り上げ、前に重ねて倒して自分が乗っかる(「重ね投げ」)。
4、左右から2人が先ほどの下駄を打ち込んでくるので、それを奪い返して脾腹を突き、トンボを返してキマリ(「下駄の当て身にタジタジタジ」。
浄瑠璃「かなわぬ許せと逃げてゆく」
で、コテンパンにやっつけられた相撲取りが上手に逃げ、道風はそれを追い込む形で、左足を踏み出し上手を見込んでツケ入りのキマリ。
道風「ヤアいずくまでも逃しはせじ」
なおも追いかけようと上手を見込んだところで、花道揚幕の中から
駄六「道風待った 待ちゃァがれ エェ」の声。
浄瑠璃「と声をかけ のさばり出(いず)る独鈷の駄六 立ちはだかって声をかけ」
駄六は赤ッ面、全身肉襦袢を着込み、黒、臙脂、萌黄の3色が大胆に使われた太縞のドテラに土器色の繻子の帯を前結び。鬘は側頭部の毛が張り出している<鬢(びん)バラ>というもの。鬱金色木綿の鼻緒の高下駄を履き、竹の子皮の一文字笠を肩にひっかけて出てきます。
駄六は花道七三で止まり、
駄六「何と道風 久しいナァ(以下のセリフは本舞台へ歩きながら)貴様も俺も大工のときは きつゥい馴染みであったが いつの間にやらえらい形(なり)になったのゥ 貴様の蔑みの通り 逸勢様のたくみの<臍> 大方<地はならして>あれど 自力ではゆかぬゆえ 道風を<柱>と頼む算段 貴様がうんといえば俺も出世 否と言やァ打ち殺してでも出世する どちらにしても<のこぎり>商い 否か応かたったひと口 男を見込んで頼む コレ 頼まれてくだァれ 頼まれてくだァれ」
浄瑠璃「臑であしらう野放図者」
道風の下手に立ち、肩の笠を外して左手に持ち、左足を踏み出して、横柄にキマります。セリフ中の<>で括った語句はいわば大工にゆかりの言葉で、二人の前身にちなんでいるのでしょう。
道風「オオ優しくも申したり しかし汝等に言い聞かすは牛に経文 帰れ帰れ」
浄瑠璃「と寄せつけず」
道風はそっぽを向いて上手向きになります。
駄六「エエ待ちゃァがれ(ここで笠を後ろに投げ捨てる) この独鈷の駄六が頼みかかった上からは 一寸でも後へは寄らさぬ 是非否(いや)ぬかさば腕ずくでも」
道風「ナニ 腕ずくとは」
駄六「コウ 腕ずくで」
駄六は高下駄も脱ぎ捨てて道風の腰に取りつきます。
浄瑠璃「と狩衣の 脇から差し込む胸づくし」
駄六は道風の上手に回り込み、道風の狩衣の上前を引きちぎります。襟が外れて下に着ていた白綸子の着付があらわになります。
道風「エエ てんごうすな」
浄瑠璃「と振り放し互いにエイヤと組む拍子 烏帽子に手をかけ引き倒さんと 引きつ引かれつ大わらわ」
駄六が烏帽子の紐を引っぱるはずみで烏帽子が外れ、下手に烏帽子を持った道風、上手に駄六、ツケ入りのキマり。
これからが第二の見せ場、相撲の立廻り。下座は場面設定を無視して<相撲太鼓>を賑やかに打ち込み、さながら『角力場』のようです。竹本三味線も<メリヤス>を弾き流し。
道風は狩衣を肌脱ぎし、白綸子の着付を全てみせます。駄六もどてらを脱ぎ、藍絞りのサガリ(褌)一丁。立師・坂東三津之助さんが、現役の関取さんに技を教わった上でお作りになった、様々な<相撲の手>を組み合わせた立廻りが繰り広げられます。
立廻りが一区切りしたところで(相撲太鼓も終わる)、
道風「邪魔ひろぐな」
浄瑠璃「邪魔ひろぐなと突き退くる」
道風が駄六を突き放すと、相撲の技では叶わないと思ったのか、
駄六「もうこの上は 駄六が端武士(はぶし)の真剣勝負 こたえてみよ」
浄瑠璃「肩口ポッカリ食いついたり」
なんと道風の左の肩口にガブリと噛み付き、足で蹴ったり殴ったりする始末。これには道風も怒ったようで、
浄瑠璃「道風駄六の腕捩じ上げ」
道風「諸人の見せしめ これを見よ」
道風もお返しで駄六の右肩をガブリ。
浄瑠璃「双方一度に血は滝津瀬 泥に滑ってたじろぐ駄六 首筋掴んでエイと差し上げ ザンブと打ち込む水煙」
鳴り物は<水音>に変わり、ひるんだ駄六の首を掴んでのけぞらせ、バランスを崩したスキをついてさんざん弄び、最後は上手の池の中に投げ込み、裏向きのキマり。駄六が池に飛び込んだ瞬間には、下から<水気(すいき。銀色の竹ヒゴの先に玉をつけたものを何本も並べ、水しぶきを表現する小道具)>が上がるのが、このお芝居らしい古風な演出です。
道風「この上は 逸勢と直(じき)応対 逃しはせじ」
浄瑠璃「と駄六を見捨てて只ひとり 敵の館へ駆けり行く」
道風は勇み立ち、再び太刀を掴んでバタバタで花道へ。七三で一度キマってからツケ入りで駆け去ります。
さて、無人の舞台に下座から<フチ廻し>というちょいと呑気なお囃子が聞こえてきますと、最前の池の中から駄六が浮かび上がってきます。頭には柳の枝やら藻のようなものやらをからませた情けない姿、鬘の鬢(びん)も捌けてしまいました。
陸に上がってから頭のゴミを取り、寒さにブルブルと震えるおかしみがあり、耳に入った水を出すべく片足でトントン跳ねながら舞台中央へ出、へたりこんだところで飲み込んでしまった水をブワ~と吐き出します。これは<本水>でございまして、毎回客席は大ウケでした。
鳴り物が<アバレ>に変わり、駄六は蛙の動きを模した<蛙飛び>を見せます。何故駄六までが蛙に? などという詮索はいりません。そういう<趣向>を楽しむのがこのお芝居の味わい方でございましょう。
駄六「おのれ道風 どこまでも」
浄瑠璃「後を慕いて」
<水音>が高まりバタバタで花道へ。右足を踏み出してのキマりがお囃子の<飛び去り>のキッカケ。これからが<蛙六方>でございます。相撲取りということで、突っ張りをするような動きを見せながら2足、蛙が飛び跳ねるように2足、それから普通の飛び六方で揚幕へ。
柝の刻まれるなか、幕―。
というわけで、『小野道風青柳硯』、一関係者の視点から再現してみました。ご覧頂いた皆様の頭の中に、ぼんやりとでも舞台の様子が浮かんできたら嬉しいのですが…。
相撲 1「道風」
相撲全員「やらぬ」
浄瑠璃 「道風やらぬと追ッ取り巻く」
相撲取りは足を踏み出して両手をひろげ、遮る形。
道風は傘を閉じ(黒衣に渡す)身構えて、
道風 「ぎょうぎょうしいやらぬ呼ばわり 己等なんぞ見たか聞いたか」
相撲1「オオ聞いた聞いた 大きなことはみな聞いた 逸勢公のご謀反悟った小野道風
相撲2「汝が味方につけばよし 否といわば生けてはおかれぬ
相撲1「さあ返答は 何と」
相撲全員「何と」
浄瑠璃 「何と何とと呼ばわったり」
相撲取りは四股を踏んで構え、臨戦態勢に。
道風は、以下のセリフの間に佩いていた太刀を外し(わざわざ刀を遣う程もないということ)ます。
道風 「(以下のセリフは竹本三味線に合わせた<ノリ地>)フフ、ハハ、フンフン、ムハハハハハ…己が手並みも知りもせず 素人相撲の飛び入り椿(ノリ地終わり) 首の落ちぬ用心せよ」
相撲全員「何を」
これより浄瑠璃に合わせての立廻りです。
浄瑠璃「二人が首同士打ち合わせ 左右へガワと突き倒す 前よりかかるを岩石落とし 後ろから出す二人が腕(かいな) かついでドウと重ね投げ 下駄の当て身にタジタジタジ…」
立廻りの手は、ほぼこの詞章に則してつけられました(立師 坂東三津之助さん)。
まず、道風が左、右と踏み出す足から下駄を奪うことがあってから、
1、左右から抱いてきた力士2人の首根っこを掴んでゆさぶり、頭同士をゴッツンコさせて舞台上手下手に突き飛ばす(詞章「左右へガワと~」。
2、前から1人突っ張りをかましてくるのを、頭をおさえて地面にたたき落とす(「岩石落とし」)。
3、左右から2人が突いてくる手を捻り上げ、前に重ねて倒して自分が乗っかる(「重ね投げ」)。
4、左右から2人が先ほどの下駄を打ち込んでくるので、それを奪い返して脾腹を突き、トンボを返してキマリ(「下駄の当て身にタジタジタジ」。
浄瑠璃「かなわぬ許せと逃げてゆく」
で、コテンパンにやっつけられた相撲取りが上手に逃げ、道風はそれを追い込む形で、左足を踏み出し上手を見込んでツケ入りのキマリ。
道風「ヤアいずくまでも逃しはせじ」
なおも追いかけようと上手を見込んだところで、花道揚幕の中から
駄六「道風待った 待ちゃァがれ エェ」の声。
浄瑠璃「と声をかけ のさばり出(いず)る独鈷の駄六 立ちはだかって声をかけ」
駄六は赤ッ面、全身肉襦袢を着込み、黒、臙脂、萌黄の3色が大胆に使われた太縞のドテラに土器色の繻子の帯を前結び。鬘は側頭部の毛が張り出している<鬢(びん)バラ>というもの。鬱金色木綿の鼻緒の高下駄を履き、竹の子皮の一文字笠を肩にひっかけて出てきます。
駄六は花道七三で止まり、
駄六「何と道風 久しいナァ(以下のセリフは本舞台へ歩きながら)貴様も俺も大工のときは きつゥい馴染みであったが いつの間にやらえらい形(なり)になったのゥ 貴様の蔑みの通り 逸勢様のたくみの<臍> 大方<地はならして>あれど 自力ではゆかぬゆえ 道風を<柱>と頼む算段 貴様がうんといえば俺も出世 否と言やァ打ち殺してでも出世する どちらにしても<のこぎり>商い 否か応かたったひと口 男を見込んで頼む コレ 頼まれてくだァれ 頼まれてくだァれ」
浄瑠璃「臑であしらう野放図者」
道風の下手に立ち、肩の笠を外して左手に持ち、左足を踏み出して、横柄にキマります。セリフ中の<>で括った語句はいわば大工にゆかりの言葉で、二人の前身にちなんでいるのでしょう。
道風「オオ優しくも申したり しかし汝等に言い聞かすは牛に経文 帰れ帰れ」
浄瑠璃「と寄せつけず」
道風はそっぽを向いて上手向きになります。
駄六「エエ待ちゃァがれ(ここで笠を後ろに投げ捨てる) この独鈷の駄六が頼みかかった上からは 一寸でも後へは寄らさぬ 是非否(いや)ぬかさば腕ずくでも」
道風「ナニ 腕ずくとは」
駄六「コウ 腕ずくで」
駄六は高下駄も脱ぎ捨てて道風の腰に取りつきます。
浄瑠璃「と狩衣の 脇から差し込む胸づくし」
駄六は道風の上手に回り込み、道風の狩衣の上前を引きちぎります。襟が外れて下に着ていた白綸子の着付があらわになります。
道風「エエ てんごうすな」
浄瑠璃「と振り放し互いにエイヤと組む拍子 烏帽子に手をかけ引き倒さんと 引きつ引かれつ大わらわ」
駄六が烏帽子の紐を引っぱるはずみで烏帽子が外れ、下手に烏帽子を持った道風、上手に駄六、ツケ入りのキマり。
これからが第二の見せ場、相撲の立廻り。下座は場面設定を無視して<相撲太鼓>を賑やかに打ち込み、さながら『角力場』のようです。竹本三味線も<メリヤス>を弾き流し。
道風は狩衣を肌脱ぎし、白綸子の着付を全てみせます。駄六もどてらを脱ぎ、藍絞りのサガリ(褌)一丁。立師・坂東三津之助さんが、現役の関取さんに技を教わった上でお作りになった、様々な<相撲の手>を組み合わせた立廻りが繰り広げられます。
立廻りが一区切りしたところで(相撲太鼓も終わる)、
道風「邪魔ひろぐな」
浄瑠璃「邪魔ひろぐなと突き退くる」
道風が駄六を突き放すと、相撲の技では叶わないと思ったのか、
駄六「もうこの上は 駄六が端武士(はぶし)の真剣勝負 こたえてみよ」
浄瑠璃「肩口ポッカリ食いついたり」
なんと道風の左の肩口にガブリと噛み付き、足で蹴ったり殴ったりする始末。これには道風も怒ったようで、
浄瑠璃「道風駄六の腕捩じ上げ」
道風「諸人の見せしめ これを見よ」
道風もお返しで駄六の右肩をガブリ。
浄瑠璃「双方一度に血は滝津瀬 泥に滑ってたじろぐ駄六 首筋掴んでエイと差し上げ ザンブと打ち込む水煙」
鳴り物は<水音>に変わり、ひるんだ駄六の首を掴んでのけぞらせ、バランスを崩したスキをついてさんざん弄び、最後は上手の池の中に投げ込み、裏向きのキマり。駄六が池に飛び込んだ瞬間には、下から<水気(すいき。銀色の竹ヒゴの先に玉をつけたものを何本も並べ、水しぶきを表現する小道具)>が上がるのが、このお芝居らしい古風な演出です。
道風「この上は 逸勢と直(じき)応対 逃しはせじ」
浄瑠璃「と駄六を見捨てて只ひとり 敵の館へ駆けり行く」
道風は勇み立ち、再び太刀を掴んでバタバタで花道へ。七三で一度キマってからツケ入りで駆け去ります。
さて、無人の舞台に下座から<フチ廻し>というちょいと呑気なお囃子が聞こえてきますと、最前の池の中から駄六が浮かび上がってきます。頭には柳の枝やら藻のようなものやらをからませた情けない姿、鬘の鬢(びん)も捌けてしまいました。
陸に上がってから頭のゴミを取り、寒さにブルブルと震えるおかしみがあり、耳に入った水を出すべく片足でトントン跳ねながら舞台中央へ出、へたりこんだところで飲み込んでしまった水をブワ~と吐き出します。これは<本水>でございまして、毎回客席は大ウケでした。
鳴り物が<アバレ>に変わり、駄六は蛙の動きを模した<蛙飛び>を見せます。何故駄六までが蛙に? などという詮索はいりません。そういう<趣向>を楽しむのがこのお芝居の味わい方でございましょう。
駄六「おのれ道風 どこまでも」
浄瑠璃「後を慕いて」
<水音>が高まりバタバタで花道へ。右足を踏み出してのキマりがお囃子の<飛び去り>のキッカケ。これからが<蛙六方>でございます。相撲取りということで、突っ張りをするような動きを見せながら2足、蛙が飛び跳ねるように2足、それから普通の飛び六方で揚幕へ。
柝の刻まれるなか、幕―。
というわけで、『小野道風青柳硯』、一関係者の視点から再現してみました。ご覧頂いた皆様の頭の中に、ぼんやりとでも舞台の様子が浮かんできたら嬉しいのですが…。
質問ですが、蛙チャンの飛び付きが失敗したことはありますか?