梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

三尸が逃げちゃうのです、体から

2009年02月22日 | 芝居
夜の部の切狂言『三人吉三・大川端』から、舞台装置の<庚申塚>をご紹介いたします。
中国の道教の行事が、日本で独自の発展を遂げた<庚申信仰>。60日に一度巡ってくる<庚申(かのえさる)>の日に、寝ないで夜を明かし長寿延命を願う風習があったり、また青面金剛や猿田彦、大黒天など、諸仏諸神を祀るお堂、塚が建立されました。

写真の小祠も、中に<庚申>と彫った石塔が祀られてますね。ごくシンプルな形状です。
祠の左右に吊るされた奉納額には<くくり猿>が。庚申の<申>を<猿>とみなして、見ざる言わざる聞かざるの“三猿”は庚申信仰と深く結びついています。そんな謂れで、飾られているというこころですね。

『三人吉三廓初買』の原作ですと、この「大川端」で出会った三人の吉三が、かわらぬ誓いの証しとして、奉納額から引きちぎった三猿をそれぞれ分けて持つくだりがございます。
そのあとの三人が、

和尚「末は三人繋がれて」
お坊「意馬心猿の馬の上」
お嬢「浮世の人の口の端に」
お坊「こういう者があったりと」
和尚「死んだ後まで悪名は」
お嬢「庚申の夜の話し草」

と、庚申と三猿につながる語句を巧みに織り込んで、後の「火の見櫓」の末路を暗示するような台詞を言うのが、興深いところです。

…この舞台装置の庚申塚、祠と石塔は大道具、絵馬と花立て、土器(あとで和尚が割るものですね)が小道具の管轄だそうで、昔ご紹介しましたように、歌舞伎の不思議なルールで分業されております。

私、寺めぐり神社めぐりが趣味ですが、そのおりにはあちこちで庚申塚と出会います。どんな神仏を彫っているか、形状はどうかを拝見するのがとても楽しく、写真にも撮ったりしています。
飯田道夫氏の著作『庚申信仰 庶民宗教の実像』(人文書院 刊)は、複雑に進化していった日本の庚申信仰をわかりやすく説明して下さるもので、大変勉強になりますが、まだまだ謎も多いようですね…。