梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之京都日記2の9『「将軍江戸を去る」拾遺』

2007年12月05日 | 芝居
今回の『将軍江戸を去る』所演にあたりまして、これまでの上演時と変わった点など、私自身の心覚えの意味も込めて記しておこうと思います。
あくまで今回の上演においての変更点ということをお断りしておきます。

まず第1場「上野の彰義隊」。開幕早々の、隊士土肥が官軍兵を討ったと意気揚々と帰ってくるくだりを今回はカットしております。ここでは当時の官軍VS彰義隊の状況、血気にはやる隊士の様子が描かれておりますが、それは後にも出てくること。新門辰五郎の子分たちが応援物資を差し入れにくる様子を見せたあと、すぐに松嶋屋(我當)さん演じる山岡鉄太郎の登場となり、一気に物語の本編へ入ってゆくことになりました。

また、この場の幕切れ、鉄太郎が将軍に面会しに門内に入ったあと、隊士同士の「君、辱めを受くるときは」、「臣、死す」と嘆きあい、泣くくだりも今回はございません。伺いますと、この作品の初演からしばらくの間、つまり巌谷槇一氏が演出にあたられていた頃は、原作にもある台詞とはいえ、あえてカットされていたそうですから、それを今回は踏襲したと申せましょう。

第2場「上野大慈院」。幕開きに鳴くホトトギスの鳴き方が変わりました。昔から、笛を使った生音でやっておりますが、これまでは何の鳥が鳴いているか特定できないような鳴き方でした。しかし、皆様ご承知の通り、ホトトギスと言えば「テッペンカケタカ」という鳴き声がお馴染みでしょう。古典演目『髪結新三』でも聴くことができますが、慶喜の台詞にも「ああ、時鳥(ほととぎす)が鳴く…」とありますように、やはりお客様にも、ああ、ホトトギスだなと思って頂きたくもございますので、師匠ともご相談いたしまして、たびたび『髪結新三』でホトトギス笛を担当なさった先輩にご教授頂き、不肖私が勤めさせて頂いております。

それから中盤で、障子ごしに鉄太郎と侍臣の押し問答をシルエットで見せるところがございますが、これまでこのくだりの台詞はあらかじめ録音していたものを流すという形でした。これは、障子ごしの生声では、音がこもってしまい、大切な台詞が客席に通りにくいのでは、という配慮だったのですが、やはりその場で実際に喋ることによる臨場感、お勤めになる方の気持ちの問題(録音ですと、障子に映っている役者さんの演技は、声を出さないパントマイムだということになってしまいますよね)もございまして、影絵の演技ではございますが、鉄太郎と侍臣の台詞は生音となっております。

第3場「千住大橋」では、稽古中の記事にも書きました通り、あまり<感情過多>にならないように配慮された群衆演技になったことが挙げられましょう。

真山青果氏の渾身の作、そしてその作意を最大限伝えようとご苦心なさった真山美保氏の演出は宝物です。それが、その時々に応じて所々変わるところはあっても、この芝居の魅力は強く迫ってまいります。
言葉の力のすごさを、毎日の舞台でひしと感じております。