梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

見えない椅子

2005年06月06日 | 芝居
今月は『輝虎配膳』で「黒衣の後見」、『教草吉原雀』では「着付後見」をさせていただいておりますが、こうした「後見」が扱う独特のモノに、『合引(あいびき)』がございます。
舞台上で、役者が使う腰掛け、といったらよいでしょうか。木製で、黒く塗ってありまして、ここで「黒は無を表す」の約束事が生きています。ということは、これに役者が座っていても、「本当はないつもり」で、お客様には見て頂かなくてはならないわけですね。
ひとくちに「合引」といっても種類があり、『箱合引』『中合引』『高合引』の三つがございます。
『箱合引』はその名の通り箱状、『高合引』は尻の高さより少し低いくらいの踏み台状。『中合引』は二つの中間の高さとなります。
これらを<後見>が後ろから差し出して座らせるのですが、三種類の『合引』を、どういうときにどう使い分けているのかと申しますと、まず『箱合引』は、「正座する時に使用し、姿を大きく見せ、なおかつ足の負担を減らす」もの。次に『高合引』は「長い時間立っている役の時、椅子のように使用するが、あくまで<立っているつもり>という約束事になっている」ものとなっております。
そして『中合引』、これが使われるお芝居は案外少ないのですが、「『高合引』を使うと立派すぎて見えてしまう役の時や、立っているでもなく正座しているでもない、中腰の姿勢でいるつもり、というときに使う」ものです。
三つとも、尻があたる部分には小さな座ぶとんがつけられておりまして、これも黒色。しかし女形が使用するとき、あるいは「歌舞伎十八番」などの、様式性、儀式性が高い演目の時には、赤い座ぶとんになります。
今月は『輝虎配膳』で『箱合引』を使っております。演目によっては複数の『合引』を使い分けるものもあり、『石切梶原』の梶原景時役を、十五代目の橘屋(羽左衛門)さんの型で演じます時は、箱、中、高の全種類をとっかえひっかえ使用します。
しかし、どうして『あいびき』っていうんでしょう? いろいろ調べても判りません。お肉みたいですね。