虎っ娘ランナーのランニング日誌

マラニックバッグにタイガースメガホンをさして国道2号線を西へひた走るランナーを見かけたら・・・、それは私です。

シ・マ・ン・ト

2009年10月19日 | ランニング

3回目の四万十ウルトラマラソン大会。

第1回目。露払い応援ラン20キロ&サイクリング40キロ&施設エイド手伝い。
第2回目。初ウルトラ100キロを12時間台で完走!!
第3回目。表彰台を狙って敢えて60キロにエントリー。
こうして振り返ると他の誰よりも四万十ウルトラを満喫しているなと、改めて自負するわたくし。

1回目では、母なる大河、四万十の清流に癒され大いなる自然を見た!
2回目ではウルトラの試練の洗礼を浴びつつも四万十の人々の優しさに接し人心の暖かさを見た!
さて、3回目の今年は・・・・・・・・・・・・・・!
ウルトラレースの厳しさに直面し、四万十にて

             地獄を見たっ!



密かに年代別入賞を目指す60キロのスタートは午前十時。
          
号砲はアットホームなイメージで緩やかに鳴らされた。
内に秘めたtacocoさんの思いとは裏腹に。

業爆で1週間走れなかったサラピンの脚はすこぶる元気。
目標タイム5時間台を目指してテンション高く、スタートからひたすら飛ばす。
エイドでもドリンクを走りながら飲むというまるでフルマラソン並みのスタンスでのレース展開だった。
脚は超快調。あっという間に21キロ地点を1時間48分で通過。
ちょっと飛ばし過ぎ?
このままでは凄いタイムでゴールするやんっ!
と内心ほくそ笑んでいたのも45地点まで。
有名な施設エイドさえ、な~んにも食さずそそくさと後にし、ひたすら記録狙いに徹したレースだったのだ。

    地獄は・・・・・・・・。その直後に訪れた。


高温の中ハイペースで水分すらまともに摂取せず駆け抜けた20キロのしっぺ返しが43キロ地点で具現化される。

熱中症&両足の痙攣でダウン。救護班に救助されるという大失態だった。
顆粒の塩を詰め込まれ、脚のマッサージを受け・・・・・・・。
その間何分のロスだったのだろう。

残り20キロは想像以上に悲惨だった。
2キロ走っては脚の痙攣の激痛で叫び歩く、歩いて治まりを待ってはまた走る。
走ってはまたまた痙攣。これの繰り返し。
レース中に痙攣を体験したのはこれが初めて。
痙攣って収まってもまた直ぐにぶり返すものだと初めて知る。
幾度リタイヤしようかと思った事だろう。

ラスト10キロは痛みと無念と情けなさとで涙、涙で走っていたっけ。
結果は目標タイムの5時間台に大きく届かずの6時間6分。
念願だった表彰台にも登れず惜しくも年代別4位。(3位までが表彰台)

まるで2009年版阪神タイガース的なこの結果だが、心的ダメージは意外にもそれほどないのだ。
(タイガースCS逸のダメージの方が大きい位。)
その理由は・・・・・。
あの状態でリタイヤせずに完走仕切った自分にちょっとだけレスペクト。
後半あれほど歩き、休憩し、救護を受けてもあのタイムをゴールできた事。
それだけの貯金を作った前半の高速レースにちょっぴりの自信。

来年のリベンジに向けていっぱい修正点が見つけられたじゃないか!
ポディティブシンキングでベクトルは既にもう明日を向いているってさ。

もう二度と走りたくない!と、思った45キロ地点での感情もすっかり忘れ去って、来年も懲りずに四万十60キロお表彰台を目指す事を決意!!
もっとも高いハードル、高倍率の抽選を強運でもってクリアして!

来年はエイドでも、たっぷりの時間休憩しつつ、楽しく余裕をもって走れますように!

以上取り急ぎのレース紀行記でした~。
たくさんの応援メール、声援コメント、応援jファックス、激励差し入れ。
本当に感謝です。
この場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございました!!