虎っ娘ランナーのランニング日誌

マラニックバッグにタイガースメガホンをさして国道2号線を西へひた走るランナーを見かけたら・・・、それは私です。

春の準備

2008年02月27日 | 日記

立春も過ぎ、日一日と春に近づきつつある日々。

「春呼び」恒例の大阪城梅林への梅見LSDを終え。
   
今年も可憐な梅の蕾がとりどりに美を競っていた。
桜満開のこれでもかの美の競演よりも、ちょっぴり控えめな梅の見頃がお気に入りのわたくし。
やはり同じく控えめな自分の性格と相容れるからなのでしょうか。
(どつくぞっ!)←陰の声。
とは言え、
『東風吹かば 匂い寄こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ』
この歌に魅せられた思春期の頃よりの梅礼賛の歴史の成せる業なり。

片や、諸事多忙で忘れていた雛人形を大急ぎで飾り。
      

もう一つの忘れてならない春準備。
タイガース観戦チケットゲット!!
        


ちなみに今季開幕時期のとりあえずの観戦予定。

3月29日、京セラドームvs横浜戦。(乙参会観戦)
4月3日、広島市民球場vs広島戦。
(金本さんバースディ記念試合、金本組より召集令状。0泊2日の弾丸ツアー。)
4月8日、甲子園開幕戦vs中日戦。(癌サバイバー実父との観戦。)
5月11日甲子園vs横浜戦。
(恒例第一回甲子園マラニック。詳細は後日アップします。)
5月24日、ヤフードームvsソフバ。
(関門海峡を走って交流戦を観よう!ツアー。)

【番外編】
3月20日、道上洋三vs萩本欽一夢野球 京セラドーム。
(開幕間近の余興としてのお楽しみっ!)

ってことでランニングシーズンがほぼ終了。
早や、ヤキュモードに切り替え進行中のtacoco姐さん。
ぬる~い練習で毎日をやり過ごし、こんなんでええなのかな~と、ランナーとして
は激しく自己嫌悪に陥る日々でありんす。
が、球春が待ち遠しくあるのもまた偽らざる事実。
行けなかった安芸キャンプの収穫も良さげで・・・・・・。

今年こそペナント奪取!&日本一!!
頼んまっせ、タイガース!!


号泣披露宴。

2008年02月25日 | ランニング

大きなマラソン大会がない日曜日を選んで、とある日曜日ランナーカップルの結婚披
露宴が開催された。
可愛い妹分の披露宴とあって、何年振りかのドレス姿で神戸三ノ宮まで駆けつける。
会場は三ノ宮駅から徒歩15分の距離だとか。
甲子園まで21キロ、京都まで45キロを平気で走る姐さんはこの日、たった1キロすら歩けず三ノ宮からタクシーのお世話になる。
それもこれも数十年振りに履いたピンヒールのせい。
放送コードエラーでハングアップする為、ドレスアップ&ピンヒール姿の美しい画像
をお見せ出来ないのがひたすら残念である。

で、無事に会場到着。この日は何の罰ゲーム?と言うくらいの大寒波。
薄着の礼服姿は寄る年波の身体にひしひしと応える。

        
が、絵になる新郎新婦の姿にすっかり癒され、
   
おまけにご馳走の嵐でお腹も満腹。
心も身体も暖かく癒されました~。
ほんまにまれに見る良き披露宴でしたわ。

極めつけ、新郎新婦の馴れ初めからのDVD放映。
何を隠そうし私はこのカップルの正真正銘の愛のキューピッド。
しかも、新婦の大阪国際資格ゲットには格別の思い入れ深く・・・・・。
と、DV画像を観賞するにタダでさえも寄る年波で弱くなった涙腺は完全決壊。
タイガース優勝時orマラソンレース完走以外では久しぶりの号泣。

ほんまに初初尽くしの日曜日でありました~。

この日は1ミりも走れず、二次会の暴飲暴食を含めて、お陰様でウェイトは1キロの増量。
せめて号泣した涙の分くらい容赦してくれてもいいんじゃない?


東京マラソンを褒める!

2008年02月23日 | ランニング

参加したランナーには概ね高評価を受けていた「2008東京マラソン。」
賛否両論あるとは聞くが、「否」の意見が私の所へはあまり耳に入ってこない。

開催の為に甚大な迷惑を蒙っている方々や石原都政に反発を持つ方などの
このイベントに対する否の意見を是非伺ってみたいと思う。
なぜなら、未だ興奮冷めやらぬ筆致で、またまた東京マラソン絶賛記事を書こうと
しているからだ。



振り返ってみて、やはりこの大会は過去出場したマラソン大会の中でも最高位に位置すると思わざるを得ない。

前日のエントリーから既に「祭り」は始まっていた。
     
東京ビッグサイトに設けられた広大な特設エリアには、スポンサー企業のブースが所狭しと出店しており、様々なイベントで選手達を楽しませてくれる。
歩いていると、各ブースから両手が一杯になるほどのプレゼント攻撃。
不要なパンフレット類も多かったが、チップ止めや手袋などのランニンググッズの嬉
しいプレゼントや、美味しい試食試飲なども盛りだくさん。
メインステージでは華やかなゲストのトークやダンスショーなどで大会を大いに盛り上げている。
これは半端じゃない規模の大会なんだと、前日から実感したものだ。

ボランティアスタッフへの教育が行き届いている事も嬉しい驚きであった。
ゼッケン引き換え所では、「頑張ってください!」と爽やかな笑顔でナンバーカード
を手渡され、どこで何を尋ねても迅速な答えが返ってきた。

給食、給水所での対選手対応も行き届いていたし、手荷物引き取り所でも申し分ないスムーズな受け渡しであった。
何よりゴール後の花道での連携対応が素晴らしかった。

ゴールした選手は、寒さ対策の為にまず大きなポンチョを着せかけてもらえる。
ニューヨークマラソンなどの有名大会で見られる風景と同じだ!と、大いに感激。
まず、渇いた喉を潤す為にスポーツドリンクが与えられて、続いて白い袋が手渡された。
中身はからっぽの袋に「ん?これは?」と、思ったらそこから、みかん、バナナ、、ソイジョイ、と順番に参加賞が効率よく手渡されていく。
靴に装着されたチップは足を差し出せば、スタッフがはさみで切とってくれる。
まさに至れり尽くせり。
最後に完走メダルを首からぶら下げてくださる。
この間、総てのボランティアスタッフは選手に接する度に
「お帰りなさい。」
「完走おめでとうございます!」
「お疲れ様でした~。」
と、爽やかにねぎらいの言葉を投げかけてくれるのだ。
感動で涙がこぼれそうになった。
これが初マラソンだったり記録更新をした大会だったら、絶対に号泣していた。
それにしても、これだけの人数のボランティアをここまで教育し統率するのは至難の業だっただろう。
大きな事故なく運営できたことも含めて大会関係者の方がたの並々ならぬ尽力に大いに感謝したい。


さらに更衣エリアでは、おにぎりとパンが配られる。
「新潟からの感謝の気持ちです。震災への復興支援ありがとうございます。」
とメッセージが印刷されていた。
さすが米どころ新潟。おにぎりが最高に美味しかった。
      

      
その後も次々と配布されるお土産の数々。
いただいた袋が一杯になるほど。
こんなにたくさんの物を貰った大会もかつてない。
物を貰ったから言うわけではないが、ほんとうに100点満点の採点をあげたいよ
うな気持ちである。
今のところ、私の周りではこの大会を悪く言う声を聞かない。

追記。
ところが、この記事を書いた直後、北海道のランナーogamanさんの記事で、受付に関して無視できないトラブルがあったという事実を知る。
前日大雪の為に交通機関が乱れ受付に間に合わなかった選手が大勢いたそうである。しかし、それに対する大会側の対応は・・・・。
以下、抜粋。

  遅延証明書を発行してもらってかけつけた人もいたそうです。
  でも、大会側は、いかなる理由でも受付時間は厳守する、
  との態度を崩さず
  (外国からの人に対しても同じ扱いだったとか)、
  わずか3分遅れで到着した人も、受け付けてもらえなかったとか。

運営を事故なく円滑に行う為には、法令順守が不可欠なのでしょう。
不可抗力の交通事情と言えども、情状酌量しない大前提なんでしょうね。
こういったトラブルも来年への申し送り事項として救済策を打ち出していただきた
いものです。

抽選の高き関門を突破してやはり来年も出場したいと強く思う。
来年は「当選倍率10倍?」という噂が既に出ている。

ところで、東国原さんや鈴木宗男さんも抽選で選ばれたんやろか?
局アナや芸能人は放送局割り当てやスポンサー割り当てがあるのでそれは仕方のないことだと思うが、政治家割り当てもあるってこと?
う~ん、微かな微かな疑問が。


大マラソン祭り

2008年02月19日 | ランニング

  『この大会は首都東京を舞台に、あらゆる人々が”走る喜び”、コース沿道で”
  応援する楽しみ”、そしてボランティアとして大会を”支える誇り”を実感できる
  「大マラソン祭りであります。』

とは、パンフレットに記載されていた東京マラソン大会会長、石原東京都知事の
お言葉。

都知事弁の通りまさに「マラソン祭り」と呼ぶに相応しいレースであったとは、参加してみての嬉しい実感である。
リピーター続出間違いなしの癖になる程素晴らしい大会だった。
大会関係者が世界有数のマラソン大会と自画自賛する事にも素直に頷ける。
昨年の反省点をクリアしての今年は天候にも恵まれて運営面でもほぼ申し分のない
体制だったように思える。
と、大会としての東京マラソンを絶賛した上で自身のへっぽこレース記を書き留めるとしよう。

一万円分楽しむ観光ランのつもりが、今季最終レースとなったこともあって万全の体勢で臨んだこのレース。
カーボと禁酒の一週間の厳しい修行を乗り越えての東京入り。
       が、
そこに待ち受けていたのは関東のラン仲間主催の前夜祭という名の大きな誘惑だった。
         

ウーロン茶で極限の我慢を重ねていた私を、悪魔のささやきが襲う。
「東京マラソンは真面目に走っちゃ駄目!楽しまなきゃ!」、と。
遂に堰を切った私の自制心。
「え~いっ!アルコールが怖くてランナーなんてやってられるかいっ!」
それまでの努力が水泡となった瞬間であった。

ってことで迎えた東京マラソン当日。
少々寒いものの絶好のマラソン日和。
石原都知事の号砲でハート型の紙吹雪が舞う中、歓喜のスタート。

沿道は大歓声。
驚くべきはこれが最後まで途切れない事。
随所で踊りや太鼓、大演奏などのイベントで走りを鼓舞してくれる。
下り基調の前半コースと言う事もあって快調な滑り出し。



が、皇居に差し掛かる8キロ地点で驚くべき光景を目にする。
皇居を周りを彩る緑の植垣。
これが現れるや否や、我先にと小用を足す男性ランナー数名。
コース上のランナーに背を向けると言う事は、必然的に宮城に向かって
「ご開○○」するという事。
何という無礼!
次のトイレスポットまで我慢できないのかっ!
と、思わず声に出すほど憤ってしまった。

気を取り直して、先を急ぐとほどなく品川付近の折り返しコースとなる。
トップランナーを見送った後は、仲間の高速ランナーのエールを受け、
自分が折り返した後は後続の仲間にエールを返す。
そういえば、この地点で宮崎県知事と擦れ違ったっけ。
大勢の人々に取り囲まれにこやかに走っておられた。

ほどなくハーフ地点。ここまでは快調。タイムも良好で密かにベスト記録を期待したり
などしていた、幸せなひととき。

   
     【快調に飛ばす頃のtacocoさん】 
      3万人の中で奇跡の遭遇をしたラン仲間Mちゃん撮影。

が、このところ30キロ前後でお決まりのように襲ってくる左脚痛。
このたびもご多分にもれず律儀にご光臨。
おまけに、沿道の応援の方が掲げる「有限実行」のプレートを「有害実行」と読むは、所属するランニングクラブの赤い幟だ!と勘違いし、「雛人形の○○」の赤い幟に手
を振るは、と視神経にまで疲れが・・・・・・。
「もはや、これまでで」と諦念。
ここからは完全に観光ファンランモードへと切り替える。
給食エイドに立ち寄りぃの、銀座や~っ、雷門や~っ。
と、はとバス気分ではしゃぎまくって、ゴールエリアのビッグサイトへと突入。

感動のゴールの瞬間。
場内アナウンスが何やら絶叫している。

「たった今、猫ひろしさんが素晴らしいタイムで戻ってまいりました~!!」

だと。
猫ひろし、走ってたんかいな。

私のゴールタイムは猫ひろしより2分ほど先んずる事の、3時間46分31秒
猫を待っていようかと思ったが身体が冷える事を懸念して、歩を進めた。

ここから、いよいよ更なる感動の「至れり尽くせりのフィニッシュゾーン」となるのだが、それは続編にて。

とにかく、この一大イベントを鶴の一声で断行されたワンマン宰相に感謝したい。
政治家としては、功罪とりどりに評価されている御仁ではあるとしても・・。

単なるマラソンレースという枠を超えて、東京が、日本が、成熟した文化国家である
事を世界に知らしめる大イベントとして昇華していくのではないかとさえ思う。
と、まあ大絶賛で締めた東京マラソン完走記。
ほんとに素晴らしい大会を堪能させていただいた。

来年は記録達成とダブルで喜び倍増計画をここに宣言する。

その為にも明日から練習&特訓の再開だ。
まずは、8個の白玉に2個の赤玉を混ぜた箱の中から、見事赤玉を引き当てる特訓から始めよう!




     磨けっ!くじ運!!

           (あの~ちょっと方向性が違うような・・・)


出立前夜

2008年02月15日 | ランニング

アンディー・シーツの折れたバットが当選し、我が家に送られてきたその日は
「長野マラソン二次募集の応募日」だった。
大騒動のお陰で、20分で完売になったという長野マラソンの出場権を棒に振ってし
まった。
まるでノーアウトで一塁に赤星を置き、ボール球に手を出しでゲッツーに倒れるアンディーのように・・・・・。
あっという間にチャンスを棒にふってしまったのだ。

と言う訳で、今週末の東京マラソンが今シーズンの最終レースとなってしまった。
嫌でも精一杯走らねばならない。
もはや、観光ランなどと言っているバヤイではないのだ。

それなのに、最近勤務形態が大きく変わった私はまともな練習が全く出来ていない。
これが吉とでるか凶とでるか。

とりあえず、レース一週間前の恒例行事だけは滞りなく完了。
カーボローディング。レース三日前からの禁酒。
美容室に行く。
掛かりつけの整骨院に行く。
レース前々日の気合い入れ、1000mインターバル2本。

そして荷造り。
      

2泊3日のマラソン旅行はかなりの荷物だ。
忘れ物チェックをしていると頭がパニクリそう。
おまけに留守宅の食料買出しやら食事の手配やら・・・・、
あ~、これだけで既に疲れた。

全国から集結する3万人のランナー達。
とりどりに、ワクワクドキドキのレースイブイブを迎えていることだろうな。

昨年と違ってお天気は上々のよう。
皆、最高の体調でお江戸の公道を走り抜けましょうね!


神戸ラブラン駅伝

2008年02月11日 | ランニング

大雪から一転。
陽気に見舞われた日曜日は。
またぞろ、とんでもないあほなラン予定が組まれていた。
名付けて、「駅伝梯子」計画。

長居公園周回コースにて午前10時号砲の
 これの1区を走り →

午後1時15分スタートの
 こちらに駆けつけるという。
     (しかも神戸ラブラン駅伝では、メンバーが足りず急遽2区と4区を走る。)

幸いにも、記録、順位を狙う大会ではなかったので私は金髪の付け毛にお馴染み
虎の尻尾、ド派手な虎のキャップ
といういでたちで楽しく走らせていただいた。
画像はあるのだが、エラーコードに引っかかった為掲載できないのが残念だ。
当日運悪くお目に留められた方、悪夢にうなされた事この場を借りて謝罪します。



ここからはちょっと真面目なお話。
今回メンバーとして参加させていただいた、ムコ多糖症支援ネットワークという
グループ。(通称ムコネットという。)
ランを通じて知ったムコ多糖症という難病の存在。
 「ムコ多糖症」
 体内で作られるある種の物質を酵素の働きで分解・排出することを「代謝」とい
 いう。生まれつき体の中で酵素が作られなかったり、少なかったりすることで、
 この「代謝」がうまく出来ないために色々な傷害を引き起こす病気。
 小さな子供の時から症状があらわれ、それが日一日と重くなっ ていく、進行性
 の小児難病だという。

患者数の少ない難病である為に治療の問題は後回しにされている現状。
この病気を支援するのがムコ多糖症支援ネットワーク
そんな中で、オレンジ色のムコTシャツを着用し各地でチャリティーランを展開し、少しでもこの病気の認知度を高めようというのが、私達ランナーが患者家族達とコラボレーションして行っている活動だ。

以下は、将君というムコ多糖症の子どもを持つ将パパさんが是非ご一読くださいという記事。抜粋コピーして掲載する。

 ここ最近,ムコ多糖症と言う病名を知ろうとしてくださる方々が増えてきました。
 その当時,最寄の病院でさえ判らなかった病気を知ろうとしてくれます。
 なんと有難いことでしょうか。  だからこそ正しく知って欲しいと思います。
 大変失礼ながら,こんな一説を拝見する機会がありました。
 「5~6歳の子が厚生省にスーツ姿で出向いて自分達が生きる為に必死に頭をさ
 げてたりしています。」
 彼は実は成人です。
 ムコ多糖症に見られる諸症状の一つのため,身長が伸びないのです。
 そういう彼に「5~6歳の子が…」と言う事が、どんなに傷つける事かと言うことを
 感じて欲しいです。
 そして、20歳まで生きるのが難しいと言われたが、それでも「今」を一生懸命生き
 ています。
  3年前は,生活の場で知る由も無かった「ムコ多糖症」
 しかし今,知って下さる方々,何とかしたいと立ち上がってくださる皆様がいて
 下さるのです。どんなに感謝しても足りません。

           
   【この日全国から集結したムコネットメンバーとの記念写真】
子供たちは邪気のない天使のような笑顔を振りまいている。
難病と闘うご家族は皆、素敵なご夫婦ばかり。
日々の本当の大変さも理解できずに、こんな事を言うのはおこがましいかもしれな
いが、神様から天使の養育を任された選ばれし最良のご夫婦なんだろうなと思う。



どこかの大会でオレンジ色のこのTシャツを見かけたら、そんなこんなを思い出して欲しい。
      


大雪と餃子

2008年02月09日 | 日記

大阪では何年振りの積雪だろう。
確か、12~3年前にこれ位の大雪があったはずだ。
その日仕事で客先へ向かう途中、会社の車を雪道でスリップさせブレーキが全く利かずガードレールにぶつけて車を停止させたという苦い記憶あるので、トラウマとして残っているのだ。

【我が家ベランダからの雪景色】
 

朝から少しでも走っておいて良かった。
今週は、業爆の為、まともな練習が出来ていない。
今日は東京マラソンへ向けての最後のロングをする予定が、15キロ地点で雪。
その後、何とか粘って18キロ地点で遂にギブアップ。
びしょ濡れになって帰ってきた。

東京マラソンまで一週間。
来週も「業爆」は続く。
やっぱり東京は観光ランにしよっかな・・・・・・・。
と、またぞろ顔を出す弱気脆弱な根性。



この荒天では、今日はどこにも外出できそうにない。
そうだっ!
今夜のメニューは久しぶりに手作り餃子にしよう!
少し多めに作って冷凍保存しておくか。

たっぷりのにんにくとビタミン愛と勇気凛々系メチャウマドス」混入の餃子パワーで、安きに流れようとする脆弱な根性に喝を入れようぞ。


追記:
で、冷蔵庫&冷凍庫にあったあり合わせの材料で作りました~。
超美味でございました~。
 

元気が湧いてきましたので明日の駅伝は頑張りまっす!


口熊野マラソン

2008年02月04日 | ランニング

2月3日はえらい日だったようだ。
関東では大雪で青梅マラソンが中止となったらしい。
関西でも木津川マラソンが雨で欠場者続出、寂しい大会となったと聞く。
で、この日、私が参加予定のレース、紀州口熊野マラソンも。

行きの道中の高速道路はこんな状態。
       
積雪の為レース中止か、高速道路封鎖で大会に間に合わないか、
その両方が脳裏を掠めた程。
が、そこはそれ今年は幸運当たり年のド根性&強欲のわたくし。
レースにはちゃんと間に合い、雨も雪もスタート時は小雨と変わって、無事スタート。

あわよくばまた記録更新を・・・。
とは、それこそ強欲だった、とスタート直後に思い知る。
現地でたまたま遭遇した元祖師匠にも厳しく言われた。
「ハーフと言えども2週連続のエントリーは無謀。そんな事が可能なのは30歳
まで!!」と。
そうだつい一週間前は市民ハーフを檄走したんだっけ。
おまけに前日は「虎」の決起集会があり、「レース前日は断酒!」の禁も破っている。

そんなこんなで、5キロ地点のしんどさで心の中では既に敗北宣言。
東京マラソンのハーフ想定ランへと作戦を変更する。
キロ5分のイーブンペースで走ろうと決意。
ゴールタイム1時間46分少し。ほぼ想定通りのペースでゴール。
結果、部門別成績8位だった。
う~ん惜しい。6位までなら入賞で表彰台、副賞ありだったのに~。



雨で濡れた身体を大急ぎでお風呂とカレーうどんで温めた後は仲間のお出迎えだ。
  カレーうどん200円。安くて美味!
今回初出場のこの大会は地元の暖かい支援もあって素晴らしい大会だった。
出店ブースには紀州梅を始めとする現地特産品のお店が立ち並び、
しかも試食では大盤振る舞いの大サービス。
ほんと和歌山の人は優しくて人情味豊かであったかくて素敵だ。
(実はわたくしも和歌山産なり。)

今回この大会にエントリーした理由にはもうひとつの大きな目的があった。
このレースを初フルで迎える大切なラン仲間の生き証人になる、という。

待つ事数時間。いい加減身体が冷え切った頃。
彼女は笑顔でゴールにやってきた。
雨の中、5時間も走りきっての満面の笑顔。
身体に電流が通ったような感動。人のゴールでこれだけ心が熱くなるとは。

だって、
       
完全サポート役に回ったご主人様と手をつないでのゴールだよ。
さしものtacocoさんも持ち前の毒舌もなりを潜めてちょっと視界が霞んだよ~。
しかし、感動の余波が静まった頃には・・・・・、
「私ならパートーナーと5時間も肩を並べて一緒にいたら窒息するわ。
どっかの時点で逃げ出して、後は唯我独走やな~。」
との悪態発令で本領を発揮したかも。

走ってはそれなりの快走、ゴール後は快食、地元からは歓迎、仲間には感動、
帰っは心地よい快眠と。
青梅マラソンをエントリーされたランナー達の無念をよそにどこまで続くtacoco
さんの快運。

来年は、体調万全を期して、
     年代別優勝を狙おう!

と、決意したちょっと罰当たりな位、快適過ぎる節分の日の休日でありました。


シーツのバット当選!

2008年02月01日 | タイガース

プロ野球の新年あけましておめでとう!
のこの日、ビッグプレゼントが舞い込んだ。

広澤コーチのブログで、ず~っと以前にこんな企画があった事を覚えておられるだろうか。

   『カネと濱ちゃんの折れたバットを手に入れよう』

野球にちなんだ俳句を送って、入選した方に金本さんの折れたバットをプレゼント!
と言う企画。
金本様のお手が触れたバットなら、折れていようが腐っていようが有機リン系薬物農薬がかかっていようが欲しい!!
と、頭をひねって送った私の俳句が、なっなんと

   入選!!
    


で、送られてきたのがNPBロゴ入り正真正銘プロ野球選手バット。

        


         
グリップエンドにはT-4のマークが。
おおっ!背番号4番まさしくアンディー・シーツ!
グリップには素振りの努力の跡の手垢が染み付いている。
折れたバットといえども芯が折れた程度の様で外観は何処にも異常は見当たらない。
今はなき、アンディ・シーツ。
早打ち&好機にゲッツーで何度もキレかけたけど、あなたの守備にどれ程助けられたことか。タイガースの恩人。
その愛すべき人柄とともに、強く記憶に残る助っ人だ。
このバットは金本さんのサインボールとともに当然我が家の野球殿堂家宝入り!
             


金本バット賞を逃したのが悔しいと言えば悔しいが、それでも充分嬉しい♪

広澤さんの事はその昔、FA移籍でタイガースを蹴ってGへ入団した事をしつこく根
に持って、背番号31に値しない!
などと辛口コメントを発していたが、これを機にすべて氷解。
ええ人や~!(物を貰えば総てええ人~)



つい先日には、私の投稿エッセイが某新聞社の夕刊一面を飾るという嬉しい出来
事があったばかりだし・・。

こいつぁ~、春から縁起がええわぁ~。

今年は当たり年?

車の運転と日々の走行練習には、充分気を付けなくては。
それとバットで殴られんようにも。←なんでやっ!