***** 神社と災害 No.56 *****
先日の記事の中で、中央構造線を示す地図の中に、
「名方」という見慣れない地名が
載っていたという話題を取り上げました。
以前も書いたように、名方郡は阿波国を
管理していた阿波忌部氏の本拠地のひとつでして、
名方の「ナカ」とは、ナガスネヒコなど
土着の存在を暗示させる「音」でもあります。
また、海を隔てたところにある
岡山の名方浜宮(なかたのはまのみや)と
和歌山の奈久佐浜宮(なぐさのはまのみや)には、
皇女である豊鋤入姫命が巡幸された痕跡
(元伊勢)が残るなど、どうも朝廷側は「名方」を
強く意識していた形跡が伺えるのですね。
岡山(和歌山という説もあり)の
元伊勢の「名方」という名称はもちろん、
和歌山の元伊勢である奈久佐浜宮
(名草浜宮とも表記する)に関しても、
その名前の中に「名」という漢字や、
「ナガ」「ナグ」といった音が
含まれていることを踏まえると、
恐らくこれらの地域には
「抑え込まなければならない何か」
があったとも考えられます。
そして、それら「名方」の監視を
任されていた人物とは、古くは忌部氏であり、
その後の空海だったのかもしれません。