天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

梅花香8

2019-02-24 12:52:23 | 小説
「清吉さんはいい声をしていらっ

しゃいますね。」

今日はどうしたのだろう。清吉は苦

笑する。

「同じことを言われたよ。今日はこ

れで二回目だ。」

「あら、おもてになりますこと。」

「そんなんじゃねえよ。いつもかり

んとうを買ってくれるなじみの嬢ちゃ

んに言われたのさ。」

「そのお嬢さんはお目が高いこと。

温かくて優しい声は清吉さんそのもの

ですもの。」

清吉は居心地が悪くなる。ある出来

事を思い出してしまった。もうこの話

は終わりにしたかった。

「顔は鬼瓦だけどな。」

穏やかだが、この話を打ち切るかの

ようにきっぱりと言った。清吉の思

うところを感じたのだろう、おこうは

そっと口をつぐんだ。気遣うような目

で彼を見る。おこうにはまったく関係

がないのに、少しきつい口調になって

しまった。清吉は悪いことをしたよう

な気分になる。忘れたと思っていたこ

となのに、触れられると痛んだ。古傷

というのはなかなか治らないものだと

清吉はほろ苦く思う。おこうはただ

黙っていた。気詰まりな感じではなく

清吉に寄り添うような、彼を思いやる

ような沈黙だった。清吉はふと、この

古傷をおこうに話してみようかと思っ

た。今まで清吉はこの話を誰にもした

ことがなかった。とてもささいな話だ

し、かといって、笑われたり茶化され

たりしたら、自分が立ち直れないとい

うのはわかっていたからだ。しかし、

なぜだか清吉はおこうにこの昔話を聞

いて欲しくなった。おこうならちゃん

と耳を傾けてくれそうな気がしたの

だ。彼はおこうの目を見つめる。

「あのね、おこうさん、昔話なんだ

が、聞いてくれるかい。」

おこうはうなずく。清吉は静かに話し

出した。

「おいらが若い頃の話だ…」


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