天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

空蝉

2021-07-30 19:11:00 | 小説
 あの人は、帰っていった。夏の夜明けは早い。烏帽子を被り直したあの人。狩衣には私が調合した香りを燻らした。私の印。

 一日、香りがたちのぼるたびに私を思い出してくれるかしら。

 その時、愛しいと思うのか厭わしく思うのか。

 今は端境なのだろう。

 蜜月は過ぎた。とはいえまだ飽きてはいない。

 嫌いになってはいない。とはいえ冷めてはきている。

 次を探す程ではない。とはいえ誘いがあればのる。

 あの人の気持ちはそんなところだろうか。

 私は寝台の中で身じろぎをする。あの人のにおい。夜の名残。私の熱はかきたてられる。

 私はこんなにあの人を恋慕っているのに。

 温度差の無情さ。苦しくなる。

 蜜月の時、あの人は私の体にたくさんの印をつけた。自分のものだと誇示するように。

 今は、あの人は自分の欲望をはなつことだけに集中する。私に印をつけるのは避けようとする。

 私は起き上がる。裸身に羽織る薄衣。

 蝉の声が聞こえ始めた。夏の一日がはじまった。

 私はあの人の訪れがあるまで、抜け殻のままだ。

 

 

眠る

2021-07-23 09:27:00 | 
眠りに落ちて
やっと仮面を外した
微かにいびきをかいて
美しい寝顔なんてないよ
でも
寝ている時だけ
胎児に戻れる
安心しきって
母親に抱かれているように
毛布にくるまって眠る