天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

借景の桜

2019-03-31 19:20:55 | ショート ショート
まだ、桜は咲き始め。蕾が半分。開いたのが半分。これくらいを愛でるのが、ちょうどいいのか。固い美しさ。未来の担保がある。

麻耶は、ちょっぴり苦々しさを感じながら、ベランダから桜を見る。でも、これは、お門違いの感情だ。桜は季節になれば、咲く。種の導きに、従っているだけだ。それにいろんな感情を付随させるのは、人間なのだ。

つまんない人間になったもんだ。麻耶は自嘲しながら、ベランダを開ける。うらうらとした春の日差し。淡い空の色と淡い桜の色のグラデーション。

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

麻耶は呟きながら、ベランダの前で胡座をかく。桜を見て、心がざわつくのは、ある意味、健やかなのかもしれない。桜は、短い間に、栄枯盛衰を見せる花だから。美しさに心奪われながら、散る時の胸の痛みを感じる花だから。

でも、桜は春になると再び咲くから。麻耶は、目を細めながら思う。今は、この桜を楽しもう。

春霞のような、薄濁りの酒を一口。するりと喉を通ってゆく。甘露、甘露。

昼下がりから、ゆるゆると飲む酒。まだ開ききらない桜を、眺める至福。

2人ではできなかったこと。1人になって、できたこと。

なんでも、いいこともあれば、悪いこともある。麻耶はうんと頷く。

訳が分からなくなって、苦しくなったり、自分を責めたり相手を責めたり。

もう、いいな。手放してしまおう。

麻耶は、強がりではなく、心からそう思った。

今の桜は、可愛らしい。満開になれば、艶やかになる。散り際は、その壮絶さに圧倒されるだろう。

その時その時を、楽しみ、受け入れればいいのだ。それを間近で見えるのは、ラッキーだ。

麻耶は、ふわふわとした気分で、また酒を飲む。開きかけの桜が、目に映った。


弥生のひとり寝

2019-03-28 19:26:02 | ショート ショート
夜半が過ぎた。体がほの温かいような、うすら寒いような。惑うような心持ちだ。

女君は、枕から頭をあげる。黒髪が流れるようにこぼれる。眠れぬのは、心が波立つせいだろう。あの人の訪れが、絶えて久しい。ひとり寝には、もう慣れたつもりでいたのに。弥生特有の、萌え出ずる時のざわざわに、呼応するのだろう。若さを失った自分には、辛すぎる季節だ。

白髪が混じり始めた髪。たるみ始めた目尻。血管が浮き出し始めた手の甲。

若さを失い始め、老いのとば口に立つ。どうすればよいのか、途方にくれてしまう。

すべてを諦めるには、まだ欲望が生々しく残る。すこしでも望めば、欲望と現実の狭間で苦しむことになる。

もっと年をとったとしても、死の間際に臨んだとしても。

私は、きっと欲望を抱えたままだわ。女君は、哀しみながら、確信していた。

何も諦めないまま、抱いて欲しいと狂おしく思いながら、あさましい畜生のまま。

死んでいくのでしょう。

女君は、乾いた目で冷たく自分を突き放しながら、自らを憐れんでいた。

今宵は新月。闇の中に沈む夜。

あの人に、思いはない。

けれど、寂しい。

そんな身勝手な心を持て余しながら、女君は、眠れぬ夜を過ごす。

優しくない

2019-03-21 09:57:44 | 
おためごかしばかりを言う
優しくない

したり顔で正論ばかりを言う
優しくない

先回りしてすぐ手を貸す
優しくない

見て見ぬ振りで手を貸さない
優しくない

すべてを飲みこんで受け入れる
優しくない

すべてをはねつけて受け入れない
優しくない

向きあうこと
話しあうこと
許しあおうとすること
わかりあおうとすること

裁かないこと
断じないこと
流されないこと
手ばなすこと

耳を傾けること
いいかげんであること
謙虚であること
毅然とすること

本当の意味で
優しくあるためには
優しくなるためには

たくさんのハードルがある

私はため息をついて

はるかかなたの
優しさの地平を見る

なんて険しい道のりなのだろう
なんて遠い道のりなのだろう

世界はますます
理論と力で武装する

世界ははっきり
正義と嘘で武装する

それを信じてしまえば
それに身をゆだねれば

加害者になり
被害者になり

だれかを憎み
なにかを憎み

だれかを壊し
なにかを壊す

だから

優しくありたいと思う

自分が憎まれるのは嫌
自分が壊されるのは嫌

嫌だから

等しく

だれかを憎みたくない
だれかを壊したくない

優しくあることは
自分の足らずを知ること

優しくあることは
人の思いを知ること



世界は優しくない

けれど

それが糾弾できるほど

私は優しくない

それでも

世界が優しくないことを認識し

自分が優しくあろうと努力する

それしか

世界と対峙するすべはない

梅香る

2019-03-18 19:03:50 | 
寒さに耐えて
静かに咲く

春を寿ぎ
静かに咲く

雪月花
雪月花

白い雪を纏い
静かに咲く

銀の月に浮かび
静かに咲く

あまりにも静謐で
あまりにも清冽で

そして

生命力に満ちている

けれど

声高ではなく

ただ

佇む

凛と咲き

香り高い

春の先立