天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

昔 メデューサは泣いた

2013-02-22 20:52:00 | 
メデューサは泣いていた
蛇の髪の毛を震わせ
見る者を石に変える目は
青銅の手で覆われ
メデューサは泣いていた
黄金のはねを持つ怪物
醜い顔を持つ怪物
メデューサは泣いていた

美しい少女だった私
美しい髪を持った私

ただあの人を愛しただけなのに
愛しあったことが
彼女の逆鱗に触れた

美しい少女だった私
美しい髪を持った私

ただ美しさに自惚れただけなのに
自慢したことが
彼女の逆鱗に触れた

恐ろしい
汚らわしい
化け物になった

メデューサは泣いた
己の不幸を嘆いた

幾星霜の時を超え
メデューサは泣かなくなった
一粒の涙さえこぼさない

目を大きく見開き
あらゆる者を石に変え
猛々しく吠え
あらゆる者を恫喝し
髪の蛇を逆立てて
あらゆる者を殺めていく

怪物である自分を
たった一人で受け止めた
メデューサは
ただ化け物らしく
振る舞っていた

もうメデューサに悲しみはない
もうメデューサに嘆きはない

もうメデューサに慈しみはない
もうメデューサに憐れみはない

牙を剥いて
戦うのみ

メデューサがかけた石の呪いは
メデューサの涙でとけると言う

でも

メデューサはもう涙を流さない

永遠に

メデューサの心に血が通うことはない










双頭の蛇

2013-02-17 07:26:44 | 小説
隆君と私は手をつないだまま、夕顔を眺めていた。むせるような甘い夕顔の香がたちのぼる。ほのかな月の光。私たちの輪郭は闇に溶け、曖昧になっていた。夕顔の白い花だけが闇に紛れることなく、くっきりと浮かび上がっていた。私の中で、夕顔の印象が変わっていく。夕顔は夜にひっそり咲く花のせいだろうか、かの有名な『源氏物語』の登場人物である夕顔の愛らしく消えそうな雰囲気、悲劇的であっけない最期のせいだろうか、はかない、寂しげな印象があった。しかし、実際の夕顔は違う。花は生き生きと咲きほこり、葉を茂らせ、大きな実を実らせていた。力強く、凛と大地に根を張っている。私は夕顔の生命力を見ているうちに、心の揺れがおさまってきた。迷いが消えた。そうだ、『源氏物語』の夕顔だって、受け身のようでも自分の愛の形を生ききったのだ。私は何を怖がっているのだろう。隆君とはまだ始まったばかりだ。愛の形さえ見つかっていない。欲望も愛情も聖女も魔女も痛みも喜びも私の一部であり、すべてだ。それはわかち難く結びついている。そして、この恋は私だけのものではない。隆君のものでもあり、私達二人のものでもあるのだ。それを忘れずにいよう。忘れそうになったら、夕顔を、隆君と見ているこの夕顔を思い出そう。私は夕顔を目に焼きつける。
「夕顔…」
私は知らず知らずのうちに、つぶやいていた。隆君はふいに私の手を強く握り直した。私は彼への愛しさがこみあげてきた。私は隆君を愛している。そう思った途端、私の中で、相争っていた双頭の蛇が消え去った。私は蛇の二つの頭が一つになり、光に満ちた天に召されていくのを心の中で見た。それは静かな静かな光景だった。

〈終〉

双頭の蛇

2013-02-16 22:52:07 | 小説
「えっ、なに。」
隆君は低い声で聞き直す。私は彼の声に撫でられる。満足のあまり、猫のように喉を鳴らしそうになった。私は夕顔の香りがすると答えた。隆君は、夕顔が見たいとうれしそうに言った。彼の好奇心に満ちた目。楽しげにきらめく目。なんて美しい。なんて尊い。彼は天からの贈り物だ。私は泣きそうになった。隆君は私の手を握る。骨ばった大きな手。私を包みこむ滑らかな手。また、私の体は反応する。熱く、力強く血が体の隅々まで行き渡る。彼は私のすべてをむき出しにする。私は自分の清らかさと淫らさを痛感し、この身が二つに引き裂かれそうになる。隆君は私の手を優しく握り直す。私は心が乱れたまま、ふらふらと歩き出す。彼は黙ってついてくる。月はさやかに、体は熱く、心は双頭の蛇が争ったままだ。

双頭の蛇

2013-02-05 21:30:54 | 小説
「困るわ。」
私はうろたえる。隆君は私の激しい動揺に驚いたようだ。目を見開いて私を見つめている。私は彼の真っ直ぐな視線を受け止めることはできなかった。私の愚かな魂を見透かされるのが怖かった。私は馬鹿の一つ覚えのように困ると繰り返し、隆君の視線を避けてかぶりを振り続けた。彼は力強さと繊細さをあわせもった手で、私の顎に触れた。私はおののいた。強引でありながら優しく、私の顔をあげさせた。隆君と目が合った。彼の目は私への恋情に満ちていた。もう駄目だ。私は思った。私の理性の砦は破れた。彼のほとばしる気持ちに抵抗できない。隆君は私を抱きしめた。私はもうなすがままだった。隆君への欲望が堰を切ったようにあふれ出す。もっともっと、強く抱きしめて。壊れるぐらい抱きしめて。私は心の中で叫んでいた。 彼の胸の鼓動を、彼のにおいを感じていたかった。ふいに隆君は私の耳に、まぶたに、頬に、唇をつけた。まるで私が美しい宝玉であるかのように口づける。私は甘くため息をつく。私は隆君の中に溶けてしまいそうだった。私の細胞の一つ一つがもっともっとと彼を求めている。私は無意識に唇を隆君に向け、口づけを誘った。私達は唇を合わせた。私は固く目を閉じていた。隆君に体のすべてをあけわたす。隆君に心のすべてを傾ける。私は彼の海に浮きつ沈みつ、漂っていた。彼のすべてを、彼の芯にある命の炎さえもむさぼっていた。隆君はゆっくりと唇を離した。私はゆっくりと目を開けた。彼の息はあがり、顔は紅潮していた。私も同じような反応を示しているのかと思うと、少し恥ずかしかった。隆君にすべてを与えた証だから。乱れた呼吸を整えるために、私は少し息をついた。空気の流れのせいだろうか、甘いかおりが強くなっていた。私は思わずつぶやいた。
「夕顔の香り。」