天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ピンキーリング

2012-06-27 06:19:20 | 小説
「最初この部屋に入った時、変な部屋やなと思ってん。なんか、家族が自分の好きなものを置いたみたいな感じ。ばらばらな好みを詰め込んでるなって。でも不思議なんだけど、ずっといてたら、落ち着くねん。多分、めちゃくちゃのようでも、ちゃんとバランスがとれてるんやろうな。うまく説明できへんけど。」
明日香は笑顔になる。うれしそうだ。
「ありがとう。」
翔太は照れくさくなる。頭をかきながら、ぼそぼそ言う。
「そんな礼を言われるほど、たいしたこと言ってないし。」
「そんなことない。うれしかった。」
明日香は優しく微笑む。彼女の目は笑うと三日月形になった。翔太はその三日月形の目がとてもかわいいと思った。そう思うと、急に彼は落ち着かなくなった。動悸がして、脈拍が速くなって、顔に血が上った。それをごまかすために、翔太は話を変える。
「で、なんで俺を叩き起こしたん。」
「田中さ、あたしが捕ってきたみみずをほとんど逃がしちゃったでしょ。」
明日香はにやっと笑う。
「だから、おとしまえつけてもらおうと思って。」
翔太はちょっとびびる。
「おとしまえてなんやねん。」
「みみずを一緒に捕りに行ってもらう。」
たいしたことではなかったので、翔太はほっとする。
「なんや、そんなことか。どこで捕るん。」
「近所に川があるねん。そこの土手で捕るつもり。」
「了解。」
「ちょっと用意するから、先に玄関出てて。」
「わかった。」
翔太は先に玄関を出る。ドアの横のコンクリートの壁にもたれる。背中にざらついた質感とひんやりした感触が伝わる。ぼんやりと空を見上げる。雲はなくなっていた。抜けるような青空。
「お待たせ。」
明日香が玄関から出てきた。ドアの鍵を閉める。彼女は黄色いバケツを持っていた。そこには2本、スコップが入っていた。そして、青い水筒を斜めがけにしていた。彼女は言う。
「じゃ、行こっか。」
2人は外に出る。強い日差し。太陽はほぼ空のてっぺんで輝いていた。頭にまともに日差しが突き刺さる。どこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

ピンキーリング

2012-06-25 20:12:24 | 小説
「ちょっと、起きてよ。」
翔太は強く揺すぶられる。彼は反射的にその手を振り払う。
「信じられへん。」
つぶやきが聞こえる。その声を聞き流し、翔太がまた眠りに落ちようとした瞬間、
「起きろ。」
耳元で怒鳴られた。翔太はびっくりする。自分の膝の上に載せていた手が滑り落ちた。翔太は目が覚める。ゆっくりと目を開ける。明日香がにやにやと笑っていた。
「起きましたか。」
翔太は自分が一瞬、どういう状況にいるのかわからなくなった。ぼんやりと明日香を見上げる。その顔を見て、彼女は爆笑する。
「何、その顔。田中、今どこにいるか、わかってるん。」
明日香のからかうような口調に、翔太はむっとする。頭がはっきりしてきた。明日香はいつもの彼女に戻っていた。翔太はほっとする。いろんな気持ちが混じり合う。
「わかっとるわ。山川が急にでかい声だすから、びっくりしただけじゃ。」
「だって、起きないから。普通、初めて来たうちで寝るかあ。」
「それだけこの部屋は居心地がええねん。」
「何それ。変なお世辞。」
「いや、お世辞ちゃうで。」
急に翔太は真面目な顔になる。

ピンキーリング

2012-06-24 09:06:30 | 小説
翔太は、明日香が今まで蓋をしてきた感情を彼女の目の前にぶちまけた。明日香は自分が見て見ぬ振りをしていた真実に打ちのめされる。そんな彼女の様子には目もくれず、翔太は無邪気に無慈悲に言葉を続ける。
「お母さんに、お姉ちゃんと比べるのはやめてって、はっきり言ったらええねん。それですっきりするやん。簡単な話や。」
明日香の中で張りつめていた何かがきれる。翔太の今の言葉がまったく聞こえなかったかのように、淡々と話し始めた。
「お母さんが、あたしのこと嫌いなのは当たり前や。そりゃそうやわ。いいお姉ちゃんやねん。けど、優しくされたらされたぶんだけ、みじめになんねん。お姉ちゃんの近くにいたら、苦しくなる。そんな気持ちになるなんて、ほんま、根性ねじ曲がってるわ。嫌になる…」
声がだんだん小さくなっていく。明日香はしゃがみ込んで、顔を伏せてしまった。彼女の異変を見て初めて、翔太は自分が明日香を追い詰めてしまったことに気付いた。彼は慌てて、明日香の顔を覗き込もうとするが、彼女は顔をそむけて翔太を拒絶する。彼はどうすればいいのかわからない。途方にくれる。翔太は明日香の横に座り込む。彼女は相変わらず顔を伏せたままだ。彼は彼女を盗み見る。Tシャツから伸びる日焼けした腕。手自体は小さいが、指は長い。手首にうっすらと浮かぶ静脈。足は裸足だった。ジーンズの裾からのぞく足首には力強い腱が走っている。足首は日に焼けておらず、驚くほど白い。足の爪は愛らしい桜色で、小指までちゃんと形のいい爪が並んでいた。翔太は明日香の健やかな美しさや、動物的なおおらかさを彼女の末端から感じた。彼は明日香の手足をぼんやりと見続ける。光が燦々と降り注ぐリビング。2人の短い影が並んでいる。翔太はだんだんと眠くなる。彼は目を閉じる。眠りの渦に引きこまれる。意識が遠のいていった。

ピンキーリング

2012-06-22 06:30:34 | 小説
翔太は、飲み終えたグラスをシンクに置く。手持ち無沙汰になった。彼はリビングに移動する。写真を見ようと、飾り棚の上にあるコルクボードに近付いた。どこかの湖の前で撮った家族の集合写真があった。明日香、父親、母親、姉の4人が写っていた。明日香は父親に似ていた。彼女の姉は、母親に似ていた。母親と姉は、口角を上げて、微笑んでいる。父親は戸惑ったような顔、明日香はしかめっ面で写っていた。翔太は明日香のへの字口を見て、もう少し笑えばいいのにと思った。
彼は貼ってある写真を見続ける。姉の写真が多かった。バレエをしている写真がほとんどだった。スポットライトを浴びて、踊っている写真。舞台用メークで、花束を抱えて、微笑んでいる写真。黒いレッスン着で、柔軟体操をしている写真。どれもひたむきで、美しい写真だった。この人は、本当にバレエが好きなんだなと翔太は思った。彼は魅入られたようにその少女の写真を見ていた。
「あたしのお姉ちゃん、きれいでしょ。」
いきなり背後から声をかけられて、翔太はびっくりする。いつの間にか明日香が、彼の後ろにたっていた。
「山川んち、4人家族なんや。」
明日香は頷く。翔太は何の気なしに聞く。
「おまえのお姉ちゃんの写真、多いな。」
「そりゃあ、うちの期待の星ですから。お母さん、写真撮りまくりですわ。」
無表情。静かな声。翔太が何度か遭遇した冷やかな態度。彼は明日香に、今まで感じていたことを思い切ってぶつけてみる。
「山川、もしかして、自分のお母さんやお姉ちゃんのこと、本当は嫌いなんちゃうん。」
明日香は不意をつかれて絶句する。少し沈黙が流れる。彼女は声をしぼり出す。
「なんで。なんでそう思うの。」
「だって、2人の話題になるたびに山川の機嫌が悪くなるから。」
「嘘。」
彼女は気付いてなかったようだ。ショックを受けた顔をする。
「そんなことないよ。あたしはお母さんを嫌いだと思ったことない。お姉ちゃんのこと、尊敬してる。きれいだし、バレエも上手だし、性格もめっちゃいいねんで。あたしにも優しくしてくれる。ほんとやで。いつもお母さんに、お姉ちゃんを見習いなさいて言われてるぐらいやし。」
「なんか、かわいそうやな。」
「なんで。」
「いつも比べられてるから。それってむかつくけど、お姉ちゃんが完璧すぎて文句も言えへん。腹立つし、いらいらするけど、それを誰にもぶつけられへんのはつらいんちゃう。」

ピンキーリング

2012-06-20 06:15:05 | 小説
明日香は戸棚からグラスを出した。翔太は慎重にカルピスを計量カップで計る。計り終わったら、丁寧にグラスに注ぐ。ミネラルウォーターもきっちり計量カップで計ってから、グラスに注いだ。マドラーでかき混ぜて、明日香にグラスを渡した。彼女はカルピスを飲む。
「ちょうどいい。おいしい。」
「やろ。カルピスはカルピス1、水4の割合がベストやねん。」
「へえ。いつも計ってるん。」
「そう。」
「面倒くさ。」
「おいしく飲めるほうがいいやん。」
「まあね。」
明日香の気のない返事に、翔太は苦笑する」
「山川、やる気ないやろ。」
「そんなことないよ。覚えてたら、思い出したら、やるよ。多分。」
「絶対にやらへんな。俺のカルピスは自分で作ってええかな。」
「ええよ。好きに作って。」
明日香はちょっと汗ばんだTシャツをつまむ。
「汗でびちゃびちゃや。ちょっと着替えてくるわ。」
「どうぞ。」
翔太はカルピスを作りながら、答えた。彼女はキッチンから出て行った。彼はできあがったカルピスを飲み干した。