白い白い病室。大きくきられた窓。私は窓際のベッドから、光のふりそそぐ外を見る。春の気配が漂う空。外に駆け出したくなるような陽気だ。
少し前の私なら、ありがたみを感じることもなく、外に出て、花粉や紫外線に顔をしかめていたことだろう。自分の意思で動けるのは、神があたえたもうた奇跡だというのに。
私は、ゆっくりと体を起こし、上半身と動く片足を使いながら、ベッド脇の車椅子に移る。誰の助けも借りずに、車椅子に乗り移ることができるようになっただけでも、嬉しく感じる。自由というのは、できなくなって、はじめてその尊さがわかるものだ。
小さな手さげカバンに財布とスマホだけを入れて、車椅子で、談話室に行くつもりだった。車椅子の操作は、まだ不慣れだ。相部屋の方のベッドにぶつからないように、ゆっくり進む。
けれど、向きを変える時に、向かいの方のカーテンにあたってしまった。閉まっていたカーテンが揺れる。
「ごめんなさい。」
私は謝る。無言で、動いたカーテンが閉まる。私は少し落ち込んでしまう。ちょっとしたことも、うまく扱うことができない。自分の体を自分の思うように動かせないのは、予想外にストレスがかかるのだ。
昼食後すぐの、昼下がり。あちらこちらに、食べ残しのトレイが置かれたワゴンが置いてあった。動くことがないので、そんなにお腹も減らないものだ。無為な日々は、食べる気力もわかない。でも、体力をつけるには、食べるしかない。その葛藤の毎日だ。それが、痛いほどわかる。完食されているトレイを見て、人ごとながらにほっとする。そんなワゴンをよけながら、談話室に向かう。
昼食が終わったばかりなので、見舞客も少ない。閑散とした談話室で、お気に入りの窓際の席に進む。椅子を四苦八苦しながら、引きずり出し、車椅子のスペースを作る。
光に満ちた窓から、公園の池が見える。池の周りの遊歩道の桜は、まだ、三分咲きほど。でも、この暖かさなら、明日にはもっと咲くだろう。池には、かるがもの親子が列を作って、泳いでいる。おぼつかなく泳ぐ子がもがかわいらしい。
スマホに、ヘッドフォンをつなげて、音楽を聴く。今、繰り返し繰り返し聴いている曲がある。
今の私にまっすぐ届く曲。生への希求を感じる曲。
「I fly…」
その瞬間、光が射した。
そして、私は気付いた。
私には、未来があることを。
inspired by
「LAY YOUR HANDS ON ME」
by BOOM BOOM SATELLITES