天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

キスして

2022-01-06 21:01:00 | ショート ショート

冬の海は冷たい。風が吹く。ニット帽を深くかぶり直す。耳たぶが痛い。
 
 海はどんよりとした灰色だ。光を内包しているようには見えない。マットな灰色。
 
 ざらっとした紙をくしゃくしゃにしたような波が立っている。

 平日。冬の海。曇天の空。内海の砂浜。人は少ない。

 せいせいする。

 寂しいけれど、誰とも喋りたくない。

 自分勝手な思いでくさくさしている私には、ちょうどいい場所。

 右ポケットのスマホが振動する。

 今は、ちょっと知らないふり。

 顔が強張るような冷たい空気。潮の香りが鼻を刺激する。

 砂浜に足を取られながら、ゆっくり歩く。 

 波打ち際。打ち寄せる波が白く泡立つ。穏やかな外気であれば、いつまでも見ていられるけれど。

 今はあまりにも寒い。

 私はブルっと身震いをして、カイロがわりの缶コーヒーを左ポケットから取り出して握る。

 冷めないうちに飲んでしまおう。

 歩きながら、飲む。

 コーヒーとは名ばかりの生ぬるい甘ったるい液体が喉を通り抜ける。

 やはり少し冷めてしまっていた。

 頭も少し冷えた。

 不貞腐れた気持ちも、いらいらしていた気持ちもトーンダウンした。

 私は

本当に疲れてたんだ。

 だから、

ささいな行き違いに我慢ができなかったんだ。

 寂しいという目盛りがぐっと上がった。

 スマホをかけ直す。ラインじゃない。声が聞きたい。

 ワンコール。すぐ出てくれた。ほっとする。

 「ごめんなさい。さっき出なくって。ごめんなさい。あんな態度取って。…うん、うん。甘えてしまって。いやな気持ちにさせてごめんなさい。」

 「今、とても寒くて寂しい。あなたとキスしたい。今。すぐにでも。」

 私は、今の気持ちを素直にこぼす。きっと波のせいだ。



いちご飴のキス

2021-07-01 19:13:00 | ショート ショート

カナタくんは、かわいい。さらさらの髪。薄い背中。すりガラスのような声。そして、そのかわいさを恥じてはいない。けれど、そのかわいさを強調しない。あざとさがない。自然体。「無知の知」ならぬ「無知の美」だ。

 なんて。

 私はカナタくんに恋してるから、全てが素敵に見えてるのは、わかってる。低い身長、少し背中を丸めて歩く癖、地味な感じかもしれない。

 だからこそ、私はカナタくんを独り占めできるんだ。ラッキーなことだ。

 「柏井さん、苺はもうちょっと水気をきってからの方がいいから、まだ飴は作らなくていいよ。」

 今、私はカナタくんのお家のキッチンにいる。隣にはカナタくん。甘酸っぱい苺の香り。洗ってヘタを切った苺は丁寧に拭いて、キッチンペーパーの上にのせてある。

 カナタくんと2人でいちご飴を作ることになったのは、成り行きだ。

 私とカナタくんは、とある雑貨屋で働いている。私はフリーター、カナタくんは大学生。

 カナタくんは、かわいいものが好きで雑貨も好き。雑貨屋のディスプレイに一目惚れして、バイトさせてください!と押しかけバイト⁈を強行した情熱の人でもあるのだ。

 職がなくて困っていた私。叔母がたまたま雑貨屋のオーナーであったため、働き始めたのだ。特に雑貨が好きだったわけではない。

 そんな対照的な2人だ。

 そうそう、いちご飴を作ることになったのは、たわいもない話がきっかけだった。

 私が、ディスプレイの埃を払っていた時のこと。ガラス細工のいちごが、あまりにも赤くてきらきらしててかわいかったので、思わず、

 「いちご飴みたい。」

とつぶやいたのだ。

 カモメのモビールを吊るしていたカナタくんにその声が聞こえたみたいだ。

 「いちご飴がどうかしたんですか。」

 「このいちごのガラス細工、いちご飴みたいじゃない?」

 「あ、本当だ。」

 「いちご飴…なつかしいなぁ。よく縁日で食べてたなぁ。」

 「いちご飴、好きなんですか?」

 「見た目、かわいいじゃない?それにりんご飴ほど大きくないから、飽きずに最後まで食べれるし。酸っぱさと甘さのバランスが、好きだったなあ。今は、食べることないけど。」

 「材料、いちごと砂糖と水ですし、簡単にできますよ。」

 「ひとりで、そんなめんどくさいことしないよ。」

 「じゃあ、僕のうちでいちご飴作りません?なんか、話してたら食べたくなっちゃった。俺も1人だったらしないし。」

 カナタくんは、さらっと続ける。

 「柏井さんとだったら作る気になれるし。」

 え、いきなりお家に訪問?

 私は少しどきどきしながらも、しれっと言った。

 「しょうがないなあ、行ってやるか。」

 カナタくんは、笑う。

 「よろしくお願いします。」




 …というわけで、私はカナタくんの家のキッチンで、いちごを竹串に刺している。


 「もうそろそろ飴作りましょうか。」

 カナタくんは、砂糖瓶を取り出した。六角形の硝子瓶。

 「砂糖瓶ひとつとってもかわいいねえ。」

 「え、袋ままだと不衛生だし、使いにくくありません?」

 「料理してる人の発言だね。それに、この砂糖瓶、うちで置いていたやつじゃない?」

 「そうですよ。いつも使うものは、気に入ったもので揃えたくて。」

 うーん、かわいい。私なんぞ、砂糖はインスタントコーヒーの空瓶にぶちこんである。なんだ、この差。ま、いいや。

 「えーと、水と砂糖…これぐらい?」

 「え、待って。」

 カナタくんが鍋に適当に砂糖を入れようとする私の手に触れた。

 「量って入れましょう。いつもやってるわけじゃないでしょう?」

 思ったより大きな手。

 「…はい。」

 私はちょっとしゅんとする。

 「大雑把でごめんね。」

 「慣れてたら、目分量でもいいんでしょうけどね。」

 カナタくんは、優しい。

 砂糖液が煮詰まるのを見守る。スマホのレシピをカナタくんは、もう一回チェックする。

 「いい感じに砂糖液が煮詰まるまで、混ぜちゃダメなんですって。結晶化するから。」

 「焦るな、てことだね。」

 「そうですね。」

 とはいえ、

 焦がしちゃ大変。目が離せない。私1人だったら、黒焦げにする自信しかない。

 「カナタくんがいてくれてよかった。」

 「え、どういうことですか。」

 「いや、私だけだったら絶対目離して焦がしてたから。ていうか、こんなめんどくさいことそもそもしないけど。」

 「今までの工程、全否定ですか。」

 「じゃなくて、カナタくんと一緒にできて、楽しいから良かったてこと。」

 「それはそれは。」

 カナタくんの顔が少し赤くなった。私は、気づかないふりをする。

 「カナタくん、いい感じな飴になってない?」

 「そうですね。」

 鍋を火からおろす。竹串に刺したいちごを飴の中でくるりとまわす。いちごが飴を纏う。

 「薄くつけた方が美味しいみたいですよ。」

 「了解。」

 2人は真剣にいちごを飴につけていく。次々といちご飴ができていく。

 「あまった飴は、もうちょっと飴色になるまで火を通してべっこう飴にしときましょう。」

 「はーい。」

 私が煮詰めている間に、カナタくんはクッキングシートと、爪楊枝を用意してくれた。

 私がクッキングシートの上に丸く垂らす。カナタくんが、丸く垂らした飴に爪楊枝を置いていく。金色の丸がクッキングペーパー一面に出来上がった。

 「ふうー。」

 「お疲れさまでした。」

 カナタくんがペコリとお辞儀をする。私はニコリと笑いかける。いいコンビネーションだ。

 「アイスティー、飲みますか?」

 「いいの?」

 「柏井さんが来るから、用意してたんです。」

 「うれしい。ありがとう。」

 カナタくんは、冷蔵庫からピッチャーを取り出した。そして、グラスに注ぐ。琥珀色のアイスティー。

 「ミルク、レモン、ストレート、どれにします?」

 「ストレート!」

 「ガムシロップもありますが。」

 「いちご飴を食べるから、いいかな。」

 「俺も、おんなじこと思いました。」

 グラスをもらう。

 「いただきます。」

 ごくりと飲む。ちょうどいい濃さ。喉を気持ちよく通っていく。

 「おいしい!」

 「よかった。…もうそろそろいちご飴、固まったかもしれません。」

 カナタくんが、出来上がったいちご飴を持ってきた。固まって、つややかにひかるいちご飴。

 「かわいいですね。」

 「食べるのがもったいないくらい。でも、おいしそう。」

 「いただきましょう。」

 「いただきます。」

 かぷり。一口で口の中に消える。カリッとした飴の食感とフレッシュないちごの食感。甘くて酸っぱくて…。

 私はカナタくんを見た。もう一本目に手を伸ばしていた。ちょっと伏せ目になっているせいか、長いまつ毛が目の下に影を作っていた。

 「ねえ、カナタくん。」

 「はい。」

 「…キスしてもいい?」

 「え⁈」

 「嫌だったら逃げて。」

 私は、素早くカナタくんに近付いて彼にキスをした。

 カナタくんは、逃げなかった。逆に私をぎゅっと抱きしめた。胸の音がする。私は、溶けそうになった。

 もう一回、私たちはキスをする。

 甘くて酸っぱいいちごの味がした。



掌上小説集

2020-05-25 21:38:00 | ショート ショート
「布団のお昼寝」
ぽかぽか日差し。ベランダに干されて、ひと休み。今日は、休日。世界は、おっとりうらうらまわってる。街路の若葉が光る。燕が滑るように飛んでいく。草の香りがする。生き物たちの生命の輝きが、増す季節だ。
 気持ちがいい。だんだん眠くなる。とろとろと眠りに落ちる瞬間。それを、至福という。




「カシオペヤの罰」
 私は北の夜空で、星座となった。椅子に縛りつけられ、北極星のまわりをグルグルとまわり続ける。逆さにぶら下がることもある。未来永劫。神を冒涜した罰だ。
 私の娘は、美しかった。神の息吹がかかるものより、美しいと自慢した。それの、何が悪いの?傲慢?不遜?愚か?事実を述べただけなのに!
 その結果、多くのものを失った。あんなに愛した娘すらも。娘の私を見る目!あの蔑んだ目を忘れることはない。
 北の夜空で晒し者になりながらも、まだ、私は罪を犯したとは思っていない。







「ツツジの誇り」
 自分は、ツツジ。街路に植えられたツツジだ。自分達は、車の排気ガスにも耐えるタフさを持ち、空気を浄化する作用もある。無粋な街路を彩るために、自分達は、ここにいる。
 5月、自分達が、鮮やかな花を咲かす季節だ。甘い蜜を蓄え、蝶や蜂が蜜を求めてやってくる。人間達が、自分達を見て、眉間のしわを緩める。 
 自分達は、ただそこにあるだけなのだが、多くの虫達を守り、人間に微笑みをもたらす。自分は、それを誇りに思っている。

夜の砂を噛む

2020-05-14 12:12:00 | ショート ショート
 心が欲しいと思うのは、大きすぎる望みなのだろうか。
 夜は、更けた。私は、仰向けのまま、闇をぼんやりと見る。
 彼は、背中を向けて、軽くイビキをかいて眠っている。
 私を求め、私を揺らし、私を濡らし、満足した彼は、私を放り出して、眠りについた。
 
 私は、独りだ。
 
 独りではないことを証明しようとして、ここにいるつもりだったのに。独りを食めば、空っぽになる。
 空っぽな心は、貪欲で、もらってももらっても、もっともっとと欲しがる。
 
 私は、寂しかったのでしょう?
 一人が嫌だったのでしょう?
 抱き合いたかったのでしょう?
 それは、クリアしたのではないの?


 もう一人の私は、私に問いかける。
 
 こんなの、物理的に一人でいるより、独りだ。
 
 もう一人の私に、私は叫ぶ。
 
 一人なら、諦めがつく。独りは、心が冷たく壊死しそうになる。私は、寂しくて寂しくてたまらない。
 彼は、ただ、器が欲しかっただけ。欲望を満たす器。私でなくてもいい。こんな、代替可能な部品みたいな扱い…。
 
 いや、いっそ物みたいに、扱われたら、まだましだったかもしれない。自分が、物だと、心がないと思い込めたかもしれないから。

  でも、彼は、私を人間として扱った。私が人間で、心があると思い知らすかのように、傷つけた。もちろん、彼には、そんな意図はなかっただろうけど。
 
 目の前の欲望に、忠実だっただけ。
 欲望の果実を、貪欲にもぎ取ろうとしただけ。
 だからこそ、私を人間として、奈落の底に突き落としたのだ。

  林檎を貪るまでは、優しく撫でて。林檎を芯まで喰らい尽くしたなら、それまで。私は、もういないも同然なのだろう。
 
 もう一人の私は、ため息をつく。
 
 それでも、いいと思ったのではないの?体だけだとわかっていたのではないの?本当は、期待してたんでしょ?
 体を許したら、心まで愛してくれると。
 甘い恋愛小説みたいな、戯言を信じたんでしょう?
 
 残念でした。
 
 もう一人の私は、残酷に笑う。
 
 もう、心身共に、ボロボロになってしまえばいいのよ。
 
 私は、その通りね、ともう一人の私にうなずく。
 
 壊れても、もういい。
 ブレーキのきかないバイクで、アクセルを踏んで、そのまま崖から落ちてしまいたい。
 
 私は、眠れない。
 
 このまま、喉に詰まるような、夜の砂を噛み続けるのだろう。

Nameless bassist

2020-04-21 18:15:00 | ショート ショート
観客のざわめきが、聞こえる。抑えきれない期待と興奮を感じる。すさまじいプレッシャーを感じる瞬間だ。

「彼」は、殻の中に閉じこもっているように見える。心を閉ざして、誰をも寄せ付けない。「彼」の強さと繊細さは、こんな時に、表れる。ステージ上の圧巻のパフォーマンスよりも、このステージ前の、「彼」の佇まいに俺は、アーティストとしてのすごみを感じる。

ギタリストは、ギターを抱え、淡々と、出番を待っている。彼は、静謐な頑固者だ。意見を曲げることはないが、ヒートアップすることも、あまりない。圧倒的な、存在感のあるギタリストではあるのだが、それを超越する冷静さを持っている。

ドラマーは、スタッフとまだ、談笑している。全く、緊張しているようには見えない。バンドの中で、1番怒りっぽく、1番人懐っこく、1番女性好きだ。ある意味、バンドの人間臭さを、担っているかもしれない。

俺は、隅で静かにそんな彼らを見ている。一応、バンドメンバーの一員であるはずなのだが、それにそぐわないような気がしてならない。10年以上一緒にやっているのだが、その違和感は、なくならない。多分、俺には、合っていない職業なのだろう。

ステージに上がる。観客のボルテージが上がる。最初の一音。俺たちと、観客が繋がる瞬間。

「彼」は、ステージに上がってはじめて、本来の自分に戻るのではないだろうか?観客にだけ、自分の魂を解き放つことができるのではないだろうか?

「彼」の伸びやかで、パワフルな声を聞くたびに、俺はそう思うのだ。

歌うドラム、オーケストラ的なギター、そして、観客にダイレクトに感情が伝わる声。

俺のベースが、俺のグルーヴが、その助けになればいい。

俺という個人の肉体を離れて、バンドという別の生き物になる。

俺には、それが恐ろしくもあり、誇りでもあるのだ。

俺は、ミュージシャンでありながら、自分で言うのもなんだが、エゴがあまりない。自分のプレイを前面に押し出したいとも思わない。バンドとして、ベストなプレイが出来たらいい。

自分が作った曲にしても、バンドとして、いい曲になればいい。

何というか、執着心がない。有名になりたいとも思ってない。バンドがすごすぎて、結果、有名になってしまったが。それは、自分にとっては、どっちでもいいことだった。

ステージという特等席で、素晴らしいバンドを体現している。そんな感覚が強い。俺は、このバンドの熱烈なファンであるだけなのではないだろうか。

時々、そんなことを思ってしまう。

音が弾ける。観客のパワーとバンドのパワーが拮抗する。

痺れるような、感覚に満ちてくる。

そして、ふと思った。

俺は、このバンドの一部である。

だからこそ、

名もなきベーシストと言えるのだと。

俺は、ステージをすぐに終わらせたいような、永遠に続けたいような、奇妙な感覚にとらわれた。