天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ピンキーリング

2012-04-01 20:41:24 | 小説
ぐちゅ。翔太は何かを踏んづけた。奇妙な感覚が足の裏に伝わる。思わず地面を見た。彼は声にならない声をあげた。ビニール袋の開いた口から、むにゅむにゅ、くねくねと何十匹ものみみずが這い出していたのだ。翔太はその何匹かを踏みつぶしていた。ぎょっとして彼は飛びのく。一匹二匹のみみずならなんともない。それに川の土手や庭の片隅、畑の中でみみずを見つけたのなら驚きはしない。しかし、こんなに大量のみみずがアスファルトの上を無防備な姿をさらして這いまわっているのは、不気味だった。長いの、短いの、太いの、細いの。胴体をくねらせてビニール袋に戻るの、ゆっくり歩道を横切るの、その場でのたうつの。さまざまな大きさのみみずがいた。そして、そのみみずたちは、オレンジ色の胴体を光らせてあちらこちらに散らばっていった。翔太は呆然とそのさまを見ていた。羞恥、身勝手な怒り、残虐性、屁理屈、今彼が抱えていた思いをすべてみみずは持っていってしまった。毒気をぬかれて、ただ翔太はつっ立っていた。気が抜けてしまった。憑き物が落ちたような気分だった。彼女は尻餅をついたままだった。その体勢のまま翔太を見上げ、にらみつける。
「ひどい。いきなりなんなん。なんで突き飛ばしたんよ。」
「だって、おまえ言いふらすやろ。」
「はあ。なにそれ。意味わからん。何を言いふらすん。ちゃんと説明してくれる。」
翔太ははっとする。しまった。彼女は何も考えてなかったんだ。自分の被害妄想のせいで、自らの首を絞めてしまった。自分で自分の恥部をさらすはめになった。今度は顔が青くなってくる。触れられたくない秘密。言いたくない。翔太は意味もなく時間を稼ぐ。手近にある街路のツツジをちぎる。手にべたべたした蜜がつく。気持ちが悪い。彼はTシャツでそれをぬぐう。彼女はそんな翔太の様子を見て、ため息をつく。そして、一人で立ち上がる。地面に落ちたままになっていたビニール袋を拾い上げ、その中を覗きこみながらつぶやいた。
「だいぶ逃げちゃったなあ。」
彼女にとっては、自分がいきなり突き飛ばされたことよりも、自分の持っていたみみずが逃げ出したことのほうが重大だったようだ。そんな彼女の態度を見ていると、翔太は急に自分の行為が馬鹿馬鹿しくなってきた。自分がどうでもいいことにこだわっているような気がしてきたのだ。つまらないことにとらわれて、彼女を突き飛ばした自分が小さく思えた。翔太は自分が彼女を突き飛ばした訳を言わなければならないと思った。気持ち悪がられようが、馬鹿にされようが、軽蔑されようが、言わなきゃいけないものは言わなきゃならない。他人に言いふらして欲しくはないけど、それは彼女が決めること。翔太は腹を決める。ただでさえ引っ込みがつかないのに、これ以上格好悪い姿はさらせない。