あの人は、帰っていった。夏の夜明けは早い。烏帽子を被り直したあの人。狩衣には私が調合した香りを燻らした。私の印。
一日、香りがたちのぼるたびに私を思い出してくれるかしら。
その時、愛しいと思うのか厭わしく思うのか。
今は端境なのだろう。
蜜月は過ぎた。とはいえまだ飽きてはいない。
嫌いになってはいない。とはいえ冷めてはきている。
次を探す程ではない。とはいえ誘いがあればのる。
あの人の気持ちはそんなところだろうか。
私は寝台の中で身じろぎをする。あの人のにおい。夜の名残。私の熱はかきたてられる。
私はこんなにあの人を恋慕っているのに。
温度差の無情さ。苦しくなる。
蜜月の時、あの人は私の体にたくさんの印をつけた。自分のものだと誇示するように。
今は、あの人は自分の欲望をはなつことだけに集中する。私に印をつけるのは避けようとする。
私は起き上がる。裸身に羽織る薄衣。
蝉の声が聞こえ始めた。夏の一日がはじまった。
私はあの人の訪れがあるまで、抜け殻のままだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます