天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

あとがき

2012-08-16 09:46:06 | 小説
閲覧、ありがとうございました。

みなさんの閲覧のおかげで、長い長い旅を終えることができました。

感謝の念でいっぱいです。

翔太と明日香の旅はこれで終わります。

少しでも飛んで頂けたなら、こんなにうれしいことはありません。

本当にありがとうございました。

ピンキーリング

2012-08-16 09:15:22 | 小説
朝。翔太は台所に向かう。翔太はお腹が減っている。彼は冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出した。母親が声をかける。
「おはよう。」
「おはよう。」
「あれ、シャワー浴びたん。」
翔太の髪は濡れていた。
「うん。起きたら、汗びしょやったから。」
「そんなに晩、暑かったけ。」
翔太はそれに答えず、ダイニングテーブルのほうを見る。父親が定位置にいる。いつものように新聞を読んでいる。翔太は覚悟をきめて、謝る。
「昨日はごめんなさい。」
父親は新聞をたたみ、脇に寄せる。翔太の目を見る。
「翔太は何が悪いと思って、謝ってるん。」
「昨日、学校をさぼってしまったから。お父さんやお母さん、先生や友達に心配をかけてしまったことを反省してる。」
父親は翔太をじっと見ている。怒ってはいない。静かに言う。
「そうやな、同じことは繰り返さないほうがいいな。ちゃんと先生や友達にも謝っとき。」
母親が父親に昨日の話をどう伝え、2人でそのことについてどう話し合ったかは、翔太にはわからなかった。ただ、話しはそれで終わった。翔太は拍子抜けした。手持ち無沙汰になるが、翔太は牛乳を飲もうとしていたことを思い出した。翔太はまた牛乳を口飲みしようとする。父親と母親が声を揃える。
「翔太、コップ。」
翔太は頭をかきながら、食器棚に向かう。その時、どしんどしんと階段を降りる音が聞こえた。姉が台所のドアを開けた。ふくよかな体を揺らしながら、台所に入ってきた。翔太はおずおずと声をかける。
「おはよう。」
少しの間。姉はぶっきらぼうに挨拶を返す。
「おはよう。」
翔太は反射的に姉の手を見た。

姉の指にピンキーリングはなかった。



〈終〉



ピンキーリング

2012-08-16 07:42:42 | 小説
違う音楽が流れてきた。金管楽器が奏でるファンファーレ。力強いバイオリンの音がかぶさってくる。シンバルが打ち鳴らされる。フルートがすごい勢いで駆け抜ける。マーチのリズムと繰り返しの旋律が、体を揺さぶる。みみず達はリズムに合わせて首を持ち上げ、ゆらゆらと揺れている。明日香は足を高く上げたり、くるんとターンしたりして踊っている。翔太もそれにつられて、踊るようにリズムに合わせて行進してみる。気持ちが高揚する。ぴょんぴょん跳ねる。驚くほど体が軽い。自分の体ではないようだ。明日香はしなやかに高くジャンプする。翔太は両足に力をこめて、飛び跳ねる。2人は思い思いに踊る。頭は空っぽ。心は浮き立ち、体は熱い。2人の衣装の裾が柔らかく翻る。淡いピンクと鮮やかなイエローが交差し、巻き上がり、舞い落ちる。みみず達も喜んでいるかのように、より激しく揺れている。重々しさと軽やかさが同居した曲。2人と2匹はただリズムに合わせ、旋律にのみ込まれ、我を忘れて踊っていた。ジャンと一斉に音がしたと思うと、唐突に曲が終わった。翔太も明日香も肩で息をしていた。翔太は視線を感じた。顔をあげると、明日香が彼を見つめていた。甘く、優しい瞳だった。翔太は今まで経験したことのない感覚に陥った。胸をつかまれ、お腹がとろけるような感覚。翔太は戸惑う。その戸惑いを消化する間もなく、次の曲が始まった。柔らかな音色のオーボエが聞こえてきた。物憂げで、夢みるようなハープ。重々しく響くホルン。ワルツのリズムを奏でるバイオリン。音が重なり、滔々と流れる。みみず達がまた音楽に合わせて踊り始める。今度は2匹向かい合わせになって、首を持ち上げ、片方が左に傾けば、もう片方は右に傾き、互い違いに揺れている。明日香は翔太の手を優しく取る。音楽に合わせて、明日香は翔太をくるりと回す。彼は思わずくるりと回る。黄色い裾がふわりと広がる。翔太は明日香をくるりと回す。彼女は優美にくるりと回る。ピンクの裾がふわりと広がる。2人は横並びに手をつなぎ、音楽にのって足を上げる。翔太は明日香の手首を握る。明日香の脈を感じ、彼女の脈と自分の脈が同調するのがわかった。翔太は明日香の腰を持ち、彼女を持ち上げる。彼女は羽ほどの重さもない。ふわりと舞い上がり、軽やかに足を広げ、音もなく地面に降り立つ。甘いシロツメクサの香り。翔太の目の前に霞がかかる。翔太は一瞬気が遠くなる。
翔太の意識が戻ってくる。いつの間にか夜になっていた。白い零れそうな大きな満月が浮かんでいる。冴え冴えとした光に満ちている。長い長い影が伸びていた。音楽は甘く流れ続けている。2人は手を握り合ったまま、くるくると回り続ける。翔太はもう明日香を離すことはできない。自分の体なのか、明日香の体なのか、わからないまま揺らぎ、絡まり、踊り続ける。翔太のイエローと明日香のピンクのワンピースは混ざり合い、溶け合ってしまう。翔太は熱くてたまらない。頭がくらくらする。明日香のささやき声が耳に届く。
「あの子たちを見て。」
翔太はぼやけた目の焦点を合わす。みみず達は前方のお腹をくっつけあっていた。それを見た瞬間、翔太の視界はまたぼやけてきた。甘い香りがどんどん強くなる。心臓の鼓動が激しく彼の肋骨を叩く。狂おしく脈が高まる。翔太の体は発熱する。破裂する。爆発する。熱い。熱い。ただただ熱い。

ピンキーリング

2012-08-15 21:11:00 | 小説
翔太は今、夢の中にいる。辺り一面、野草が咲き乱れた場所に立っていた。濃い草と甘い花のにおいが漂っている。蜜蜂が後脚に黄色い花粉をつけて飛び回っている。様々な草花が混じり合っていた。鮮やかな緑と極彩色。翔太はうんと伸びをした後、ぴょんと跳びはねた。下半身の感触がいつもと違う。翔太は自分を見下ろす。彼はレモンイエローのチュニックワンピースを身につけていた。袖口と裾はふんわりと広がり、二重のフリルがついている。夢の中での翔太はそれを当然のように受け止めていた。ためらいも戸惑いもなく、ワンピースのふわふわした感触を楽しんでいた。
その時、高らかにファンファーレが鳴り響いた。それに合わせて、どこからともなく明日香が現れた。彼女は淡いピンクのギャザーのたくさん入ったシフォンワンピースを着ていた。明日香の頭には、翔太が昼間に渡した花束と同じ花で作られた冠があった。彼女は冠を軽く手で触り、にこりと笑う。愛らしい歯がちらりと見える。
「花束を頂いたおかげで、すばらしい冠ができたよ。」
「それ、俺があげたやつなんや。」
「もちろん。それで、ささやかなんだけど、お礼がしたくて。」
明日香がそう言った途端、大きなみみずが2匹、頭にあたる部分に緑色の冠を捧げ持ち、しずしずとやってきた。そのみみずたちは、体長が1m20cm、直径が30cmぐらいで、明日香の腰のあたりまで体を持ち上げていた。彼女はみみずから冠を受け取る。四葉のクローバーでできた冠だった。明日香はそっと四葉の冠を翔太の頭に載せる。
「ありがとう。」
翔太は少し照れ臭い。明日香はおっとりと微笑む。みみず達は拍手をするように、体を持ち上げたまま、左右に揺らす。花の甘い香りが強くなる。ファンファーレがまた響き渡る。この地では、明日香は女王なのだ。彼女は翔太にささやく。
「踊ろう。」
音楽が始まった。少し物悲しいオーボエとハープの音。それにホルンやフルート、ティンパニ、様々な音色が混じり合って、聞き覚えのあるメロディーを奏でる。明日香はワンピースの裾をつまみ、おじぎをする。そして、爪先立ちになりくるくると回り始めた。ピンクのシフォンはふわりと広がり、彼女の真っ直ぐな足が見える。曲のテンポが少しづつあがるごとに、明日香の回転のスピードもあがる。翔太はその柔らかくも、硬質な美しさにあっけにとられる。悲しみと強さが交差する音楽。明日香は憂いを秘めながらも、何か解放されたように踊り続ける。翔太はただ目をみはって、立ちつくしていた。音楽が終わる。彼女も踊るのを止める。少し息が上がっている。腕を伸ばし、足を折り、優雅におじぎをする。翔太は思わず拍手をする。
「山川、すごい。」
明日香は微笑む。翔太は言葉を続ける。
「本当はバレエを踊りたかったんやな。」
彼女は微笑んだままそれには答えず、翔太に手を差し伸べる。
「踊ろう。」
彼は躊躇する。
「俺、バレエなんか踊られへんし。」
「音楽に合わせて踊ればいいし。ここでは、好きなように踊ればいいよ。」

ピンキーリング

2012-08-15 19:13:28 | 小説
その夜。翔太はベッドの中にいた。彼はへとへとだった。家に帰りついた時、翔太は腹が減りすぎて死にそうだった。それまでは、いろんなことが起こりすぎて、空腹を感じる暇がなかった。家に帰ってほっとした途端、猛烈な空腹に襲われた。手当り次第、食べることの出来るものは食い尽くし、母親を呆れさせた。お腹がいっぱいになったらなったで、今日一日の疲れがどっと出て、眠くてたまらない。まぶたが勝手に閉じてしまって、目を開けていられない。翔太は母親とほとんど言葉を交わすことなく、父親とも姉とも出会うことなく、早々にベッドに潜り込んだ。目を閉じたら、あっという間に眠りの世界に落ちていった。