天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ピンキーリング

2012-05-31 06:24:38 | 小説
翔太はいたたまれなくなる。彼女は無表情のままだった。怒っているのか、馬鹿にしているのか、憐れんでいるのか、笑いをこらえているのか、まったく見当がつかない。翔太は途方にくれる。思いきって、彼女に尋ねてみる。
「怒ってるん。」
「別に。」
「あきれてるん。」
「別に。」
「じゃあ、いったい何考えてるん。」
「田中て、気細かいというか、気にしいやなあと思った。」
「それだけ。」
「なんか、いろんな面倒くさいこと考えてるなあ、しんどそうやなあとは思うけど。人生、大変そうやな。」
「なんや、その感想。」
彼女の飄々とした受け答えに、翔太は度肝を抜かれる。
「おまえ、変わってんなあ。」
「変わってない。普通や。それよりおまえ、おまえて気安く呼ばんといて。ちゃんと名前を呼んでよね。」
「名前知らん。」
「信じられへん。おんなじクラスやねんで。」
「だって、おまえ学校では目立たないから、覚えられへんわ。」
「そういう問題じゃないと思うけど。ま、いいや。山川明日香です。よろしくお願いします。」
「はあ、こちらこそお願いします。」
間の抜けた、場違いなやりとり。それが逆に翔太を落ち着かせ、重大なことを思いださせた。翔太は叫ぶ。
「あかん、こんなことしてる場合じゃない。遅刻しそうやったんや。」
翔太はデパートの正面玄関の上にはめ込まれている時計を見上げる。金の唐草模様のついたその時計は8時45分を指していた。彼は焦り始める。

ピンキーリング

2012-05-30 06:11:09 | 小説
翔太ははっとする。とてつもなく後ろめたく、恥ずかしい。まだ何も起こっていないのに、思い込みの妄想にとらわれてしまった。自分が傷つくのを恐れるあまりに、勝手に話を作り上げ、勝手にその話を信じ込み、勝手に怒りを暴走させた。そして、彼女に攻撃を加えようとしていたのだ。そこまで思いを巡らした時、翔太はもっと恥ずべきことを自分は無意識のうちに考えていたことに気が付いた。彼は自分の卑しさにぞっとした。自分のずるさにうんざりした。彼女にあきれられても、人間性を疑われても仕方がない。正直に告白しよう。それが彼にできる最大限の償いだった。
「もし俺が逆の立場だったら、俺の知ってる奴が俺みたいに女の服を見てるのを見つけたら、ただじゃおかへんから。黙ってない。めっちゃまわりの奴に言いまくるやろうな。」
翔太は彼女に懺悔をするつもりで言葉を続ける。
「なんでかっていうと、俺じゃないほかの奴が変てことになって、まわりに言っている俺は変じゃないていうか…」
うまく言えない。混乱してきて、とぎれてしまった。彼女は表情を変えない。感情がまったくこもっていない声で彼女は言う。
「田中は自分が女性の服が好きだということが、まわりにばれるのが怖い。もし、他の男子が女性の服を好きだということがわかったら、それをばらしてその男子をからかうことで、自分はその男子と違うということをまわりにアピールするてことやろ。要するに、他の人を自分の身代わりにするてことちゃうん。」
淡々とした口調。怒りも責めも嘲りもない。事実だけを述べているような感じ。それが翔太にはこたえた。
「えっと…はい。」
「それってどうなん。」
「すいません。」
「ちょっとひどくない。」
「えっと…はい。」

ピンキーリング

2012-05-29 06:40:27 | 小説
彼女はきょとんとする。
「女の服が好きって、どこが。」
そこまで言わすか。翔太は思う。でも、もう洗いざらい言ってしまおう。
「色とか形とかきれいやん。そんなん見るの好きやし。」
彼女は熱心に翔太の話しを聞いている。その表情に嘲りの色はない。翔太は言葉を続ける。
「本当のことを言うと、女の服を着たいと思ってるねん。変やろ。俺が変態やって、おまえに言いふらされても仕方ないよな。」
言えば言うほど楽になる。心も体もどんどん軽くなる。人にどう思われてもいいという気分になる。彼女は真面目な顔で翔太を見つめていた。
「あたし、なんにも言わへん。それに、田中のこと変やと思ってへんし。ていうか、なにを言いふらすん。」
「え、男が女の服着たいて思うのって、めっちゃ変やと思うねんけど。気色悪くないん。」
「どうなんかなあ。わからへん。変ってるとか、気持ち悪いとか思う人はいるやろうなあ。それはわかんねんけど、あたしはそう思わへんしなあ。きれいなもんが好きなんやなあとは思うけど。別に悪いことしてるわけでもないし、ええんちゃう。あたしは気にしないなあ。」
彼女ののんきな意見に翔太は今までひとりで抱えていた重荷を下ろした気分になる。ほっとした顔で彼女を見る。そんな翔太に冷水を浴びせるように、厳しい声で彼女は言う。
「でも、気になることがあんねん。なんであたしが言いふらすと、最初から決めつけたの。」

ピンキーリング

2012-05-28 06:26:41 | 小説
とはいえ、話すのにはありったけの勇気をかき集めなければならなかった。翔太はしどろもどろになりながら話し始めた。
「あの、俺今さっき、おまえのこと突き飛ばしたやんか。それってな、あの…。」
彼女は無反応だった。翔太は言葉に詰まる。苦しい。でも言わなければ、伝えなければならない。恥ずかしさ、焦り、もどかしさ、いろんな感情が入り混じる。彼の脇の下に汗がたまる。顔が火照る。翔太は自分の顔が赤くなっているのがわかる。そんな自分の無様な姿が腹立たしかった。それでも翔太は話し続けるのをやめる気はなかった。
「俺、デパートのショーウィンドのところで女の服をじっと見てたやろ。」
彼女は驚いたようにミミズの入ったビニール袋から顔を上げた。
「え、そうやったん。」
翔太はもっとびっくりする。
「気付いてなかったん。」
「うん、まったく。おんなじクラスの田中がいるなあと思っただけ。ていうかさ、それと田中があたしを突き飛ばした訳とどういうふうにつながるん。」
翔太はさっと血の気が引く。やられた。というよりもやってしまった。勝手な思い込みで、先走ってしまったようだ。でも、ここまできたら後には引けない。その場から逃げ出したかったが、翔太は観念する。もうどうにでもなれ。やけくそ気味にそう思ったら、今まで体中を駆け巡っていたアドレナリンが静まってきた。ようやく気持ちが落ち着く。彼は話しを再開する。
「女の服をじっと見てたら、女の服が好きというのがばれると思ったんや。それ以上に嫌やったんが、俺の女の服好きを、おまえが学校中に言いふらすことやったんや。そんなことされたら俺、学校に行かれへんようになるやん。それを阻止するために…」
翔太はちょっとためらう。もっとひどいことをしようとしていたのだが、実際やった行為だけを口に出す。
「おまえを突き飛ばしたんや。」