天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

春の雨

2019-02-28 06:06:23 | 
土のにおいがする

今日は一日雨

乾いた空気を優しく癒す

はらはらとふる雨

芽吹く扉を

ノックする

まだ

暗い朝

けれど

冬の結び目が

ほどけはじめている

それを感じる

春の雨




如月の夜

2019-02-25 14:23:42 | ショート ショート
うとうとしていたけれど、目が覚めた。枕元の窓から雨の音が聞こえる。夜半から雨が降りはじめたらしい。まだ冬の気配が強いが、雨の音は柔らかい。春の雨だ。季節の変わり目。季節の結び目。胸が痛くなる時期だ。感傷といえばそれまでだが。

私は、息を潜めて隣をうかがう。規則正しい寝息。眠りを妨げはしなかったようだ。よかった。愛しい人。私の恋人。今の私の最優先の人。最近、忙しかったのか、ストレスが多かったのか、疲れた顔をしていた。健やかな寝息を聞いて、ほっとした。

そっとあの人の手に触れる。温かい手。私に注ぎ込まれる熱。あの人のすべてを守りたいと思いながら、それはかなわないことも知っている。

あの人も私の盾になりたいと言っていた。けれど、それは無理な相談だ。私には私の、あの人にはあの人の世界があって。自分のことは、自分で対処するしかない。それでも、お互いに慰め合い、支え合い、抱き合うことはできるのだ。それは、些細な、吹けば飛ぶような関係だろうか?

私は、そうは思わない。

世界は、無慈悲で強情だ。それでも、生きていかなければならない。そんな時、愛しい人の慰撫が、「私」という人間への強い肯定が、どれほど力になることだろう。

甘え、甘えられ、頼り、頼られ、与え、与えられ。そんな関係をあの人と築けているのは、幸せなことだ。

あの人が寝返りをうった。あの人の香りが漂う。私の体は、反応する。心と体は繋がっている。

私は、恥ずかしくて、くすぐったくて、どきどきする。

雨の音は、甘やかに窓を叩いている。そんな、如月の夜。

もう絶望したくないから

2019-02-24 19:33:09 | 
女性誌をめくれば

女性の生きづらさを声高に叫びながら

若くて細いモデルが「モード」を着こなし

「5歳若く見えるメイク」が特集される

真面目にすべてを受け入れれば

どうしたらいいかわからなくなる

ねじれ
よじれ
裂けてしまう

分裂が前提の美ではないか
崩壊が前提の知ではないか

どれだけ走らせるつもりなのだ
どれだけ鞭打つつもりなのだ

「まともに受けるのが馬鹿なのさ」

鼻で笑うのが聞こえる

調整可能な弁にするつもりだろう?

都合のいい駒にするつもりだろう?

私は年をとった

だから

わかる

騙されるなと

私ができることは何か

若い妹たちの

道を塞がないことだろう

そして

社会のルールは

変えられるということを

社会のモラルは

絶対ではないということを

体現していくことではないだろうか

先は短い

実現することを

見ることはないかもしれない

高い壁の前で

力つきることだろう

でも

生真面目な私は

もう

絶望したくないのだ


梅花香14

2019-02-24 13:11:08 | 小説
「ほい、またおいらの先走りみたいだね。」

清吉は、冗談めいて言う。

「いつまでたっても勘違いはなおりゃ

しねえや。」

その茶化したもの言いにおこうは悲し

げな顔をする。清吉の苦い記憶にかぶ

せるように、また彼を傷つけてしまっ

た。もう清吉は二度と誰にも心を開く

ことはないだろう。ただの魂を吸う対

象のままでいたらよかった。「獲物」

のままでいたら、ここまで彼を傷つけ

ることはなかった。おこうは本当のこ

とを言うしかなかった。

「私は何百年もここにこうしているの

です。たくさんの人間が私を愛でた

り、通り過ぎたりして参りました。私

はその誰をも歯牙にかけてはおりませ

んでした。なれど、」

おこうは静かに清吉を見た。清吉はぞ

くっとした。なまめかしい眼差し。熱

情と無情が入り混じっている。

「あなたがこちらにやってきた途端、

私はあなたの魂に魅入られてしまいま

した。清らかで美しく、それでいて深

みをたたえている。ここが化け物の浅

ましさですが、」

おこうは悲しげに身を震わせる。

「清吉さんの魂を喰らいたい、精を吸

いとりたい、それを望むようになった

のです。」

清吉は冷ややかに笑った。

「色気と食気というわけだね。」

おこうははっとして、清吉を見る。清

吉はおこうを見返す。静かな静かな

目。低い声で言う。

「じゃあ、喰ってしまえばいいじゃな

いか。四の五の言わず。」

感情のこもらない声。絶望を通り越し

虚無に満ちた魂。おこうは胸をつかれ

る。自分が清吉を追いこんだ。清吉を

そこに突き落とした。おこうは悔やん

でも悔やみきれない。彼女は清吉を見

つめる。優しい目の清吉はそこにはい

ない。空っぽの目で清吉はそこに立っ

ていた。おこうのほうを向いていた

が、清吉の瞳には彼女は映っていな

い。おこうを力なくかぶりをふる。

「ごめんなさい、清吉さん、ごめんな

さい。」

いらただしげに清吉はおこうをにら

む。

「何がさ。おいらを傷つけて、すまな

いとか思ってるのかい。やめてくれ。

よけいおいらを惨めにするだけさ。化

け物なら、化け物らしく、おいらを喰

っちまえばいいじゃないか。」

飄々と穏やかで、心優しい清吉はもう

いなかった。おこうの言葉は清吉の心

には入らない。誰の言葉ももう入らな

いだろう。それでもおこうは言わずに

はおれない。

「いいえ。いいえ。私は清吉さんの魂

を喰らうことはもうできません。外か

ら見ただけなら、嬉々として清吉さん

の精を吸い取っていたでしょう。浅ま

しい化け物ですから。けれど、私は清

吉さんの魂に触れてしまいました。清

吉さんの痛みも悲しみも、それでも失

われない美しさに触れてしまったので

す。私はあなたを喰らうことはできな

いのです。」

「おいらをだまくらかして、まだそん

なことを言うのかい。」

「ええ。私は化け物ですから。嘘はつ

きますが、人間ほどややこしくはない

のです。表と裏はございますが、裏の

裏はございませんのよ。」

清吉はあっけにとられておこうを見つ

める。白くなめらかなおこうの肌は

うっすらと紅に染まっている。おこう

は我慢できないというように、清吉の

胸に飛びこむ。

「私は清吉さんに惚れてしまったので

す。あなたの魂にとらわれてしまった

のです。とらえるほうが、とらわれて

しまったのですよ。喰らうことなどで

きませぬ。」

清吉はおこうの体に手をまわさない。

けれど、突き放そうとはしなかった。

清吉は戸惑っていた。

「おいらをたぶらかさないでくれ。」

おこうはもっと強く清吉の胸に顔をす

りつける。くぐもった声で言う。

「私は化け物なのですよ。清吉さんを

喰らいたかったら、もうすでに喰らっ

ております。」

おこうの開けっぴろげな告白に、清吉

は思わず笑ってしまう。おこうは彼の

低い温かな笑い声を聞いて、清吉の魂

に生気が戻ったと感じた。おこうは安

堵のため息をもらした。ようやく、清

吉はおこうの体に手をまわした。強く

彼女を抱きしめる。清吉はささやく。

「ひとつだけ、守って欲しい。」

おこうは清吉を見上げる。

「喰らいたくなったら、喰らってい

い。啜りたかったら、啜ればいい。け

れど、」

清吉はそっとおこうのはえぎわに唇を

寄せる。

「四の五の言わずやってくれ。」

おこうは頭の隅でそれを聞く。おこう

のすべては清吉の中に今は溶けてい

た。甘い甘い香りがあたりを満たして

いた。


〈終〉