天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ピンキーリング

2012-07-28 06:22:03 | 小説
丁寧に土を取り除き、みみずを発見したら速やかに土ごと捕獲する。それを繰り返す。単調な作業だったが、楽しかった。バケツの中には、みみずを含む土がどんどん増えていった。そしてついに、バケツが土でいっぱいになる。翔太は土を掘るのを止める。彼のまわりのじめじめした場所はあらかた草がなぎ払われ、土が黒々と露出していた。翔太は立ち上がり、腰を伸ばし、膝の屈指をする。バケツを見て、その成果に満足する。息をいっぱい吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ようやく周りの風景に目をやる余裕ができた。翔太は自分の足元にある草花に目を向ける。ふさふさした猫の尻尾のようなエノコログサ。つやつやした薄いさやの実をつけるカラスノエンドウ。ちらちらした白い花とハート形の葉を持つナズナ。他の草よりも背が高く、そのてっぺんに目玉焼きのような花をつけるヒメジョオン。濃い緑の穂をつけ、力強く根を張るオオバコ。小さいタンポポのような黄色い花と綿毛をつけるオニタビラコ。艶やかで瑞々しい紫の花をつけるツユクサ。甘い香りと鮮やかな緑の葉、白い花でひときわ目立つシロツメクサ。華やかではないけれど愛らしく、洗練されてはいないけれど力強く、地味だけれど、個性的。翔太は明日香みたいだと思った。その時、翔太は名案がひらめいた。思わずつぶやく。
「山川に花を持っていこう。」
明日香に似たこの草花で花束を作ろう。そう考えたら、翔太は今までになったことのない気持ちになった。うれしいとか、悲しいとか、楽しいとか寂しいとかそういうくっきりした感情ではなく、混じってぐにゃぐにゃした感情。痛いような、痒いような、甘いような、柔らかいようなふにゃふにゃして固まってない気持ち。翔太は戸惑う。
「なんじゃこりゃ。」
翔太はまた独り言をつぶやく。そんな気持ちを振り払うかのように、花束を作るためにしゃがみ込んだ。

ピンキーリング

2012-07-27 06:30:53 | 小説
転がったバケツと放り出された2本のスコップ。それを見て、翔太は猛烈な後悔に襲われる。またやってしまった。翔太は歯噛みをする思いだった。また明日香にひどいことをしてしまった。同じことを繰り返す自分が嫌になる。落ち込んでしまう。翔太は情けない気持ちで、スコップとバケツを拾いあげた。その時、ある思いが湧き上がってきた。みみずを捕ろう。自己嫌悪に陥る前に、自分のできることをやろう。明日香を探して、捕ったみみずを渡そう。彼女にちゃんと謝ろう。許してもらえるかどうかはわからないけれど、それでも謝ろう。それが自分のやるべきことだ。翔太は口元を引き締めた。彼はいったん立ち上がり、うんと伸びをする。それからまたしゃがみ込んだ。翔太は初めて真剣にみみずを捕ろうとしていた。


中天に輝く太陽。強い日差しが翔太の首筋を射る。背中を滝のような汗が流れる。翔太はそんなことは気にならなかった。みみずを捕るのに必死になっていた。明日香に教わった通り、日陰や石をどけたところのようなじめついた場所を掘って探した。みみずを捕るのは思ったより難しかった。見つけても、みみずはすばやく土に潜ってしまう。仕方がないので、翔太はみみずを見つけたと思ったら、まわりの土ごとすくうことにした。みみずのオレンジ色の体が見えた瞬間、土ごとバケツに放り込む。ちょっとでももたもたすると、深く土に潜って逃げられてしまう。翔太はみみず捕りに没頭する。

ピンキーリング

2012-07-26 06:54:36 | 小説
翔太の怒りもおさまらなかった。手近にある雑草を引きちぎっては投げ捨てる。土を掴んでは叩きつける。それを繰り返しているうちに、薄くて硬い草の葉で指を切った。鋭い痛みが走る。翔太は顔をしかめ、しゃがみこんだ。土で汚れた手をズボンでぬぐう。ズボンが土と血で赤黒く染まる。彼は指を見た。線のような傷から赤い血がにじんでいる。思ったより傷は深くない。だからといって、ひりひりとした痛みが軽くなるわけではない。翔太は泣きたくなった。彼の怒りは急速にしぼんでいった。痛みは翔太の怒りを徹底的に打ち砕いてしまった。彼はぺたんと地面に座り込む。すべての気力を奪われてしまった。ぼんやりとまわりの風景を見る。見るともなしに見ているので、翔太の目には形あるものは何ひとつ映らない。色のプリズム、ただ色のかけらが飛び込んでくるばかりだ。青、緑、紺、白、薄紫、くるくる回り、跳びはね、まばゆく光り輝いている。翔太は始め、ただそれを楽しんでいたが、そのうちにあることが気になりだした。奇妙に引っかかる色が目に入ってくるのだ。つるっとした人工的な黄色。どうも気になるので、彼はぼうっと見るのを止める。ちゃんと目をこらしてその物体を見る。翔太の網膜はきちんとその物を映し出した。バケツ。明日香の黄色いバケツだ。
翔太ははっとする。急に現実に引き戻される。

ピンキーリング

2012-07-25 06:59:21 | 小説
「これでいいと思う。」
みみずを捕るのに夢中な明日香は返事をしない。翔太は声を張り上げる。
「なあ、これでいいのかな。」
明日香はうっとうしいというように、頭を振る。
「うるさいなあ。」
「なんやねん、うるさいて。」
「あたし、今みみず捕るのに忙しいねん。それになあ、自分が穴掘ってんから、自分で考えて元に戻すのは当たり前のことやろ。いちいちこっちに聞いてこんといてよ。それとも、なんか褒めて欲しいとか。ちゃんと戻して偉いなあとか。」
翔太は明日香の最後の言葉にかちんときた。彼は怒鳴る。
「ただ埋めたところは、これでいいか聞いただけやろ。それやのになんやねん。偉そうに。なにさまやねん。誰がおまえなんかに偉いなんて言われたいねん。ふざけんな。」
翔太は腹が立って腹が立って仕方がない。思わずスコップで土をすくい、それを明日香の顔に投げつける。土が彼女の目に命中する。
「イタッ。」
明日香は目をこする。ぽろぽろと涙をこぼす。目が真っ赤になる。彼女は怒りのあまり言葉が出ない。明日香はスコップをその場に叩きつけ、そばにあったバケツを蹴っとばし、すごい勢いで走り去っていった。バケツは鮮やかにひっくり返り、せっかく捕ったみみずは再び地面にぶちまけられてしまった。

ピンキーリング

2012-07-24 06:27:12 | 小説
「みみずは湿っているところか、落ち葉の下にいることが多いねん。今の季節やから、落ち葉はないけど。捕ったらバケツに入れてね。」
それだけ言ったら、明日香はしゃがみ、みみずを捕る体勢に入った。翔太に背を向け、みみず捕りに集中しだした。翔太も土を掘り始めたが、彼女ほどみみずを捕ることに一生懸命ではなかった。ただ闇雲に土を掘るのはおもしろかった。翔太はみみずを捕るという当初の目的を忘れ、穴掘りに熱中した。掘れば掘った分だけ穴は深くなる。掘った土はあちらこちらに放り投げる。彼は無心で穴を掘っていた。明日香が腰を伸ばして立ち上がった。バケツを手に持って、翔太の前を横切ろうとした。彼の掘った穴に落ちそうだ。翔太は叫んだ。
「危ない。」
少し上の空だった明日香は、穴に気付いていなかった。驚いてバランスを崩す。その拍子に、手にしていたバケツを取り落とした。転がったバケツからみみずは逃げてしまった。明日香はちょっとむっとする。
「もう、信じられへん。なんでみみず捕りの邪魔するかな。」
「ごめん。」
「誰が落とし穴掘れて言ったん。みみずを捕ってて頼んだのに。危ないやん。ちゃんと埋めときや。」
「ごめん。」
明日香はため息をつきながら、逃げたみみずを捕まえようとしゃがみこんだ。翔太は穴を埋める作業に取りかかった。手当り次第に掘った土をまき散らしたので、穴をちゃんと埋めるのに骨が折れた。完全には元に戻らず、うっすらと窪みが残った。翔太はそれでいいのか、少し自信がなかった。明日香に声をかける。