天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

夕顔

2012-09-30 20:10:54 | 小説
「秋里君、古典は難しいもの、堅苦しい、真面目なものだと思ってる。」
「そうですね。」
「ま、学校の授業だもんね。教科書に載ってるのは、面白くないところばかりだからね。」
「そうなんですか。」
「うん。秋里君が古典が全然頭に入らないのは、話自体に興味を持てないからだと思うんだ。」
「どうなんだろう。そうかもしれませんが。」
「元々、読書が苦手とか興味のない人もいるけど、秋里君はそんなことないでしょう。だから、興味のもてるものを読んだらいいんじゃないかな。古典の世界に慣れることが大切だから、現代語訳を読んでみたら。」
そう言われても、俺は何を読んだらいいのか、見当もつかなかった。黙り込んだ俺に、澤部さんは明るく言う。
「大丈夫。今さっき、秋里君にどんなジャンルの本を読むか、聞いたでしょ。秋里君が読めそうな話を持ってくるよ。」
「え、そんなのあるんですか。」
澤部さんはにっこりする。
「古典と呼ばれるものは、さまざまな時代の、さまざまなジャンルにまたがってるから。有名どころを選んでくるね。」
俺はうなずいた。
「よろしくお願いします。」

夕顔

2012-09-25 14:17:03 | 小説
「どうしたらいいかなあ。」
「いや、澤部さんが悩むことじゃないですよ。」
「そうなんだけど。実は私、大学、国文科出てるんだよね。古典に悩む学生さんをほってはおけないよ。」
ただの世間話が思わぬ方向に転がっていったので、俺は驚いた。澤部さんは眉根を寄せて、少し口を尖らせて考えこんでいた。その表情は真面目でありながら、なぜか、とても可愛いらしかった。
「秋里君、古典の話は面白いと思う。」
「文章が理解できないので、話がわかりません。面白いかどうかまで、いかないです。」
「そっか。秋里君は本とか漫画とか読む。」
唐突に話題が変わったので、俺は戸惑う。
「ま、人並みには。」
「どんなジャンルのものを読むの。」
「何でも。面白ければ、ジャンルは問いませんけど…。強いていうなら、エンターテイメント系が多いかもしれないです。SFとか、アクションとか。」
俺は話が見えないまま、そう答えた。澤部さんはうんうんとうなずいた。

夕顔

2012-09-24 13:20:13 | 小説
そんなある日、昼休みの出来事だった。昼休みはみんなたいてい、食堂で休憩していた。俺もそこで、弁当を食べていた。そこにふらりと澤部さんがやってきた。
「隣、いい。」
「どうぞ。」
澤部さんは手に持った水筒と赤い包みをテーブルに置いた。赤い包みを開け、弁当を取り出し、のんびりと食べ始めた。俺のほうを見て、おっとりと微笑んだ。
「昨日は、お休みだったよね。」
「あ、実は古典の補習があったんです。俺、古典はすごい苦手で。」
「そうなんだ。」
「そうなんです。俺、古典だけはさっぱりわからなくて。古語の意味とか、動詞の五段階活用とか、覚えればできるものは、解けるんですけど。古典が文章ででてくると、だめなんです。」
「内容がわからないの。」
「そうです。なんて書いてあるか、理解できないんです。主語とかもあんまり書いてなくて、誰が言っていることなのか、やっていることなのか、全然わからないし。最近は、古典の文章見るだけで、眠くなりますね。」
「ものすごい古典アレルギーだね。そっか。なるほど。」
澤部さんはうなずいた後、腕組みをしてちょっと考えていた。

夕顔

2012-09-22 08:06:05 | 小説
俺は目標をクリアすることが好きなので、成果が目に見えるこのバイトは苦ではなかった。ただ、三人で組んでする作業なので、自分がどんなに速くやろうと、どこかの工程の人が遅ければ、滞ってしまう。俺は他の人のペースを見ながら、自分の仕事をすることを覚えた。その点、澤部さんと同じ組だと楽だった。彼女は淡々と穏やかな顔で、仕事をこなしていった。まわりのペースに合わせつつ、丁寧にそれなりのスピードで、球根を選別し、ネットに詰め、封をしていた。澤部さんとの仕事はやりやすかった。俺は澤部さんがどれくらいの年かわからなかった。笑うと目尻にシワが寄るので、そんなに若くはないとは思うのだが、白い丸顔の童顔のせいか、清々しい雰囲気のせいか、少女のように見える時もあった。俺も澤部さんも仕事の時は、口をきかなかったので、会話を交わす機会はあまりなかった。

夕顔

2012-09-21 20:16:55 | 小説
澤部さんと初めて出会ったのは、去年の夏休みのことだった。俺はその時、どうしても欲しいものがあった。今、乗りまわしているマウンテンバイクだ。だから、夏休みにバイトを始めた。澤部さんとはそこのバイト先で知り合った。ホームセンターでの短期バイト。クロッカスの球根をネットに詰めるバイトだった。三人の組になって、球根に傷がないか調べる係、球根をネットに入れる係、球根の入ったネットを封する係に分かれて仕事をした。この三つの係をローテーションでやっていく。なぜか、俺と澤部さんは同じ組になることが多かった。バイトのシフトがほぼ同じだったのかもしれない。
何もない倉庫のような部屋に、机とイスと大量の球根が置いてあった。部屋を冷やしすぎると球根が悪くなるため、クーラーはなく、所々にある扇風機が熱いうだる空気をかき混ぜていた。いろんな人がいて、いろんなやり方で仕事をしていた。暑い暑いと文句を言いながら、仕事をするおばさん。険しい顔で無駄口を叩かず、作業するおじさん。手より口が動いている女の子。不機嫌にだるそうに、仕事をする若者。各々、自分のペースで仕事をしていた。