天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

双頭の蛇

2013-01-12 22:58:12 | 小説
バイトの時、私は隆君がいるかどうかをさりげなく確認するのが、習慣になった。前述したが、隆君と同じ組になることが多かった。もちろん、そうでない時もあった。隆君の姿を見ると、気持ちが引き締まった。頑張ろうという気持ちになるのだった。作業中はお互いに私語をしなかったし、昼休みも一緒ではなかったし、仕事が終われば、私は母の介護があるので、急いで帰る。挨拶以外、ほとんど隆君と会話を交わすことはなかった。
隆君がバイトに来ない日があった。珍しいと思って、その次の日の昼休み、その日は来ていた隆君に声をかけてみた。隆君は古典の補習があったのだと言った。若い、若いと思っていたけど、高校生なんだと私は内心驚いた。自分の子供でもおかしくないんだなとしみじみ思った。隆君は古典が本当に苦手らしく、困り果てていた。文法とか単語の意味は一生懸命覚えるのだが、(彼らしいやり方だ)内容がまったく頭に入らないと嘆いていた。私は努力が空回りしているなと思った。難しくて、面白くないけど、「勉強」だから読んでいるという感じ。古典は興味深くて、楽しいものもあるのだが。古典と一括りにされてしまうが、いろんなものがあるのだ。なぜこんなに古典のことを語るのかというと、なにを隠そう、私は大学で国文を専攻していたのだ。隆君が古典を苦手科目にしているのが、残念だった。古典を楽しんでもらいたい。私のお節介魂がむくむくとわいてきた。隆君はきっかけが必要なだけだ。古典にも面白い、自分が入りこめる世界があるのだと知ってくれれば、古典の苦手意識はなくなるだろう。わかりやすくて、隆君に合う古典の現代語訳を勧めてみたらどうだろう、私はひらめいた。私はまず隆君に、どんなジャンルの本を読むか尋ねた。エンターテイメント系の本を読むことが多いと彼は答えた。私は男の子たがら、ゲームとかもするよなと考えていた。『南総里見八犬伝』なんかいいかもしれない。漫画やゲームや映画、小説、さまざまな分野でリメイクされたり、イメージソースになったりした有名な物語だ。アクションあり、友情あり、わくわくどきどきするだろう。ただ、冗長な部分があるから、うまくはしょっている現代語訳を選ばなければ。私は隆君に、読めそうな古典があるから、現代語訳を持ってくるよと言った。彼は戸惑いながらも、うなずいてくれた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿