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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

唐宋八家文 韓愈 王秀才を送る序

2013-09-03 09:39:07 | 唐宋八家文
送王秀才序
 吾少時讀醉郷記、私怪隱居者無所累於世、而猶有是言、豈誠旨於味邪。及讀阮籍・陶潜詩、乃知彼雖偃蹇不欲與世接、然猶未能平其心、或爲事物是非相感發。於是有託而逃焉者也。若顔氏子操瓢與簞、曾參歌聲若出金石。彼得聖人而師之、汲汲毎若不可及。其於外也固不暇、尚何麹蘖之託、而昏冥之逃邪。吾又以爲悲醉徒不遇也。
 建中初天子嗣位、有意貞觀・開元之丕績。在廷之臣爭言事。當此時、醉郷之後世、又以直廢。吾既悲醉郷之文辭、而又嘉良臣之烈、思識其子孫。今子之來見我也、無所挾、吾猶將張之。況文與行不失其世守、渾然端且厚。惜乎吾力不能振之、而其言不見信於世也。於其行、姑與之飮酒。

吾少き時「醉郷記」を読み、私(ひそ)かに怪しむ、隠居する者は世に累(わずら)わさるる所無きに、而も猶お是(こ)の言あり、豈誠に味わいを旨(うま)しとせんやと。阮籍・陶潜の詩を読むい及び、乃ち知る、彼偃蹇(えんけん)して世と接するを欲せずと雖も、然も猶未だその心を平らかにする能わず、或いは事物是非の為に相感発す。是に於いて託して逃るる者有るなりと。
 顔氏の子の若(ごと)きは瓢と簞とを操(と)り、曾参(そうしん)の歌声(かせい)は金石より出ずるが若し。彼聖人を得てこれを師とし、汲汲として毎に及ぶべからざるが若し。その外に於けるや固(もと)より暇(いとま)あらず、尚何ぞ麹蘖(きくげつ)にこれ託して、昏冥にこれ逃れんや。吾また以って醉郷の徒の不遇を悲しむことを為すなり。
 建中の初め、天子位を嗣ぎ、貞観・開元の丕績(ひせき)に意有り。在廷の臣争って事を言う。此の時に当たり、醉郷の後世、また直を以って廃せらる。吾既に醉郷の文辞を悲しみ、また良臣の烈を嘉(よみ)し、その子孫を識らんことを思えり。
 今、子の来って我を見るや、挟(さしはさ)むところ無きも、吾猶将(まさ)にこれを張らんとす。況んや文と行とその世守を失わず、渾然として端且つ厚(こう)なるをや。惜しいかな吾が力これを振るわすこと能わずして、その言の世に信ぜられざるをや。その行に於いて、姑(しばら)くこれと酒を飲まん。


王秀才 王含、王績の子孫としている。秀才は進士の試験を受ける資格を持つ者。 醉郷記 王績の作品、自由気ままに酔いに任せている理想郷の記。 偃蹇 おごりたかぶるさま。 感発 刺激を受けて心が動き出すこと。 顔氏の子 孔子の弟子の顔回のこと。 瓢と簞 水を入れるひさごと飯を入れる竹かご。 曾参 孔子の弟子、曾子のこと。 金石 鐘や磬などの楽器。
 汲汲 懸命に努力すること。 麹蘖 こうじ、転じて酒。 昆冥 暗闇。 丕績 丕は大きい、偉大な功績。 烈 てがら。 張る 世にひろげる。 世守 世々守り通している事。 端且つ厚 正しく厚い。 行 旅立ち。 姑 しばらく。


私は若い頃「醉郷記」を読んで、ひそかに疑問に思った。俗世を離れて隠棲する者は世間に煩わされることはないはずなのに、なお酒に酔ってこのようなことを言っている。本当に隠者の生活を楽しんでいるのだろうかと。阮籍や陶潜の詩を読むようになって知った。彼らは俗世を蔑む一方、なお心を平静に保つことに苦心し、時には事物の是非のために刺激を受けざるを得なかった。そこで忘憂のものに託して世俗と訣別しようとした。ところが顔回などは一瓢の飲み物と一簞の食物だけで陋巷に居り、曾参も貧乏を気にもせず歌っていたがその声は楽器のように美しく響いたという。彼らは聖人に出会い教えを受け、懸命に努力してなお師には及ばないのであった。外にいる時はもとより暇も無かったから酒に助けを求めようなど、思いもしなかった。私は酒に逃げ込んだ人々が不遇の時代にめぐり合わせたことを悲しむ。
 建中の初め、徳宗が位に即かれて貞観、開元の大いなる治績に意を向けられたから朝廷の臣はこぞって意見を申し上げた。醉郷記の作者の子孫であるあなたは主張が率直すぎるとして採用されなかった。私は醉郷記の文章に触発され、その子孫と知り合いになることを望んだ。
 今、君が会いに来てくれたのは、何も他意のないことだとは思うが、それでも私は君のことを世間に知らしめたい。ましてや君の文学と徳行とが代々守られたものと、渾然と一つに融和して正しく厚いのだから。
しかし残念ながら、私の力では君を引き立ててやることができず、君の主張も世の人々に信じてもらえないことだ。君の旅立ちにあたって、まずは酒を飲むことにしよう。


制作年不祥。王含という人物も、旅の目的も行く先も書かれてはいない。察するに王含が韓愈に仕官の糸口を求めて来たのではなかろうか、失意の客を、まず飲もうと言ったところに前半の話との落差がある。

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