上崩。在位二十四年、改元者一、曰貞觀。上雖以武功定禍亂、終以文綏海内。常自以驕侈爲懼。嘗曰、人主惟一心、攻之者衆。或以勇力、或以辯口、或以諂諛、或以姦詐、或以嗜欲、輻輳各救自售。人主少懈而受其一、則危亡随之。此其所以難也。
上(しょう)崩ず。在位二十四年、改元する者(こと)一、貞観と曰う。上、武功を以って禍乱を定むと雖も、終(つい)に文徳を以って海内(かいだい)に綏(やす)んず。常に自ら驕侈(きょうし)を以って懼(おそれ)と為す。嘗て曰く、「人主は惟一心にして、之を攻むる者は衆(おお)し。或いは勇力を以ってし、或いは弁口を以ってし、或いは諂諛(てんゆ)を以ってし、或いは嗜欲(しよく)を以ってし、輻輳(ふくそう)して各々自ら售(う)らんことを求む。人主少しく懈(おこた)って其の一を受くれば、則ち危亡之に随(したが)わん。此れ其の難き所以なり」と。
綏 安。 驕侈 驕慢奢侈。 弁口 弁舌。 諂諛 へつらうこと。 嗜欲 人の欲。 輻輳 車輪のスポーク(輻)が車軸に集まる(輳)かたちから、方々から集まること。 售 売り込むこと。
太宗が崩じた。在位二十四年、改元すること一、貞観と曰う。太宗は武の力で争乱を平定したが、その後は文の徳で国内外に安寧をもたらした。平素から自らに驕慢と贅沢を戒めていた。嘗て「人に君たるの心はただ一つ、そしてそれに取り入ろうとする者は限り無いほどに多い。或る者は強勢をもってし、或る者は弁舌で、また或る者は追従で、或いは悪意の嘘で、さらには欲得で、四方八方から自分を売り込んでくる。人君たる者、少しでも気を弛めてその内一つでも受け納れてしまえば、すぐそのあとから国家存亡の危機がついてくる。これが人君たる者の難しいところだ」と語った。